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34♣罠 ─ルイ─

♣ ♣ ♣ 「──いや俺は覗きたくて言うてるんやないねんって!」 「しつこいですよ!」  さっきから何回も頼んでんのに、この頭でっかちなパンチパーマのおばちゃんは少しも言うことを聞いてくれん。  ドーム内のスタッフなんか番組スタッフなんか分からんが、なんでこない融通きかんの。  俺はただ、シャワー室の中を確認してきてくれ、て言うてるだけやのに……! 「何度も言ってますけど、ここは女性専用のシャワールームなんです! 清掃中の札もかかっている事ですし、中には清掃スタッフしか居ません!」 「そんなん分からへんやん!」 「分かりますよ! あなたにはこの〝清掃中〟の札が見えないの!?」  いかにも清掃スタッフみたいな出で立ちしてるおばちゃんこそ、こんなとこで何してんのよ!?  この辺ウロウロしとったから声かけただけやん。  ちょっと中に入って、ハルポンがちゃんと居るかどうかを見てきてほしいんだけなんよ。  俺は覗き魔とちゃう。断じてちゃう。  両手合わせて、おばちゃんに〝お願いポーズ〟して頼み込んで何分経ったか。  こうしてる時間も勿体無いねんぞっ? 「よぉぉく見えてるわ! てかなぁ、おばちゃん頼むわ! ええから中見てきてぇな! この通りやから!」 「あんたねぇ……! 誰がオバちゃんよ! 失礼しちゃう! まったく!」  あかん……! 〝おばちゃん〟はレディにはご法度やった! ……言うてる場合やない。  完全に機嫌を損ねてしもたおばちゃんは、俺をジロジロ睨んで憤慨し、スタスタ去って行った。  設営スタッフは男ばっかやから、あのおばちゃんが頼みの綱やったのに……!   「ちょっ……林さん、どないしたらええのっ? なんでこない出て来うへんのよ〜っ」  そばで一部始終を見とった林さんが、何とも言えん苦い顔で俺を見た。  だってな、ハルポンが出て来んのよ。  かれこれ二十分以上もやで?  心配や。マジで心配や。 「ど、どうしましょう……! こればかりは女性でないと入室できませんし……!」  俺だけじゃなく、やたらとキョロキョロしとる林さんもだいぶ狼狽えとる。  ハルポンから目を離すなと口酸っぱく言われてたんに、俺と林さんがおってこのザマや。  俺のばあちゃんが逝ってもうた時でさえ「お風呂入りたい」言うてたハルポンが、リハ終わりに汗流すことなんかは簡単に予想ついててん。  けどまさか、ヒナタちゃんのリハ用の服のままやからって、女性専用の方に入るやなんて思わんやんか……! 「シャワーなんてたかだか五分十分で出てくるやんなっ? 風呂入ってんのやったらまだしも! 疲れて気失ってんのとちゃうやろか……っ」 「ぼ、僕、別の女性スタッフの方を呼んできます!」 「おぉ、すまんな! 頼むわ!」  客席側に走って行った林さんを見送った後、俺も他に頼めそうな女性スタッフは居らんかと辺りを見回したが、あいにくそういう子らは照明とか音響とか客席配置とかそっちに駆り出されとる。  次のアーティストのリハが始まってもうて、さらに捕まりにくなった。  ケロッとした顔で出て来てくれたらええんやけど……なんやダメな想像ばっか浮かんでまう。  ETOILEとLily、続けざまにリハ組んだんは誰や! てキレてまいそうになるな。 「あ〜心配やぁ……心配やぁ……!」  広いステージの上であんだけ汗かいて、ほんまにヒナタちゃんに変身しよったハルポンが、中で疲れ果ててぶっ倒れてるイメージしか浮かばんねん。  セナさんが聞いたら何て言うやろか……と髪をグッシャグシャにしても、俺には何も出来ひんから焦りまくってまう。  ……と、そこでふと恐ろしい存在を思い出した。 「あっ! セナさんに報告しとかなよな!? でも絶賛話し合い中やったら水指すやろかっ? いやでも一大事やし……っ」  そうや。いずれバレるんなら、さっさと状況報告だけはしとかんとあかんよな。  独り言がデカなって、すれ違ったスタッフから怪訝な顔で見られた。  女性専用のシャワールーム前で一人騒いでたら、覗き魔のレッテル貼られそうでかなわん。  しかし今は、そんな事よりハルポンの身の安全を確かめるのが何よりの最優先事項で、己の体裁を心配してる場合とちゃう。  セナさんよりもハードルの低い恭也を無意識に選択し、俺はホウレンソウ(報告・連絡・相談)を実行した。 『もしもし』 「恭也か!?」 『はい、……っ』 「あんな、ハルポンがシャワー室から出て来んのよ! かれこれ二十分は入ってんねん! これ普通なんかっ? 俺、カラスの行水やからよう分からんねん!」 『えっ!? いやちょっと待って、セナさんに替わります!』  替わるって誰にや、なんて言わずもがなやった。  電話の向こうから、すでにキレてるセナさんの『なんだ、何なんだよ!』という怒号が聞こえてくる。  怖い、なんて言うてられん。  ハルポンのためなら、俺はどんだけでも心臓に毛生やす。 「セナさんっ? ハルポンて長風呂ならぬ長シャワーやったりしますっ?」 『はぁっ? なんで?』 「汗かいて気持ち悪いから言うてシャワー浴びよるんですけど、二十分以上入っとんのですよ! これ普通っすかっ?」 『いや簡易的に入ったんならそんな長くねぇと思うけど……』 「じゃあおかしいっす!」  そうやんな、そうやんな!?  顔だけじゃ男か女か判断が難しいハルポンやけど、自分のこと〝俺〟って言うくらいやから男の子で合ってるやんっ?  しかも今、セナさん曰く〝直接対決〟の真っ只中。リハ終わりに超特急でセナさんと恭也のところへ向かうはずやったハルポンが、こない出て来んのはおかしいとしか言いようが無いんよ。 『てか中入って声掛けてみりゃいいじゃん!』 「それがムリなんすよ! 女性用のシャワー室使うてて俺ら入られへん! 清掃中の札かかってるから言うて、おばちゃんもなんや確かめ行ってくれんし!」 『なんで女性用に!?』 「まだLilyのリハ終わりの格好してたんで!」 『あぁ、そういう事か……! クソッ……すぐそっち行く!』 「こっちも手尽くしますんで!」  セナさんがブチキレてるように聞こえたんは気のせいか。  心配し過ぎてそうなってまう気持ちも分からんでもないが、「すぐ行く」と言われてもうた俺は、情けなく震えながらセナさんを待たなあかん。 「しかしなぁ……! 言うても尽くせる手なんてナイわ……! 俺が女装したかて無謀やしなぁ……! この〝清掃中〟さえ無かったらなぁ……! てかほんまに清掃中なんかっ? それにしちゃ長ないっ?」  いや待て。よう考えたら、ハルポンが中に居んのに清掃中て……おかしない?  いくら仕事やからって、シャワー浴びてる人シカトして掃除するか?  ……無いわ。そんなん無いわ。 「中には、ハルポンだけしか居らん、いうことか……!?」  そんなら突撃してもかまへんよな!?  ここは女性専用かもしらんけど、ハルポンと俺は同性同士。何も問題あらへん。  大事な仲間が気失ってたりしてたら大変やから、確認のために入る──理由もバッチリや! よっしゃ、行ったろやん! 「ハルポン今行くで……っ」  ハルポンを心配する気持ちが〝覗き魔のレッテル〟を凌駕し、俺が勇んで扉のノブに手を掛けた──その時やった。 「葉璃は!?」 「……っ、葉璃!!」 「ハル……!!」  息を切らして俺のそばまで走り込んできた者が、三人居った。  ノブに手を掛けたまま、俺は固まる。  だってな、ここに来たん、セナさんと恭也は分かんねん。  なんで……「お疲れ様」の挨拶してドーム出て行ったはずのミナミが、ここに居んの?

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