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34♣6 ─ルイ─

♣ ♣ ♣  新人アイドル兼新人俳優やからって、恭也の知名度を侮ったらあかん。  ファミレスでいいとか言うんで入店したら、メシなんか食うてられへんほどの騒ぎになって早々に退店した。  個室がある店しかムリやなって話になり、ホテル近くの居酒屋に俺の名前で予約入れてすぐの事。  セナさんから恭也に連絡が入った。  ハルポンの容態が安定したらしいってな。  〝らしい〟という事は、セナさんはハルポンと一緒には居らんのやろ。親呼べ言うてたし、明日の打ち合わせもあるやろから遠慮したんかもな。 「……じゃあ今はほんまにスヤスヤ寝てるだけ、か……」 「良かった……っ」  助手席で電話を取った恭也は、運転中の俺にも聞かせようとスピーカーで会話してくれとった。 『恭也、いいか。明日はマジでどうなるか分かんねぇ。ETOILEの出演枠は八分四十五秒。それをどう埋めるか、とりあえずこっちで話し合ってる最中なんだ』 「……はい。その決定は、明日って事ですよね」 『そうなる。葉璃が目覚ましたら、ほぼ確実に出演するって言い張るだろうからな。容態見て俺がストップかけるつもりだけど、……聞く耳持つかどうか』 「あぁ……葉璃はきっと、出番に穴を開けたくないって、言いそうです」 『だよな……』  俺もそう思う。  ハルポンはああ見えて頑固で、生業に一端の責任感も持っとる。自分の体がどうなろうが知ったこっちゃない、言いそうや。  それは多分、セナさんや恭也がどれだけ止めようがハルポンは聞き入れん。 「……分かりました。どんな決定が下っても、俺は大丈夫です。セナさん、よろしくお願いします」 『あぁ、じゃあまた連絡する』 「はい。お疲れ様です」  ハルポンの一大事に、これから事務所も局のスタッフと大わらわやろうな。  生放送の九分弱なんか、いきなり埋めろ言われても到底ムリな話や。  CROWNが出番前倒しして二曲ほど追加して出演するか、ハルポン不在の恭也だけでの出演になるんか……。  しかしETOILEの出番自体失くしてもうたら、目覚ましたハルポンがどう思うか分からんし。  難しいとこや。 「ハルポン安定してるんやな」  通話を終えたのを見計らって、終始顔が強張ってた恭也に声をかけた。 「みたいですね。……良かったぁ……。あと俺、ルイさんのおかげで、セナさんに言われる前に、心づもり出来ました」 「明日のこと?」 「そうです。俺、あたふたするばっかりで、あのまま一人で、ホテルに帰ってたら、たぶん……よくない事しか、考えてなかったと思います。それで睡眠不足になって、明日のコンディションが最悪っていう、ドツボに……」 「ハルポンのピンチはETOILEのピンチでもあるからな」 「はい、そう思います。ルイさんが冷静でいてくれて、助かりました」  いや俺だって冷静ちゃうかったよ。  俺以上に動揺して、ヤバイほど動転しとる恭也見てたら冷静にならざるを得んかっただけや。  何せ俺と恭也は、ハルポンの真っ白い寝顔をこの目で見てもうたからな。  どういう事やと心配やったし、明かされた真実聞いてLilyの連中にキレそうになったん堪えた俺も、恭也が居らんかったら相手女やとしても関係ナシに暴れてたわ。  ほんまにここは、キラキラと胸糞が隣り合わせの世界やで。 「──そっちはどうやったん?」 「〝直接対決〟、ですか」 「そうや。アイは来んかったか」 「……はい。まんまと、引っ掛かりました。……俺達が」 「そうかぁ。俺思てんけど、アイはドームに居てたかもしれんな」 「えっ!? な、なんでそんな、こと……!」 「シャワールームの電源、落ちてたやろ」 「あ……!!」  ハルポンが冷水を浴びてたいうんが、ずっと引っ掛かってた。  これから汗流そかって時に、この真冬に水浴びする奴がおるかいな。  シャワールーム内の電源が大元から落とされてたんを帰りしなに見てた俺は、恭也とセナさんのとこにアイが現れんかったて事で〝なるほど〟と頷いた。  あそこ、電気も付かんで暗かったし。 「女はメイクで化けよるからなぁ。スッピンでスタッフに紛れ込まれてたら分からんよ」 「それじゃあ水瀬さんは、アイさんに利用された、って事に……なりますね」 「そやな。使えるもんは元カレでも使う……そんだけ恨みつらみ抱えてんのやろ」 「それを、葉璃にぶつけるなんて……!」 「まぁまぁ、ここでキレたってしゃあない。諸々は一旦忘れて、恭也は明日に備えとき?」 「そう、したいんですけど、……! 次から次に、怒りが……!」  俺の隣で、髪の毛グッシャグシャにして取り乱してる恭也は、ほんまに俺の知ってる恭也かと目を疑ってまう。  それこそETOILEに関わりだしてから、ハルポンと恭也の異常な友情を目にしてたけど。  セナさんは別格や言うてるわりに、恭也はハルポンの一番やないとイヤなんやろ。  俺に嫉妬するくらいやで。 「……恭也はハルポンの事となると目の色変わるよな。それって〝好き〟とちゃうの?」 「好きですよ! 俺、葉璃のことしか見えてないくらい、大好きです。葉璃が居なかったら、俺は今、ここに居ません。俺のことを、一番分かってくれてるの、葉璃だし、葉璃のことも、俺は一番、理解してるつもりです!」 「力説やん。それあかんゾーン入ってもうてるぞ。ダチとしての〝好き〟と、どう違うんよ?」 「……全然違います。恋愛感情の無い、愛です」 「ほんま?」 「本当です」 「ほんまにほんま?」 「本当です。……友達として、愛しています」 「ほぉ……」 「いきなり、どうしたんですか? 何か、言いたそうですけど……」 「いやな、俺……」  よう分からんねんけど、ほんまにそんな愛があんの?  恭也は平気で〝愛してます〟言うて、セナさんいう絶対的に誰も敵うはずない恋人が居りながら、ハルポンも恭也に〝大好き〟とのたまう。  好意に違いがあんのは分かる。  けどな、恭也のは一歩間違えただけで壊れてまいそうなほど、曖昧な境界線しか無い気がすんねん。  しばらくの俺の悩みの種て、色んな愛情を知ってる恭也になら理解してもらえるんやろか。 「俺、ヒナタちゃんの事めちゃめちゃ好きやってんか。今日ホンモノに会えて、あれはハルポンやって頭ん中でいくら言い聞かせても……ときめいてしもてん」 「あ、あぁ……」 「俺はヒナタちゃんの事が好きなんか、ハルポンの事が好きなんか、マジでごっちゃごちゃや。もうお手上げ状態」 「…………」  ナビで検索した居酒屋からほど近いパーキングに、車を停めた。  予約時間まであと五分。  早めに行った方がええんやけど、俺の隣の強面がなんや真剣に考え込んではって、口を開くまで少々待った。 「……どちらにせよ、葉璃には、セナさんが居ます。〝好き〟が、そういう〝好き〟でも、……叶わないかと」 「ズバッというやん。……ま、そやねんけど」 「まだ、頭の中がごちゃごちゃでも、仕方ないと思います」 「じっくりゆっくり考えれば考えるほど、分からんくなってきてんのよ。いっそ抱けるか抱けんかで考えたらええんかな」 「…………っ」  あんまり考え込ましたらあかんと思い、俺は半分冗談、半分本気の軽口を叩いた。  ハルポンは男の子。あんな可愛らしいツラしてても同性である事に変わりなくて、つまり男の子とセックス出来るかどうかが焦点やっちゅー事やな。  男は下半身で生きてるから、感情論より欲望に忠実に考えた方が……言うてると、恭也が苦笑いを浮かべとる。 「ははーん。恭也もそう考えて断ち切ってんやな」 「ま、まぁ……。俺の場合は、高校の時からの、友達だったから……すぐに恋愛感情に、結び付かなかったんですよ。でもルイさんは、ヒナタちゃんのファンで、そういう目で見てたとしても、おかしくないんで……だから、混乱してるんですよね」 「そうやねんなぁ。ヒナタちゃんで何回も抜いてもうてたし」 「えっ!?」 「メイクした顔どタイプやし、なんやくびれがやらしいし、カメラ目線の時なんか眼力えげつないし。見つめられてるみたいでな、心臓がドキドキーッてなるんよ。分かるやろ?」  これが恋か!? 恋なんやな!? ……とか大騒ぎして、ヒナタちゃんを追っかけてた頃。俺は何を思てたやろか。  好き、愛してる、……そんな風に思てたか?  どっちかいうと、下半身で考えんかったら俺が人間的に〝好き〟なんはハルポンの方や。  現に、恭也みたいに本人に向かって〝愛してる〟とはよう言わんけど、〝好きやで〟とは何回か言うてしもてる。  ちょっと考え込んだあと、恭也と目が合った。  その時、お互い真顔で、お互い同じ人を思い浮かべてたんと思う。 「……確かに葉璃とは、長時間見つめ合うの、無理です」 「……せやな、分かる」

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