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34❥6 ─聖南─
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やはり彼女達は、今年に入って何かが狂い始めたのだ。
内部がそんな状況だとは知らず、社長は昔のよしみである講師も交えた頼みだからと任務を引き受けた。
葉璃の実力を見込んでの抜擢だったのかもしれないが、今となっては早計だったと言う他ない。
業界内外どこを探しても葉璃以上に〝ヒナタ〟を演じられる者は居なかったのであろうが、そもそも彼が影武者を行う事にそれほど違和感を抱かなかった聖南達の過失もある。
それを今になってどれだけ悔やもうとも、心を痛めていた葉璃がとうとう実質的な被害を受けたのには変わりない。
何故誰も、聖南を責めないのだろう。
恋人ならば、先輩ならば、守るのが当然ではないのかという罵倒すらせず、それどころか聖南の周りはひどく温かい。
不甲斐なさに浸らせてもくれないうえに、聖南にとって何よりありがたい言葉まで貰ってしまった。
──このままじゃダメだ。後手後手にまわってうまくいった試しがねぇ!
「これ以上好き勝手やらせてたまるか!」
病院をあとにした聖南は、林に送ってもらい愛車に乗り込むやハンドルを叩いて叫んだ。
「……明日だ……明日」
意味深に呟き、エンジンをかける。向かう先は大塚芸能事務所、本社ビルだ。
前回の反省を何も活かせていないと地団駄を踏んでいる暇など、もはや一秒たりとも無い。
葉璃の母親から貰った〝もう一人の息子〟という言葉と、春香からの発破を胸に、強制的に眠らされた葉璃のために聖南が出来る事は何か。
彼の気持ちを汲む事、そして──許されざる者を成敗する事しか無い。
事務所に到着し、待機していたETOILEを管轄するスタッフ二名と林、社長と共に明日についての話し合いを進めていた最中、春香から葉璃の容態についての連絡が入った。
まだ目覚めてはいないが、血液検査の結果は問題無く、眠っている葉璃は平熱に戻り血圧も安定してきたとの事で、聖南は胸元を押さえて心の底から安堵した。
その場に居た者にもそう伝え、すぐさま恭也にも連絡し明日の心の準備をしてもらうつもりだったのだが、葉璃をよく知る彼にその必要は無かった。
「……社長、まだ待って」
定時によりスタッフと林を退席させた二人での話し合い中、何度も局のスタッフへ連絡しようとする社長の手を止めていたのは聖南だ。
聖南は、目覚めた葉璃がどう言うかを考えていた。
〝俺は何もされてません。……え、出演をキャンセルした? なんでですか? 俺こんなにピンピンしてるのに! 寝てただけじゃないですか! 俺はほんとに何ともないのに!〟
去年もそうだった。
スタンガンの火傷を負いながら、出番があるからと頑として病院へ向かわなかった葉璃は、今回も間違いなく、聖南や大人達の勝手な決断を聞けば悲しみながら怒るだろう。
〝何もされていない〟と言わなければ、この事が否が応でも公になり、周囲に迷惑がかかると思っている。それは聖南達だけでなく、番組に携わるすべてのスタッフ、果ては観客や視聴者の事まで考えての葉璃の思いやりと、責任感の表れだ。
葉璃から、ステージでのパフォーマンスを奪う事など出来ない。
どんな緊急事態が起ころうと、葉璃はきっとステージに立ちたいと願い出る。そうなった葉璃は、聖南の言う事さえ聞かない。
手のひらに〝聖南〟と書き、楽屋の隅で震えながら緊張と戦い、それでいて眩い世界に立つ喜びと感動を知った葉璃が、本人不在の話し合いの結果を呑むはずがない。
「──やっぱ、出演を見送るのはナシだ」
何度も思案した結果、聖南は社長にそう告げた。
大塚芸能事務所は特異だ。最終決定の権限は社長にある。
「しかしセナ、ハルがいつ目覚めるのか分からんのだろ」
「葉璃に出演辞退の報告なんか出来ねぇよ」
「そうも言っておられんのだ。放送まで二十四時間も無い。少しでも早くこちらの状況を伝えておかんと……」
「社長」
そんな事は分かっていると、聖南は社長の言葉を遮った。
生放送での音楽番組の制作陣は、土壇場でのイレギュラー発生に難色しか示さない。
どの媒体でもそうだが、四時間もの生放送番組ともなると準備も周到で、演者側にもそのピリついた空気感が伝わるほどだ。
しかし、この分野においてだけは誰よりも自信過剰で居ていいという自負がある。
〝ハル〟の居場所を、失くさせたくなかった。
「俺が居る。万が一があっても、現場は俺が何とかする」
「……セナが?」
「事務所の体面も、CROWNとETOILEの面子も守る。これ以上、……思い通りにはさせたくねぇ」
「…………」
アイの思惑に屈しない姿勢を見せた聖南は、社長の背後にある窓辺に立って賑やかな街並みを見下ろした。
明日、葉璃の容態がどうなっているかなど、未来予知の出来ない聖南には知る由もない。
だが守りたかった。
ここまで頑張ってきた葉璃の勇姿と気持ちを鑑みる事が、立場を利用できる聖南の唯一だと。
社長はそっと、背後に立つ聖南を振り返った。
「……分かった、セナを信じよう。ただし万が一があるかもしれん旨だけは、スタッフに一報入れておく。あちらへの不義理は出来ん」
「あぁ、……頼む」
こちらも万全を尽くすが、仕方がない場合もある。けれどその時は〝セナ〟にすべてを一任する──。
局側へ連絡を取り、聖南の前で早速そう伝えてくれた社長には感謝した。
「セナ、悪かった」
「何が?」
「ハルの事だ。まさかこんな事態になるとは……」
肩を落とした社長の詫びを、この二ヶ月ほどの間に聖南は何度受けたか分からない。
聖南を叱咤する者が居ないように、任務を引き受けたそのとき、権力のある社長へ誰が意見する事が出来ただろう。
苦笑を浮かべ、行儀悪く社長のデスクに腰掛けた聖南は静かにお人好しを発揮した。
「ヒナタの打診があった時、SHD側はそういう事実がある事を知ってて隠してたんだろ。社長は言ってたじゃん。葉璃のステップアップに繋がるって。葉璃に……もっと自信をつけさせてやりたかったんじゃねぇの?」
「ハルに足りんのは野心だ。彼の場合、場馴れして少しずつ根付かせるとなると相当な期間を要する。……勿体ないと思ったのだ」
「それにしちゃ暴挙だったよ、まったく」
「……すまない」
「まぁ、あの時止めなかった俺もいけねぇんだから、恨みっこナシだ。おかげさまで葉璃は間違いなく半年前より強くなってる。業界の汚え部分なんか見せたくなかったけど、知らないより知ってた方がいいのかもな」
「…………」
葉璃の容態が安定したという安堵感から、ようやく落ち着きを取り戻してきた聖南を社長は眩しく見上げていた。
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