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34★2 ─恭也─

★ ★ ★  セナさんがシャワールームに入って行って数分。  俺、ルイさん、ミナミさん、そしてどこかから戻って来た林さんの四人は、時が止まったかのように扉前で微動だにせず、葉璃の安否を祈っていた。  正直俺は、葉璃は何事もなく戻るだろう……とは思っていない。  とうとう堪えきれずに泣き出してしまったミナミさんから、ついさっき衝撃的なワードを耳にしてしまったからだ。  眠気作用のある精神安定剤を飲ませ、居眠りによる不運を画策したアイさんの差し金が、Lilyの内部にまで広がってるなんて……。  俺には分からない。  そうまでして他人を陥れて、何が得られるんだろう。  アイさんも傷付けられたうちの一人だったのなら、葉璃が受けた傷を誰よりも理解出来るはずなのに──。   「おい!」  中から轟いたセナさんの声に、ハッとした。  恐る恐る扉を開ける。  俺が中に一歩踏み込むと、ルイさんと林さんが後ろをついてきた。  葉璃は……セナさんと葉璃は、……どこ?  見回しながら脱衣所らしき空間を抜け、右手に並んだ三つの個室を目視した。  そのうちの一つ、開け放たれていた真ん中の扉から、セナさんが右半身だけを出して俺達に向かってひどく狼狽した声を上げる。 「ありったけのタオルかき集めて持って来い!」 「……っ、セナさん! 葉璃は……っ?」  セナさんはなぜか、ミナミさんを追及しながら外していたサングラスを掛けていて、近付こうとした俺に向かって〝来るな〟と首を振った。  出しかけた一歩がそこで止まる。  そうか、……葉璃はシャワーを浴びてたんだから全裸なんだ。 「……っ、林、林はいるか!?」 「は、はい……っ!? あれっ、セナさん!?」 「林、急いで車回してくれ! あと葉璃の親と社長に連絡!」 「は、は、はい! 分かりました!」  林さんがバタバタと駆け出して行った後、俺はそこにあった貸し出し用のバスタオルをあるだけ手に取り、個室内は見ないようにしてセナさんに手渡した。 「セナさん、これも使て!!」  察しのいいルイさんはというと、隣の男性用のシャワールームから同じくバスタオルを数枚拝借し、セナさんへ渡す。  その場でしばらく待っていると、セナさんがタオルの塊を横抱きにして個室から出てきた。  俺とルイさんは、そこからほんの少しだけ見えた真っ白な顔を見て思わず息を呑む。 「葉璃……!!」 「ハルポン……!!」  こんなの……っ、こんなのってないよ……!  葉璃が何をしたっていうの!  無茶苦茶な任務を完遂するために、味わう必要の無かった痛みや傷を負わされて、しまいにはこんな姿になって……!  どこの誰が、なんてものはもう、重要じゃない。  俺の大切な親友が、こんなにもひどい目に遭った。  何をどう説明されたって、起こってしまったこの事態を正当化できる理由なんか、一つも無いでしょ。  チラッと扉の外を見やると、集まってきたスタッフさん達の向こうに泣きじゃくるミナミさんの姿が見えた。  ──許せない。……許せない。 「恭也、ルイ」 「はいっ?」 「……はい」  タオルでぐるぐる巻きになった葉璃を大事そうに抱えたセナさんが、俺とルイさんに向かって「頼みがある」と言った。 「お前らは、ミナミから詳しい話を聞いといてくれ。メンバーは呼ばなくていい。ミナミ一人に、だ」 「ミナミから?」 「……分かり、ました」  そう言い残し、セナさんは葉璃を抱えて林さんの待つ車へと走った。  サングラスで隠してたけど、セナさん……泣いてた。  こんな事になった責任は全部自分にあると、そんな風に思い詰めて涙を流していたのかもしれない。  あの様子を見れば、全裸だった葉璃が独り何十分もあそこに倒れていたのは明らかだった。  こんなにも人通りがあって、リハーサルの音も容赦なしに漏れ聞こえてくるうるさい場所なのに、葉璃は……たった独りで……! 「恭也、なんやよう分からんけど、……」 「あ、あぁ……はい」  拳を握り締めて奥歯を噛み締めていたところに、ルイさんから肩を叩かれて再び我にかえる。  そうだ。  葉璃にはセナさんがついてる。  だったら俺は、……俺達は、出来ることをしなくちゃ。  集まってきたスタッフさん達に、俺とルイさんで「お騒がせしてすみません」と頭を下げておいた。  そして、その場から動かずジッとしていたミナミさんに、声をかける。 「……ミナミさん、さっきの話、詳しく聞かせてもらえますか」  泣いてる女性にあれこれ問い質すのは、若干の躊躇いがある。  けれどそんな温情を見せてる場合じゃない。  目の前でシクシクと涙を見せる知らない女性より、俺にとっては葉璃が圧倒的に大事だ。  明日多くのアーティストが待機する予定の、ずらりと並んだ楽屋のうちの一つを勝手に借り、セナさんからの伝言を遂行すべくミナミさんに詰め寄る。 「どういう事、なんでしょうか」 「………………」  黙ってついてきたミナミさんは、すべてを白状するつもりだったんじゃないの?  早く話してよ。  そうそう怒らない俺だけど、生気の無い顔が頭から離れなくて少し語気が強くなってしまう。  静かに苛立つ俺の前で肩を落としてすすり泣く彼女に、ルイさんが「まぁ座りや」と着席を促した。 「てかなんでミナミここに居んの? さっきお疲れ様でした〜言うて帰って行ったやん」  ゆっくりと気まずそうに腰掛けるミナミさんに対し、ルイさんはいつもの調子だ。  でもそれは、あえてそうしてるんだろう。  俺達二人で冷静さを欠いた態度を取れば、萎縮したミナミさんは何も話してくれなくなる。  セナさんの剣幕に震えていた事からも、あまり刺激しない方が真実を聞き出せるに違いない。 「もう色々とバレちゃってるんですよね? アイがしてきたこと……」 「はい。ヒナタの正体を知る人間は、大体、知っています」  冷静に。冷静に。……絶対に声を荒げない。睨まない。普段から俺は強面だって言われてるから、多少目を細めたくらいじゃ睨んでるうちに入らないよね。  心の中で様々な言い訳を唱えつつ、どんどん肩が内側に入ってゆくミナミさんを見詰めた。  そして何分かの沈黙の後、ようやく覚悟を決めたらしいミナミさんから驚きの事実を聞かされる。 「……私、アイに脅されてたんです」 「あ!? 脅されてたっ? な、なんでや?」 「アイがリカ達からイジメられてる時、私は何にも動いてあげなかったから。見て見ぬフリをしてたんです。自分が標的になったらどうしようとか、巻き込まれたくないとか、保身に走ってしまって……」 「それで、アイさんに、恨みを持たれたんですか?」  俺の問いに、小さく頷くミナミさん。  それを簡単に〝はいそうですか〟と信じていいのか分からなかったけれど、ついさっきセナさんから得た情報とは繋がる。  ここで俺達から問い詰められるのが分かっていて、おとなしくここに居る事を思えば……信じる信じないは別として、白旗を振って敵陣に乗り込んだというのは大した勇気だ。 「……あのサポートメンバーは誰? ってまずは聞かれて、最初はもちろん〝ハル〟だとは言わなかったんですけど……。アイは軽いうつ病になっていて、それは私のせいでもあるから……遺書に私の名前書いて自殺してやる、って何回も……」 「……それは脅しですね」 「そう言われてもうて、教えなしゃあないってなったんや」 「はい……。それから一ヶ月おきくらいに突然電話してきては、内部の情報を聞き出されて……私が全部、流してました」 「………………」 「マジかいな」  あれだけみんながアイさんの連絡先を知りたがっていたのに、ミナミさんはその手段があったって事か……。  こうなる前にもっと早く打ち明けてくれれば、葉璃があんな目に遭わずに済んだかもしれない。  取り返しのつかない事態となった以上、そこを追及したってまるで無意味なのが何とも歯がゆいな。  けれどミナミさんの話が本当なら、「お前のせいで死ぬ」と脅されれば誰だって怯む。  〝本当なら〟、ね。

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