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十九秒のアウトロは、大サビの盛り上がりを損なわぬようイントロよりもこだわって創った。
息が出来なくなるほど胸が締め付けられる切ない気持ちを、たっぷりとその十九秒で、余韻としてメロディーで表している。
葉璃とのすれ違いの日々は、言葉では例えようがないほど苦しかった。
初恋に舞い上がり、性別など関係あるかと強引に迫ったせいで葉璃を戸惑わせてしまった聖南だが、この恋は諦められなかった。
追えば追うほど逃げていった葉璃を、とうとう囚えた日の事を、今でも鮮明に覚えている。思えば、あの日に初めて葉璃から求められた気がする。
愛してやまない葉璃との歩みは、間違いなく聖南の人生を鮮やかに彩った。それは現在も変わらず続いていて、毎日とてつもない幸福感に見舞われている。
聖南が今もこうして輝き続けられるのは、葉璃が愛させてくれるから。
同じステージに立ち、きらびやかな光景に感動し、歓声に心を震わせ、同職ならではの出来事に一喜一憂し、これからも聖南と葉璃は共に歩んでいく。
少しだけ聖南は前を行き、葉璃を振り返りながら進む。立ち止まってしまった時は、葉璃に歩幅を合わせてもらう。
そんな風に思えるようになったのは、あまりにも早すぎるプロポーズをしようと決めた、葉璃からのサプライズプレゼントを受け取った時だ。
何にも聞かされていなかった聖南は、あの日もステージ上で舞う葉璃に見惚れていた。
客席は、プラネタリウムよりも色とりどりで美しい。熱気と興奮、大勢のファン達のエネルギーに満ち溢れた、限られた者しか味わえない高揚感もひどく心地良い。
この世界でしか生きられない聖南が愛した者が、その景色と体感を〝美しい〟と言い、
自覚の足りない者達へお灸を据えた事は死ぬまで忘れないだろう。
「──お前らー! ありがとなー! 〝ハル〟ー! 観てるかー!?」
アウトロのダンス終盤、聖南はマイク越しに中央のカメラに向かって手を振りながら叫んだ。
後輩を案ずる先輩〝セナ〟のパフォーマンスに客席はどっと沸き、一際大きな歓声が上がる。
──会場はETOILE二人のイメージカラー、赤と青で埋め尽くされてたぞ。〝ハル〟が居ないことを悲しんでるファンの顔を、カメラはちゃんと抜いてたか?
会場に背を向け、ステージに設けられた大スクリーンの前で恭也と踊りきった聖南は、心の中で葉璃に語りかけていた。
アウトロが終わり、続けて恭也がソロで歌う〝絆〟のイントロが流れ始める。これは、聖南自らが事務所とレコード会社にアポを取り、恐縮する本人直々に歌唱許可を得たことでカバーが実現した。
しっとりとしたバラード調で、どの関係性でも当てはまる愛と絆をテーマにした詞は、現在の恭也が葉璃に向けて歌うには最適の選曲である。
ステージ中央へスタンドマイクを運ぶ小走りのスタッフを横目に、聖南は速やかに袖へ捌けた。
──葉璃ちゃんほどではないけど、俺のダンスもまぁまぁだったろ?
袖に設置されたモニターを眺め、たった今一つもミスする事無く踊りきったダンスについてを振り返る。
昨年のツアー時、ETOILEのお披露目に花を添えようと二人に内緒で猛特訓していた甲斐あって、振付けはしっかり体に入っていた。
だからといって葉璃ほど踊れたとはまったく思わない。
聖南の中で〝ピンチヒッター〟と〝代わり〟に大きな差があるように、葉璃と聖南では根が違う。
踊りきった事を褒めてほしいけれど、それを表立って言うのは格好悪いので我慢するが、移動中の車内で観ていたであろう葉璃には、どうせなら申し訳無さよりも喜びを感じていてほしい。
──この衣装で媚薬セックスしたの覚えてる? アレ思い出してさらに体熱くしてたかもしんねぇな。
聖南が軍服を選んだ理由は二つ。
葉璃は「お洒落な警察官ですね」と天然を炸裂させつつ、聖南の軍服姿を見て頬を染めてうっとりしていた。
何に扮しても、葉璃はなぜかとても喜ぶのだ。荻蔵に盛られた媚薬で聖南の性欲が爆発しても、「聖南さんになら何されてもいい」とのたまったあの日を思い出させ、聖南を舞台に上がらせたという罪悪感を消してやりたかった。
もう一つは、聖南がピンチヒッターとなったETOILEが本来の姿ではない事を観客に示すため。
これは即席ユニットであると、ファンに印象付けたかったのだ。
社長が提案した、クリスマスに相応しい赤白のコスチュームでは駄目だった。
──葉璃、観てるか。たった一回の出番を飛ばしたくらいで、ファンは幻滅したりしねぇ。俺が止めなかったらぶっ倒れる覚悟でステージに上がろうとした葉璃の熱意も、意気込みも、ファンは知ってんだ。
〝ETOILEはやっぱりハルが居てこそだ〟
ファンはきっと、そう思ってくれている。
聖南の登場で確かに会場は沸いた。どよめきさえ生んだ。
しかし昨年デビューした期待の新人アイドルユニット〝ETOILE〟は、恭也と葉璃二人の、そして彼らのファンのものである。
赤と青で彩られたあの景色を、葉璃は活動の糧にしている。
直前まで震えているというのに、イントロが流れると不思議と震えが止まるという最高のスイッチャーを体内に潜ませている葉璃には、会場を彩るサイリュームの光が星に見えている。
それを美しいと形容する葉璃は、聖南に反抗してでもステージに上がりたかったはずだ。
腕を組み、静かにモニターを凝視していた聖南は、恭也の落ち着いた歌声に心を打たれながらチラと客席に目を向ける。
するとそこには、ゆっくりと左右に揺れる赤と青の発光体が無数にあった。
──……葉璃、綺麗だな。マジで綺麗だな。俺は今まで、そんな風に思ったこと無かったよ。
恭也が今歌唱しているのはETOILEの曲では無い。加えて、隣にハルの居ない奇特な光景。
だがあの場には、葉璃を労り、励ますいくつもの星が輝いている。
病欠で出演出来なくなった原因に怒りを募らせるより、現状を見て、感じて、葉璃らしいお人好しを発揮してくれていたらいい。
悪感情など抱くものではない。
葉璃は……そんなものに囚われる必要は無い。
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