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34❥罠 ─聖南─(須)
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聖南は、水瀬が一人でここへ来た時からひどく怪しんでいた。
恭也のファンだと言うならばアイは、共演者であり仲介役の水瀬と落ち合って来るのが普通だろう。
しかもこの、誰でも事態を見聞き出来るような純喫茶店が指定場所。あげく、ETOILEのリハーサル後にLilyのリハーサルが行われる事を知り得ているような、抜群のタイミングの良さ。
葉璃の同席を良しとしなかったのかどうかは分からないが、そうする意味など無いので深く訝しむ事も無かったのだが……。
水瀬が一人で現れた時点で、聖南の疑念はさらに深まった。
「二人はマジで別れてんの?」
「なっ……恭也、お前……っ」
聖南が言葉を発する度に、水瀬は怯えきるので参る。
少々苛立ちはしているが、葉璃から「暴れないでください」と言われた手前、聖南はとても穏やかに〝質問〟しているだけのつもりだ。
しかし水瀬は、この場に聖南が居たというぶつけようのない動揺を、いちいち恭也に向けている。
「おーっと、待て待て。それについては俺が無理に聞き出したんだ。恭也を責めるな」
「でも絶対誰にも言うなって釘刺しといたんすよ!? 恭也はオフレコ話しても墓場まで持ってってくれそうだって!」
「〝誰にも言うな〟ねぇ。そう言う奴は大体他にも言いふらしてる。地元のダチとか、兄弟とかにな」
「…………っ」
この件が繋がったのは、単なる偶然だった。
アイ(らしき人物)が絡んでいなければ、恭也は聖南にも、そして葉璃にも水瀬の内情は心に秘めていたはずだ。
それを知る聖南は、向かい側で顔を真っ赤にしている新人俳優を冷めた目で見詰める。
「俺が聞きてぇのは、二人は別れたのかって事だ」
「い、いや……。今日その予定なんすよ……」
「今まで連絡だけ取り合ってたって事?」
「……そうっす」
「ふーん」
水瀬とは初対面だが、嘘の吐けない男だという印象を受けた。
とても身近に、非常に嘘が下手くそな人間が居るため、それを見抜く力だけは培った聖南だ。
近頃あまり自身の千里眼をあてにしないようにしていたが、女性よりも男性の方がいくらも内が分かりやすい。
聖南が少し身動ぎしただけで怯える水瀬にも、思わず唸ったコーヒーを注文しおとなしく二十分待ってみた。
「──来ねえじゃん」
「は、はい!」
すでに約束の時刻から三十分近く過ぎている。
疑念深まる聖南は、スマホを取り出し慌てて離席した水瀬を見送るも、一分とかからず戻ってきてこう言われた。
「あの……あと十分くらい遅れる、と……」
「はぁ? 冗談だろ?」
「ヒッ……! 冗談ではないんす、これが! すみません!」
「……ったく……」
何やら不穏な空気が漂い始めた。
女性の遅刻はありがちだと頭では分かっていても、はなから疑ってかかっている聖南に容赦は無かった。
番組スタッフに無理を言い、打ち合わせ時間をずらし抜けてきたのだ。
一秒も無駄にしたくない。
「警察沙汰になったってやつは丸く収まってんだな? 事務所にウソ吐いたりしてねぇか?」
「ウソ吐いてないっすよ! アイが暴れて、俺が止めようとしたってのは立証できたんで。アイはマジで、今年の二月か三月くらいからおかしくなってたんす」
「おかしくなった?」
「はい。メンバー内で揉めてるとか何とか言ってたっすね。女の、しかもアイドルの世界のことなんて俺は分かんねぇから、とりあえず慰めてただけっすよ。付き合う前、元々ダチではあったんで」
「へぇ……」
おかわりしたアメリカンコーヒーに口を付け、低く唸る。
昨夜葉璃から聞いた話と辻褄が合い、元からLily内での確執があった事が証明された。
ふと時刻を確認し、次第に聖南の中に焦りが広がっていく。
「対立してるメンバーの名前とか言ってた?」
「あぁ……言ってたけど忘れちまったんすよねー」
「……ん。意地でも思い出せ」
「えぇっ?」
聖南は、スマホでSHDエンターテイメントの公式ページを検索し、Lilyのプロフィール欄にあったメンバーの名を強引に水瀬に見せた。
アイはよく知りもしない葉璃にさえ怨恨を向けるような女だ。交際していた水瀬に、人物名を上げて毎日のように愚痴を吐いていたとしてもおかしくない。
なぜそんな事を聞かれるのか分からない水瀬は、困惑の面持ちで聖南からスマホを受け取り、眉を顰めた。
「──あっ! リカ、ミユ、カナ、……あとミナミ、……この四人の名前はしょっちゅう聞いてた!」
「オッケー、ありがと」
「ど、どうもっす……?」
「なぁ、てかもうすぐ一時間経つけど。どうなってんの?」
「うわっ、ほんとっすね! もう一回連絡してみます!」
再び大慌てで離席した水瀬の代わりに、黙って事態を見守っていた恭也が不思議そうに「セナさん」と口を開いた。
「なんで、アイさんが対立してたメンバーの名前なんか……」
「昨日な、葉璃が重要な証言得て来たんだよ。アイはメンバーにいびられて、孤立して、精神病んで、水瀬に依存して……こうなったって」
「えっ……! そ、それ、本当ですかっ?」
「あぁ。必ずしもアイだけが犯人とは言えなくなったって事。その辺詳しく本人に聞きたかったんだけどな。……無理かもしんねぇな」
「え……」
なんやかんやと水瀬から情報を聞き出し、アイの到着を半信半疑で待っていたがもはや聖南の中の疑念は確信に変わった。
すると案の定、水瀬が気まずそうに戻って来た。
その表情を見た聖南は返事も聞かずすぐに立ち上がり、三人分の勘定には多い額をマスターに手渡す。時間潰しには勿体無い、唸るほど美味いコーヒーを振る舞ってもらい、且つ事前に〝一時間貸切〟を連絡しておいた礼代だ。
「すみません……アイの奴、あと十分かかるとか言っちゃってるんすけど……。なんか道に迷ったらしくて……」
「あぁ、もういいや。来る気ねぇんだろ。俺ら帰るから、アイの番号教えて」
「えっ、でもせっかくセナさんまで来てもらったのに……!」
「いいから早く教えろ」
「は、はい!!」
水瀬は終始、聖南の圧に負けていた。
なぜ自分がアイについてこれほど追及を受けているのか──聞きたくても聞けない状況なのは、彼らにも公表出来ない交際の事実があるからだ。
それを恭也の先輩である聖南に咎められているのだと勘違いしていそうなので、あえて真実は伝えぬまま、アイの連絡先をゲットした聖南と恭也は揃って喫茶店を出た。
直ちに大塚社長、康平、SHDエンターテイメントへ番号を共有し、恭也と共にドームへと急ぐ。
そばに車を停められる場所が無かったので、聖南もドームから徒歩でそこまでやって来ていた。
長身の二人が早足で路地を歩んでいると、微かに騒がれはしたが今はそれどころではない。
「あれっ、ルイさんからだ」
「何?」
スマホを取り出し歩みを止めた恭也に、聖南も嫌な予感がして立ち止まる。
いいから出ろ、と急かす間もなく、胸騒ぎがしたらしい恭也は聖南をチラと見て応答した。
だが、──。
「もしもし、……はい、……っ、えっ!? いやちょっと待って、セナさんに代わります!」
「なんだ、何なんだよ!」
普段では考えられないほど驚愕の声を上げた恭也から、スマホを受け取る。そしてルイとほんの少しの会話を交わした聖南もまた、サングラスの奥の瞳を大きく見開き、一瞬呼吸が止まりかけた。
結局待ち合わせの場に現れなかった、アイの目的。
腐りきったLilyの内輪。
役に立たない彼女らの事務所関係者。
やはり女の嫉妬は根が深く、標的となった葉璃は丸々半年間もそんな悪感情を受け止め続けていた──。
「クソッ……! 俺らが罠にハメられた……!」
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