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34♣2 ─ルイ─

♣ ♣ ♣  いったい何の話をしてるんや。  リカ? イジメ? 脅し? 情報流出?  ただでさえ、タオルでぐるぐる巻きになったハルポンの顔が頭から離れんのやぞ。  ワケが分からんのよ。セナさんから謎の事情聴取を命じられた俺は、どないな心境で居ったらええねん。  どんどん出てくる新情報にはツッコミどころ満載やし、かと言って「それどういう事?」て、こんな厳つい顔した恭也の前じゃよう割り込めん。 「──セナさんとハルの関係を聞かれた時は、正直に〝分からない〟って言いました。その前に、なんでそんなこと聞くんだろう?って不思議で……。アイは、自分のポジションにハルが入ったことを相当恨んでて、弱味握って潰してやる……とまで言ってて。だからって、どうしてハルを潰すためにセナさんの名前が出るのか、私は分からなかったんですけど……さっきの見て、なんとなく察してしまいました」  おっと……それはめちゃめちゃヤバイことを察してもうたな、ミナミ。  ずーっとしかめっ面して座っとる恭也の目が、ギラッと光った。  俺はミナミが逃げんよう、立ったまま話を聞いとる。  一応、監視官的なやつ。 「……二人の関係は、さておき。アイさんがどうやって、色々と動いてたのか、気になるんですけど」 「せやな。事実、俺はアイの仲間やっちゅー男から声かけられてん。ハルポンの身辺調査するために、アイには何人か仲間がおった、いう事やろ?」 「ごめんなさい、そこまでは知らないです。私はヒナタ関連の情報をアイに流してただけなので……」  ハルポンのためやったら人見知りが無くなる恭也が、率先して情報を引き出そうとしてる。  俺はそれに同調した。聞きたかったことやから。  しかしミナミは、そこんとこは無関係やと首を振った。  言われてみれば確かに、ミナミはセナさんとハルポンの関係を知らんかったようやし、それはほんまの事やろ。 「じゃあさっき、〝出来なかった〟って言ってたの、あれは何だったんですか? リカさん達が、精神安定剤を、葉璃に飲ませたんですよね?」 「それは……」 「なんや、精神安定剤て!!」 「……っっ!」  俺の怒声に、縮こまったミナミがビクンッと体を揺らした。  いやだって、精神安定剤てなんやねん……!  そやからハルポンは何分もシャワーから出て来うへんかったんかって、せんでいい納得してもうたやん!  精神安定剤は、種類にもよるが睡眠薬みたいな効果のやつもある。昔のダチの彼女がメンヘラで精神科通うてて、何とかいう薬飲んどった。  そんなん、……ハルポンには必要あらへんやろ。故意に飲ましたんなら、それはもう悪意やん。悪意しかないやん。 「アイから言われたんです。もう見てるのがツラいから、明日の生放送にヒナタは出さないでくれって。お役御免でいいでしょって。それで……」 「……葉璃、ETOILEのリハの時は、元気いっぱいでしたよ。暑い、とは言ってたけど、あんな……っ」 「なに、何したんよ……! お前らハルポンに何しくさってん!」 「リカ達がハルのドリンクに精神安定剤を入れたのは確かです。すぐに強い眠気がくる安定剤らしくて、それを飲ませて朦朧とさせて、明日の生放送に出演出来ないような大怪我でもしちゃえばいい……って」 「ひどい……!」 「き、聞いてられん……!」  俺と恭也は、同時に目を見開いた。  想像してたより遥かに凄まじい悪意に、怒りなんかとうに超えて愕然とした。ターゲットがハルポンやなくても、相当にえげつない話やで、これは。  ミナミのシュッとした美人面が、見るも無残に涙でグシャグシャ。そのツラをさらに歪めて、「でも」と続けながら俺と恭也を順に見た。 「それ、ホントは私が実行するはずだったんです! でも、でも……っ、出来なかった! ハルは何にも悪くないのに、なんでそこまでされなきゃなんないのって思うじゃないですか! ハルはずっと頑張ってた! あの子達から冷たくされても、意地悪な事たくさん言われても、決められたレッスン日には必ず来てた! 逃げなかったんです、ハルは! 事務所が押し付けた無茶な要求を、仕事とはいえあんなに完璧にこなしてたハルを、どうやったら傷付けられます!?」 「…………」 「…………」 「〝ハル〟はキャラじゃなかった。ホントに卑屈な子だった。「無でいるのは得意です」、「気配消してれば実害無いから大丈夫です」、「透明人間になれる布があれば、リカさん達に俺の姿を見せなくて済むのに」なんて……! そんなこと言わせてしまって、何とかしなきゃと思っても、私にはあの子達を止められなかったんです! 事務所も、足立さんも、黙認してるんです……! Lilyのイメージを崩したくない、から……!」  ミナミはそう言うと、長机に肘をついて髪がボサボサになるまで掻き乱した。  脅されて、ダメな事やと分かっていながらアイに情報を流してもうたのが原因で、ハルの身辺まで探られる羽目になってる。  男の世界には無い陰湿さとか腹黒さなんか、俺も恭也も理解出来るはずない。  ミナミの言うてる事ぜんぶ、サスペンスドラマみたいやなんて思てしまうくらい現実味が無かった。  でも事実、ハルポンは真っ白な顔でシャワールームから出て来た。  病院に通わんと貰えん薬なんか、市販の物なんか分からんが、他人の飲み物にどうやったらそないな小細工出来んねん。 「……なぁ、そのリカって女、どうやって薬を手に入れてん?」 「私がそれを持ってたの、見られちゃったからです……」 「見られた?」 「はい……。アイが私宛に、砕いて粉々にした安定剤と、入れるタイミングが書かれたメモを、偽名使って事務所に送ってきたんです」 「じゃあアンタは、実行しようとしたけど出来ひんくて土壇場でやめたんや。ところがリカがそれ見て実行してもうた、そういう事?」 「……はい。おかしいと思ったんです。スポーツドリンク飲んだあと、ハルがずっと喉を触ってたので」 「違和感あったんかな」 「……車の中でリカ達が小声で喋ってるの聞いちゃって、いても立ってもいられませんでした。うまくいった、とか言ってて、もしかしてと思って鞄の中確かめたら、薬とメモがなくなってて……」  ふと恭也を見ると、腕を組んだまま静かに目を閉じて俺とミナミの会話を聞いとった。  セナさんの頼みやから仕方なくここに居てるだけで、こうしてる今もハルポンの事が心配で気もそぞろなんかもしれん。その気持ちは俺もよう分かる。  ただ今は出来るだけ情報を引っ張らなあかん。  セナさんは、〝ミナミ一人だけに事情を聞け〟言うとった。  その意味が分かってしもたからな。 「アイの目的は、ハルポンが生放送に出演するのを阻止する事か?」 「そうです。……アイは事実上の脱退に追い込まれるって分かってるんです。今はマスコミから何も突かれてないけど、いずれ異性問題で離脱してた事がバレたら、事務所はファンと世間と業界に嘘を吐いてた事になって、ヒナタの正体もバレちゃうかもしれない……それが怖いんだと思います。アイはきっと、そんな事務所への恨みとかも全部……ハルに向けてます」 「……闇やな」  何もかもアイが仕組んだ事やけど、そもそもそうなったんは女性アイドルグループにはありがちな仲間割れ。  それを知らん顔しとる事務所も悪い、何が気に食わんのか仲間をイジめるメンバーも悪い、見て見ぬフリしたミナミも悪い……。  俺らはどこに怒りをぶつけたらええねん。  ハルポンに向けられた悪意を、どうやったら許せんねん。  ここでキレてもどうしようもない事やのに、沸々と湧き続ける怒りにこめかみがヒクつく。  するとしばらく黙ってた恭也が、ゆっくり目開けて口を開いた。 「〝清掃中〟の札は、ミナミさんが?」 「はい。でもあれは、ハルがシャワーから出る時に人と鉢合わせないように、私なりに気を使ったつもりでした……」 「……そうですか」 「薬盛られたん知らんかったなら、しゃあない。しかしあれのせいで発見遅れてもうたがな」 「ごめんなさい……っ」  これくらいの軽口は言うてええやろ。  きっと、俺よりも恭也の方が腸煮えくり返ってる。そんでそれを上回るほど激情に耐えてんのは、他ならぬセナさんや。  恭也もそれが分かってるから、必死で気持ち抑えてん。  ハルポンのそばに居てやられん俺らは、無事を願いながら今出来る事をするしかない。 「──話は、分かりました」 「私、私……っ、ハルに謝らなきゃ……」 「謝るのはアンタやない」 「そうです。ミナミさんは、思いとどまってくれたんでしょう? 葉璃を心配して、車を降りて、こちらに向かってくれて、真実を話してくれた」 「でも……」 「偶然かもしらんが、アイをイジメてたリカと、リカにイジメられてたアイが仲良く共闘しとる。……皮肉な話やで」 「…………」 「…………」  ……これは軽口が過ぎたか。  その発言こそを皮肉まじりに言うと、二人は黙って俺を見て、少しの間……時が止まった。  せやけど俺、我慢してるわ。  思てるのことの半分も言うてへんよ。

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