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37❥星の終幕
❥ ❥ ❥
病気をすると人肌恋しくなるらしいと、噂で聞いた事があった。滅多に体調が悪くならない聖南に、当然その経験は無い。
だがその噂は本当だった。
諭した辺りから、葉璃がやけに聖南に向かって腕を伸ばし甘えていた事を思うと、今すぐにでも追い掛けて抱き締めてやりたい衝動に駆られる。
本番三分前の今、隣で気を失いかけている強面をとてもじゃないが放って行けやしないが──。
「恭也、いけそうか?」
「……はい。……なんとか」
「めちゃめちゃ緊張してんじゃん。ハグする?」
「い、いえ、結構です。そんなことしたら、葉璃がまた、妄想しちゃいます」
「妄想?」
「はい」
頷いた恭也が、緊張からかワケの分からない事を言っている。
フッと笑った聖南を、恭也は切れ長の瞳で鋭く見た。
「あの……なぜ、この衣装なんですか」
聖南と自身の衣装をまじまじと見比べた恭也が、首を傾げる。
それというのも、聖南が社長に頼んでいた衣装が見覚えのある軍服だったからだ。
薄い白地の手袋からブーツ、キャップ等々細かな装飾品さえ手の込んだ、聖南のために誂えた仮装パーティー用の衣装を社長はなんと二着作っていた。
それをどこかで小耳に挟んでいた聖南は、迷わず即決した。
「これな、葉璃が好きなんだよ」
「えっ?」
「この衣装がって意味じゃねぇよ? 葉璃は俺がコスプレすんの好きだから」
「……そんな、理由で……?」
「フッ……」
もちろんそれだけで決めたわけでは無いが、恭也の緊張をほぐしてやろうと聖南は続けた。
「せっかくなら、キュンキュンしてもらいてぇじゃん」
「…………」
「あ、今アイドルの風上にも置けねぇって思っただろ」
「いえ、そんな事は……」
「葉璃のピンチヒッターなんだ、俺は。どう頑張ったって弟系で売ってる葉璃の代わりにはなれねぇ。てかさ、見てみろ。俺らめちゃめちゃイケてんじゃん?」
「ふふっ……」
両腕を広げ、「な?」と笑いかけると、ようやく恭也の口角が少しだけ上がった。
ステージ上では葉璃が恭也を引っ張る立場らしいので、恭也の不安は計り知れない。おまけに高熱と頭痛で立っていられなかった葉璃を目の当たりにし、心配でしょうがないというのもあるのだろう。
とはいえ、もうそんな事は言っていられない。
葉璃のピンチヒッターである聖南は、恭也をさり気なくアシストする任務も同時に担った。
「まぁ、この衣装選んだのには色々理由あんだよ。会場沸かせる、葉璃を安心させる、葉璃を喜ばせる、葉璃の復讐に加担する、葉璃の居場所を……守る。……って、俺は何を言ってんだ」
「セナさんらしいですね。葉璃のこと、ばかり」
「アイドルの風上にも置けねぇ〜」
「そんなこと、ないです。セナさんの思い、葉璃にはしっかり、伝わってると思います」
「そうだといいけど」
いつの間にやら、聖南は恭也からフォローされていて可笑しくなる。
会場を盛り上げていた男性アイドルグループらが肩で風を切りつつ袖に捌けてきたが、クスクス笑う聖南の姿を見るや全員が萎縮して去って行った。
お疲れ、と他事務所の後輩に声を掛ける間も無かった。
『続いてはETOILEのお二人です! と言いたいところなのですが、大変残念なお知らせがございます』
凄まじい歓声の最中、不安を煽るような司会者の言葉に当然の如く「えー!」と会場全体から不平を丸出しにした声が上がった。
意味深な紹介を受け苦笑いする羽目になった二人は、暗転したステージ上へゆっくりと歩む。
床に記されたバミリ上に立つと、二人が纏った衣装や、そこに居るはずのない聖南の姿に気付いた前方の観客が早くもざわめいていた。
『ハルさん急病により出演が難しいとの事で、急遽同事務所の先輩、CROWNのセナさんが代わりを務めてくださいます!』
「代わりじゃねぇ! ピンチヒッターだ!」
かき消されそうになっていた司会者の声に反応した聖南は、暗がりの中マイクを握って猛反論する。もちろんそれは、場の空気に見合った朗らかな声色を使った。
客席から笑いが起きた事で、幾度も共演経験のある女性司会者も狼狽えずに、『失礼しました!』とテンポよく返してくれる。
『本日はETOILEのデビュー曲〝silent〟、そして二曲目は……橋本みつるさんの〝絆〟を、恭也さんがお一人でカバーしていただけるそうです! それでは二曲続けて聴いていただきます。……どうぞ』
一気に華やいだステージ上で、聖南と恭也は客席に背を向けた。
会場に、そしてイヤモニからイントロが流れ、おさらいする時間さえ無かった彼らのデビュー曲を無心で踊り、歌う。
あまりの懐かしさに、聖南の心は弾んでいた。
たった一年前の事なのに、うんと昔からこのメロディーを知っているかのようなノスタルジック感。
まるで、自身が創ったものではないと夢想してしまいそうな、奇妙な懐疑的錯覚。
どちらも決して、悪いようには思わなかった。
ここに立つべき者は自分ではないと、はじめからそんな心づもりでいた聖南はすぐに、立場をわきまえて楽しむ事に意識が逸れていった。
しかし目立つのが、会場に咲いた色。
本来であれば赤と青で彩られるそこに、CROWNでの聖南のイメージカラー白がまざっている(サイリュームでは黒よりも白の方が映えるため)。
間奏中、我慢出来なくなった聖南は再び叫んだ。
「〝ハル〟はギリギリまでここに立ちたがってた! だからお前ら! サイリュームは恭也の青と〝ハル〟の赤で頼む! 白は要らねぇ!」
ここは、葉璃がいてこそのETOILEの居場所。
聖南はそれを成立させ、ただ守っただけだ。
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