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30♣4
怒涛の食いっぷりを見せたハルポンは、俺と店内全員の目を釘付けにしといて、さらにセナさん用にと注文した持ち帰りの数を増やして帰りよった。
もちろん増やした分は自分用て事やろ。
呆気に取られた俺は、もう何も言われへんかった。
裏におった休憩中の店員がわざわざハルポンの食べっぷりを見に来よったんやで。
きっちり全部を食べきったハルポンは、いくら町外れとはいえ素顔を晒して爆食してたんで〝ハル〟やと気付く人もおった。
半信半疑でハルポンにスマホを向けた輩は、俺が全部排除したったけどな。
『兄ちゃん、撮影はあかん。 肖像権の侵害や。 これを周りに言うて回るんは止められんけど、その写真とか動画を不特定多数の人間が閲覧できるとこに載っけてみ。 兄ちゃんヤバい事なるで~』
大塚は裁判怖ないで~と若干脅しまがいに俺が止めると、ヤバッて顔して謝ってきた兄ちゃんらは素直やったわ。
今はSNSが普及しまくってるから俺が止めたところで……かもしれん。
ただ事務所は、ハルポンを大食いキャラで売ってるわけちゃうし。 まずハルポンにそんなイメージ無いし。
大前提として、本人がそれを断固として認めへんし。
「あんだけ食うといてなぁ……ほんまウケる」
しかし今日も圧巻やった。
もぐもぐムシャムシャ、食うてる時は幸せそうでこっちも気持ちがええんやけど、だんだん心配になるレベルの爆食。
いつか見慣れる日がくるんやろか……。
無事にハルポンをセナさんに引き渡した俺は、凄まじい食べっぷりと、ついさっき間近で聞いたカップルの会話を思い出してニヤつきながら、駐車場からアパートまでの道を歩いとった。
〝葉璃、気持ちは嬉しいけど俺牛丼二つは食えねぇよ〟
〝あ、それ一つは俺のです〟
〝なんだ、そっか。 店ではあんま食えなかったんだ?〟
〝いえ……ルイさんにドン引きされるほど食べました〟
〝あはは……っ、何食ったの?〟
〝牛丼、豚丼、カレー、サラダ、お味噌汁二つ……〟
〝それってメインは全部大盛り?〟
〝違います〟
〝あぁ、じゃあ葉璃には足りねぇよな〟
〝い、いえ、違うんです。 メインは全部、……特盛でした。 大盛りより多いの〟
〝え?〟
あ~……あの時のセナさんの顔忘れられん。
驚きはしてへんかったが、フリーズしたセナさんなんてなかなかテレビでは見られんよ。
その後のフォローがさすがやと思たけどな。
ハルポンを全肯定するセナさんの発言には痺れたわ……と、アパート目前でなんの気無しに立ち止まった時やった。
「あの……」
「────ッッ?」
いきなり背後から人の声がして、慌てて振り返る。
そこに居ったのは、見た事ないヒョロヒョロの若い男。
「な、なんや!」
「………………」
じわじわと寄ってきながらジッ……と俺を見上げてくる男の形相は、夜の八時にしては不気味の一言で。
何しろコイツ、声掛けてくるまで足音がせんかった。
そないに人気のある場所やないし、寂しい路地裏と言っていいここは街灯を頼りに歩いてやっとや。
無音、無言で近付いてこられたあげく、生気の無い目して見られたらビビるやろ、そら。
「………………」
「なんやねん! なんか言えや! コワイコワイコワイコワイ! 寄らんといて!」
何コイツ。 何コイツ。 何コイツー!!
話しかけてきたくせに、なんで何も言わんと近寄ってくんねん!
「お前なんやねん! おばけか!? おばけなんか!?」
「違います」
「そこだけ返事すんのかーい!! てか近寄ってくんのやめぇや! 話あんなら適度な距離で聞いたるから!」
「………………」
俺が早足で、アパートとは反対方向に逃げたせいで追い掛けてきてたんやが、そう言うとやっと止まってくれた。
あかん……コイツほんまにおばけちゃうやろな?
近々に身近な人が逝ってまうと、まさかそういう力が芽生えんのかと焦った。
そんくらい、何というかコイツは不健康にやつれてる。
「あなた……」
「……なんや」
「ETOILEのハルとどういう関係ですか」
「えぇ!?」
「どういう関係なんですか」
「コワイコワイ! 寄るな言うてんねん!」
ジリッ……と一歩踏み出してきたおばけから、唐突すぎる質問を受けた俺は咄嗟に色々考えた。
なんでこんな事聞かれてんのか。
俺が大塚と契約したんはつい先月やで。 ハルポンの付き人してる事も、局やらスタジオやらに出入りしてる人間しか知らん。
どのジャンルにも属しそうにないコイツが、俺を知ってるわけない。
……誰や、コイツ。
マジで。
「そんなん聞いてどないするん」
「単なる興味です」
「ほんまか? ほんまに興味だけか?」
「……はい」
ウソや。 コイツ一瞬、黒目が泳いだ。
ピンポイントでハルポン名指ししたやん。
明らかに、何かを探ろうとしてるようにしか見えんのやけど。
「どんな関係やと思て聞いてるんかな。 聞きたい事が違うんやない?」
「………………」
「お前誰やねん。 いや……お前をここに寄越したんは誰や」
「………………」
いよいよ男は俺から目を逸らした。
怪しさ倍増。
俺は頭は良くないしたまに空気読まれへんお調子者やけど、意外とキレ者なんやで。 ……自称。
そんな俺がピンときたんは、セナさんのゴシップの一件。
「ハルポンから俺にターゲット変えて、一体何を探ろうとしてんのやろなぁ」
「…………っ!」
核心を突いたらしい。
いかにも「ハッ」とした男は、俺からは何も得られんと悟ったんか回れ右して走り出した。
「待てやコラァッ!!」
さっきまで後退りしてビビってた俺が、今度は追いかける側になる。
普段から走り込んでる俺と、やつれたゾンビみたいな男とじゃ勝負にもならんかった。
点々と灯る街灯二つ分で、呆気なく男をとっ捕まえる。
「うぐッ……!」
「お前なんか知っとるんやろ。 吐け。 全部や。 全部吐け」
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