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神妙な面持ちで腕を組んだ社長さんが、神崎さんの到着を待って簡潔に説明してくれた。
話によると、例の郵便物を局員の方から受け取ったのは、間違いなく神崎さんだという事。それはたまたまじゃなくて、日頃からそうなんだって。
一度、社長宛ての重要書類を事務室から神崎さんに渡る前に紛失した事があって、社員さんがひどく叱られてるところを見ていた神崎さんが「これからは出来るだけ私が受け取りに行きます」となったらしい。
神崎さんは良かれと思って買って出たのに、ありがちだけど事務室からは「出しゃばり」と陰口を叩かれてるとか。
本当に、人の心に芽生えた妬みや嫉妬の感情って醜いと思う。俺も経験があるから、話を聞いた後ですごく都合が良いんだけど……神崎さんに同情した。
結論として、神崎さんは真っ白だった。事務所外の人間と繋がってるなんてとんでもなく、むしろ聖南と俺のために社長さんと共に動いてくれている人物だったんだ。
ルイさんの隣に座った神崎さんは、社長さんの説明の合間に何度も「すみません」と頭を下げていて、俺と聖南は顔を見合わせてしまった。
疑ってしまってごめんなさい、と俺達も頭を下げた。
すると神崎さんは、
「秘書には守秘義務がありますので、ご安心を」
と初めて笑顔を見せてくれた。
少しの間だったけど、神崎さんは自分の疑いが晴れたと知るや即座に空気を読んで帰っていった。
あれぞキャリアウーマンだ。香水がキツい事くらい大目に見よう。聖南はたぶん、そう思ってたんじゃないかな。
「あのな、セナはやや誤解をしているようだから……こっちの写真も見てくれないか」
「どれ?」
そう言って社長さんがデスクから取り出したのは、二枚の写真。
あ……もしかして例の……?
聖南は腕を伸ばして写真を受け取った。関係者となったルイさんも興味があるみたいで、聖南の手にある写真を覗き込む。
すぐ隣にそれはあるのに、俺はちょっとだけ見るのを躊躇った。
今日まで俺はそれを見た事がなかったから……ていうか、ガセネタだとしてもあんまり見たいものじゃなくて。
レイチェルさんはすごく綺麗な人で、音楽的な才能もあって、聖南と並ぶと本当にお似合いな二人だ。
きっとその写真は、ぱっと見すぐにカップルだと誤解しちゃうくらいうまく撮られてるんだよね?
うー……それは見たいような、見たくないような……。
「おい……なんだよ、これ」
「一緒の写真やないな」
勇気が出ずにイジイジしていると、二人が同時に声を上げた。
「二枚ともアングルは似ているが、それぞれ二人の服装と場所が違う。私はこれを見て誤解し、……セナを問い詰めてしまったのだ。こう何度も二人で会って食事をする仲なのか、と……」
「………………」
「………………」
え? 二枚の写真って別々の場所で撮られてたのっ?
社長さんがつい聖南を疑ってしまったという写真を、俺も反射的に覗き見た。両手で顔を隠して、目だけでチラッと。
うぅっ……やっぱりお似合いだ……! じゃなくて。
みんなが言うように、二枚の写真では二人の服装が違って、背景も違うように見えた。そして何が一番違ったって、画質だ。
どっちがどっちだか分からないけど、指の隙間から見てもその違いは歴然だった。
「いや、待てよ。こっちは社長と三人でメシ食ってた時のじゃん! あれいつだったっけ……曲が上がった後だから八月入ってからだと思う。レイチェルの服見てみろよ、あの時この色のワンピース着てただろ」
「そう言われてみると……」
「………………」
「マジで勘弁してくれよ。……葉璃、違うからな? 俺はレイチェルと二人でメシ食いに行った事なんか無いんだからな?」
「あっ、俺は聖南さんを疑ってるわけじゃ……っ」
「ほんとに? でもなんでそんな顔面隠してムッとしてんの?」
「いえ……あの、……っ、これは誰が撮ったのかなって、疑問が湧きまして……」
「そういやそうやな。そんな前から、アイはセナさんとハルポンを追ってたいうんか? それにしちゃ激写時期が違い過ぎん?」
確かにルイさんの言う通りだ。画質が違い過ぎるうえに、写真を撮った時期がこうもバラバラだなんて。
レイチェルさんと聖南は、レコーディングで三日間も同じ空間に、しかも長時間居た事もある。二人がタイミング良く揃わなかったから激写出来なかったにしても、……何だか釈然としない。
事実無根のネタに振り回されて、負わなくていい傷を心に負ってしまった聖南はしばらく二枚の写真を見比べていた。
すると突然、「あっ」と声を張った。
「もしかして樹が言ってたのってこれだったのか」
「樹とは誰だ」
「うちでスカウトマンやってる佐々木さんの息子だ。相澤プロでマネージャーやってる」
「あぁ……佐々木の息子か。何と言っていたんだ?」
「佐々木氏てここの佐々木さんの息子やったんですか!? 衝撃の事実!」
「その樹が忠告してくれてたんだよ。俺の恋人……つまり葉璃を洗い出そうとしてる記者が居るって。二年前に俺のスキャンダルを局にタレこんだ記者と同じかもしれねぇ、とも言ってたな」
「えぇ……っ!? じゃあ聖南さんは、マスコミとアイさん両方に追われてた……そういう事ですか?」
「……そうなるな」
「……うむ」
「しかも両方とも、意図はちゃうけどハルポン狙いやってな」
佐々木さんがそんな事を……?
でも事情通な佐々木さんの言う事なら、信頼性がある。
あれだけ敵対心メラメラだった聖南が、なぜか佐々木さんに心を許してるっていうのが今も不思議でいっぱいなんだけど。
社長さんもこの事実はすでに握っていたみたいで、あんまり驚いてなかった。
どちらにしても、俺の存在が何もかもの元凶な気がしてならない。
「素人からの追尾はともかくマスコミの目は気付かなくてはいかん。セナ、お前ともあろう者がどうした」
「はぁ、……俺マジで何してたんだろうな。浮かれてたら寝首かかれるぞってアキラ達にも散々言われてたのに……」
「聖南さん浮かれてたんですか? なんで……?」
「……葉璃との同棲が嬉しくて。帰ったら〝おかえり〟って言ってくれる葉璃が居る。毎日一緒に居られるんだぞ。そりゃ浮かれるだろ」
「聖南さん……」
「セナ、よく聞きなさい。今は私の話など聞き入れたくないと言うだろうが、ハルに危険が迫っているのは確かだ。お前の親父さんが報道規制をかけた事で、奇しくもマスコミの方は抑えられている。しかしアイの方はこれからどう出るのかがまったく読めない。別々の意図で撮られた写真がアイに渡っているとなると、マスコミと通じている可能性も充分に考えられる。セナ、今以上に周囲に気を配ってくれ。私も出来る限り解決に繋がるよう動く」
ルイもハルを頼んだぞ、と語った社長さんは、聖南とルイさんに向かって深く頷いた。
呑み込みの早いルイさんは「もち!」と明るく返事してたのに対し、俺と聖南は……このピンチに元気を吸い取られたみたいに、呆然となっていた。
そんな中、最後に聖南が発したのは──。
「……頼むよ、社長。……マジで」
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