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まるでひとり芝居のように大袈裟な聖南の言い回しに、気まずそうだったルイは怪訝な顔付きになった。
まず聖南は、大根なのだ。
どう頑張ってもさり気なさは装えない。
ルイに奇妙な奴だと思われる前に、ひと呼吸置いて演技をやめた。
「ルイがヒナタに入れ上げてたの、周りはみんな知ってんだろ。もちろん葉璃も。……お前が動揺する気持ちも分かるから、別に急いで現実を受け止めようとしなくていいって言ってんの」
「え……でもそれやと俺、……っ」
「葉璃は渡せない。だからって、葉璃からルイを遠ざける事も俺には出来ねぇんだよ。仮にお前がETOILEの加入メンバーじゃなくても、葉璃はルイに離れてほしくないと思ってる。だったら俺が、寛大になるしかねぇじゃん」
「…………」
聖南を驚きの目で見ていたルイが、ふと視線を外す。眉を顰めて床をジッと睨み、聖南の言葉を噛み締めているように見えた。
ルイは、ヒナタの大ファンである事を公言していた。
事務所まで追いかけたり、出番前に接触を試みたり、聖南の忠告は右から左であわよくばを狙っていたほど、〝ヒナタ〟を気に入っていたのである。それはまさしく恋心と言って良いだろう。
しかしヒナタは、葉璃だった。
突然恋する対象が居なくなってしまい、身近過ぎる人物がその正体であったなどすぐに受け止められなくて当然だ。
かくいう聖南も、同じ経験をした。
ハルカが葉璃だと知った時の衝撃と何とも言えない喪失感は容易く言葉には出来ず、心にモヤモヤを生んだ。
けれどどうしても忘れられなかった聖南は、葉璃を追いかけ続け、捕まえられたから良かったものの、ルイはそうではない。
恋する相手が居なくなってしまったうえに、その正体を手に入れられもしない。
気持ちの持って行き場がない……と過去に聖南が項垂れたように、ルイもそうすんなりと現実を受け止められるはずがないのだ。
聖南から追いかけられていた葉璃はそれを懸念し、〝ヒナタが自分で申し訳ない〟、〝知っていたのに騙す形になって申し訳ない〟、〝騙されていた事をいよいよ我慢出来ずに激怒したルイが、ETOILE加入をやめると言い出したらどうしよう〟──と瞳をうるうるさせていた。
いつも通りに振る舞う違和感にいち早く気付いたのは、葉璃にとってルイが必要な存在となっているからに他ならない。
とはいえ、葉璃がルイにそんな事を言ったところで「大丈夫」の一言で済まされる。
なぜなら、ルイにも葉璃を慕う気持ちが芽生えているからだ。
「葉璃はお前と話をしようとしてたんだってさ」
「……でしょうね。ここ何日か、何か言いたそうにジーッと見てきよりましたもん。俺がこない狼狽えてんのバレてたとは思えへんかったんで、別の何かやろと思てました」
「あー……そうなんだ」
相変わらず葉璃は、誰が相手でも隠し事や嘘が苦手らしい。
何かを思い悩んでいる時や隠し事をしている時はどこか一点をボーッと見詰め、言いたい事があるけれど言えないと心の中で葛藤している時は、無意識に相手をジーッと見る癖がある。
大根カップルの片割れである葉璃も〝どうしよう〟と狼狽え、分かりやすい意思表示を見せていたという事だ。
「──てかセナさん、……結構、酷なこと言いますね」
葉璃の実直さに内心でほっこりしていると、ルイが苦々しく呟いて聖南を見た。
その意味が分からない聖南ではない。
苦笑を浮かべ、だんだんと猫背になっていくルイに近寄って行った。
「まぁ……気持ち殺せって言ってるようなもんだからな。あとはルイがどうしたいか、だ」
「……俺は……」
葉璃を見ていると、自ずとヒナタの影を追ってしまいツライと言うなら、彼の意思を尊重する気だった。
彼はETOILEに必要な存在ではあるけれど、心にわだかまりが残ったままでは良いパフォーマンスは出来ない。
ただしこれは聖南の独断で決められるものではなく、何より葉璃が悲しむ結末になるかもしれない事は重々承知の上で、聖南はルイ本人へ今後の意思を問うた。
ルイは、テーブルに肘を付き頭を抱えてしまった。瞳を瞑り、険しい表情を浮かべている。
重要な決断なのだから、これこそ熟考の後に答えを聞かせてほしい──聖南はそう口を開きかけた。
「諦めるとかそれ以前の話なんで、気持ちの整理は自分で、……じっくりつけていきます」
顔を上げたルイは、僅かな動揺を見せつつも聖南を真っ直ぐに見詰めた。
「ハルポンが好きなんかヒナタちゃんが好きなんか、ぶっちゃけまだ頭ん中は大パニック大わらわなんで……時間はかかりますけど」
「おい、葉璃に惚れるなよ、頼むから」
「いやセナさん、あなたほどの男がおって俺が太刀打ち出来るわけないやないですか」
「社長が言うには、お前と俺は似てるらしい。だから俺も、寛大でいたいと思ってる反面かなりヒヤヒヤドキドキしてる」
「いやいや……」
励ましの言葉のようでいて、聖南の台詞は大真面目だった。
葉璃はなぜか、薄暗い過去を持つ男を一際虜にする謎の性質を持つ。さらには、心を許した者にしか見せない態度や物言いで優越感に浸らせるという、無意識下にしては魅力的すぎる技まで持ち合わせている。
同性である事など何の障害にもならない。
何も望まないから、〝ただそばに居てほしい〟と思わせる存在なのだ。
しかも聖南とルイは境遇が似ているとか。
今に限らず、それを知った時から聖南はずっとヒヤヒヤドキドキしていた。
「セナさんって、マジで面倒見ええっすよね」
「そうか?」
「わざわざ俺にこんな話してくれるやなんて……思てませんでした。俺はセナさんに殺されるんちゃうかと震えてたんで」
「なんでだよ! 俺そうそうキレねぇって言ったじゃん!」
「いやいや、まぁ……冗談はさておき。俺……ハルポンの事は好きです。でもそういう気持ちやないんですよ、ほんまに。可愛い〜とかハグしたい〜とかナデナデしたい〜とか食うてるとこ永遠に見てられるわ〜とか、まぁそのくらいは思てますが」
「……充分だ。それは恭也くらいヤバいゾーン入ってる」
「あぁ! それです! 恭也のハルポンへの感情に似てるかもしらん!」
「……異常な愛情?」
「そこまではいかんです。……まだ」
「〝まだ〟かよ」
はい、と頷いたルイの表情がいくらか晴れている。話が出来た事でそうなったのなら、非常に有意義ではあった。
対して聖南は、顔面から苦笑が取れない。
恋愛感情は持たないが〝異常な愛情〟を注ぐ男が直近に二人も居るとなると、聖南の立場が危うくなりそうで不安だ。
葉璃はきっと、「聖南さんと皆さんは違います」と言ってくれる。だがその葉璃が〝皆さん〟を虜にしているのだという事を、もう少し自覚してほしい。
ルイと共に個室を出た聖南は、恋人を迎えに行く事にした。
どうにも今すぐ抱きしめなければ、気がおさまらない。
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