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 それほど広さの無い密閉空間で、CROWNの三人は揃って仰々しく腕を組み、眉間に皺を寄せて不快感を顕にした。  アキラもケイタも、葉璃に向けられた悪意と実害に憤ってはいたが、それよりも心配が先立つらしく次第に冷静さを取り戻していく。 「大丈夫かどうかは、本番直前までペンディング状態。葉璃の希望なんだ、キャンセルするなってのが」 「……病欠は仕方ない事なんだけどな。ハルは素直に寝てる子じゃねぇよな……」 「セナが決めた事だしね。社長にもスタッフにも許可取ってるんでしょ」 「当然。決定権も俺にある。お前ら二人には迷惑掛けないから。でも、一つだけ協力してほしい事があるんだ」 「そりゃもちろん、何でも言ってくれ」 「うんうん! 俺とアキラは何したらいい?」  良き理解者である二人は、現段階での聖南の苦慮さえ感じ取ってくれていそうだ。  本来ならば一刻も早く決断し、番組側へ最終決定を伝えるのが筋なのだが、葉璃の番組出演への意欲と執着は芸歴の長い彼らをも唸らせる。  生放送の出演を土壇場でキャンセルするというのは、演者側からするといくら病欠と言えどスポンサー等様々な不都合が絡むゆえに心象が悪い。  葉璃は流されるままにこの世界へ飛び込んだ、自分には不相応だ、と卑屈さを発揮して度々そうぼやくけれど、自身の才能や現状に決して胡座をかかないところをアキラもケイタも気に入っている。  もちろん聖南もだ。  恋人としての欲目も多大にあるが、なんとか葉璃の希望を聞いてやりたい。それが出来てしまう立場なのだから、聖南が動かずして誰が動くのだ、とまで奮起していた。 「お、ハルの笑い声聞こえる」 「元気そう、だね……?」  協力を仰がなくてはならない二人は、扉の向こうから聞こえた小さな笑い声にすら反応するほど葉璃に甘く、目敏い。  社交的で末っ子気質のケイタはともかく、あまり後輩を可愛がるタイプではなかったクール一徹なアキラでさえ、葉璃には目尻を下げて甘やかそうとする。  体調不良を薬で抑えているだけ……二人はそれを〝信じられない〟というより、〝信じたくない〟のだろう。  二人にはとても、動けなくなった葉璃が顔を紅潮させ、苦しげに呻いている姿など見せられない。  そうなった元凶に激しい怒りが湧いてしまい、業界に強いコネクションを持つ二人も聖南と共に彼女らを〝干す〟方へ動き始めてしまう。  ここはきちんと、実際にそれを見た二人が驚く事の無いよう、心づもりをさせておくに限る。 「……薬が効いてる今だけだ。さっきまでグッタリしてたんだよ」 「マジか……」 「ハル君、ご飯は食べたの?」 「聞いて驚け。昨日倒れてからゼリー二個しか食ってねぇ。朝と、さっき」 「はっ!?」 「えぇっ!?」 「ハルほんとに体調悪いんじゃん!」 「ハル君がゼリー二個で生きてるなんて……!」  あの大食漢の葉璃が、昨日から何も口にしていないのは非常によくない。  熱が下がった隙にと、聖南は葉璃に何度も問うたのだ。しかし出された朝食は要らないと言い聖南に任せ、何か食べたいものはないかと聞いても首を振っていた。  元気そうに見えても、やはり万全とは言えないのだ。 「さすがの葉璃も体調悪りぃ時は食わねぇって事が分かった」 「いやセナ、そんな呑気なこと言ってる場合じゃねぇぞ」 「そうそうっ。どうするの、今日こそ犯人が参上するかもしれないんでしょっ?」 「参上するだろうな、百%」 「……俺達をここに連れ込んだって事は、何かあるな?」 「……あるの?」  葉璃の食欲不振で体調不良なのは信じてもらえたようなので、ここからが本題だと聖南は頷いた。 「ああ。一か八か、確実にアイをとっ捕まえるために仕込みをしようと思って動いてる」 「仕込み?」 「仕込みっ?」 「簡単に言うと影武者作戦、かな」 「影武者……!?」 「だ、誰が、誰の、影武者になるのっ?」  アキラとケイタは同時に目を見開き、聖南の謎の策に驚愕の声を上げた。  昨夜佐々木と打ち合わせをしたそれを把握しておいてもらい、絶対にアイに勘付かれぬよう協力を仰ぐのが、二人をここへ連れ込んだねらいだった。 「春香にヒナタの影武者になってもらう」 「…………っ!?」 「えぇっ!?」 「もちろん本番は葉璃がパフォーマンスする。そこは絶対、葉璃も譲らねぇだろうしな。春香にお願いしたのは、本番までの間〝ヒナタ〟の影武者になってもらう事。アイの狙いが葉璃を陥れて今日の出演を妨害する事なら、本番前に必ずヒナタに接触しようとするはずなんだよ」 「あぁ……昨日仕留めたはずのハルが出演をキャンセルしなかったら、何が何でも今日やっちまおうってなるわな」 「で、でも、アイって子は昨日何があったか知らないんじゃないの? 自分の手は汚さないやり口だって……」  神妙に頷いたアキラの隣で、普段はお気楽なケイタが意外と鋭い指摘をしてきた。  葉璃がなかなか目覚めなかった最中、出演自体がどうなるか分からない状況で閃いた策だったが、目覚めてからも体調が芳しくない葉璃を思うと結果的に名案となった。  Lilyの楽屋へ、葉璃は一度は赴かなければならない。  どのタイミングで葉璃と春香が入れ替わるか、それは時と場合を見て臨機応変に対応する。  ケイタが案ずるように、これまでアイは自らの手を汚さずに色々と仕掛けてきた。だが昨日、最後の仕上げとばかりに反則的な一手をミナミに託した、悪意に支配されたアイの事だ。  定かでないが、葉璃が冷水を浴び続けたのは彼女が原因の気がしてならない。  引き攣る頬を自覚しながら、聖南は二人に苦笑を浮かべた。 「俺と恭也をドームから遠ざけたアイは……現場に居た可能性が高い」 「うーわ、マジ? それがホントだとしたらドン引きなんだけど」 「ハル君がどうなるか見届けようとしたっていうの? スタッフに紛れて?」 「そういう事だ。だから今日、葉璃が出演をキャンセルしないと知ったアイは確実に何か仕掛けてくる。何としてでも出演を妨害するために、な」  文字通りの聖南の苦い笑みに、アキラとケイタは揃って「ドン引き……」と呟いた。  偶然アイの協力者となったリカ達は分からないが、唯一の内通者だったミナミからの連絡が今になって途絶えたとなれば、アイのLilyへの復帰は絶望的になる。  長期に渡る愚かな裏工作が失敗に終わった事を意味しているそれは、〝ポジションを奪われた〟と逆恨みし、今回の件を企てたアイにとっては由々しき事態だ。  悪意にまみれた浅ましいアイは必ず、〝ヒナタ〟を潰すため彼女自らドームにやって来て手を下す。  聖南が佐々木と打ち合わせた作戦は、そんな彼女を確実に捕らえる、ここへきてようやくの先手の策なのだ。  失敗が許されないからこそ、二人の協力が必要不可欠だった。

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