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休みなく働いて疲れてるはずなのに、家でゴロゴロしてるだけの俺を聖南はとにかく甘やかす。
自分が甘えてるだけだって聖南は言うけど、俺に「葉璃は何もしなくていい」と笑って全部一人でこなしてしまうのは、全然甘えられてる気がしない。
それに、俺にヤなことを思い出させたくないからなのか、あれからSHDエンターテイメントとLilyがどうなったのかもまったく教えてくれない。
揃ってお人好しな俺と聖南は、Lilyに温情をかけた。事務所はどうなるか分かんないけど、所属タレントは救ってあげてほしいって思いが合致したんだ。
どういう方法で助けてあげるのか、ホントに助かる道はあるのか、業界のことをほとんど知らない俺よりも聖南に託してた方がいいのは分かってるし、実際そうしてるつもり。
でも、Lilyのみんなが俺に謝りたいらしいって話を退院の日に聞いたものの、それっきりだし。
聖南はその翌日にはレイチェルさんのリテイクがあったから、そっちに集中したいんだろうなって思うとなかなか俺都合では話を切り出せなかったし。
他のどんな仕事よりも神経を使うからって、帰ってきて早々に俺で充電しながらパソコンの前で作業を始めるなんて、あんまり見ない光景だから余計に言い出せなかった。
「──これで文句無えだろ」
キーボードやマウスで画面上のいろんな記号を微調整したり、ヘッドホンを付けたり外したり忙しかった聖南が、やっと腕を組んで一息ついた。
聖南特製の甘いコーヒーを飲んでその様子をジッと見てた俺は、何度も繰り返し流れるメロディーに体を揺らして楽しんでたんだけど、聖南の顔はどうも険しいまま。
リテイク作業は昼から夜中近くまでかかったみたいだから、その日レイチェルアレルギー(聖南が命名したんだよ、ひどいよね!)が深刻だったせいで声すら聴くのもイヤだと言いたげだ。
「……やっぱりいつ聴いても素敵な曲ですね。レイチェルさんの声ともすごく合ってるし……」
俺は素直な感想を口にした。
出来るだけ聖南を刺激しないように小さい声で言ったんだけど、チラッと俺の方を向いた聖南は微妙な表情で肩を竦める。
聖南、レイチェルさんのことそんなに苦手なんだ……。
聖南渾身のラブバラードは最高の出来だと思うのに、歌手とソリが合わないなんて仕上がった曲が可哀想だ。
肘掛けを乗り越えて俺にもたれかかって甘えてくる聖南には、もちろんそんなことは口が裂けても言えないけど。
「……葉璃、明後日ETOILEの収録あるじゃん。俺ついてっていい?」
「えっ、聖南さん仕事じゃないんですか?」
「午後は空いてんだよ。十八時にKスタ行かなきゃだけど、それまでには収録は終わるだろ」
ほっぺたをくっつけてスリスリしてくる聖南の頭をヨシヨシしていた俺の思考が、突然の申し出に一時停止する。
「葉璃の仕事復帰だからさ、見届けたい。……ダメ?」
いや全然ダメじゃないんだけど、……せっかく空き時間があるなら休んでた方がいいんじゃないかな。
だって聖南、働きっぱなしだよ?
自分の仕事以外にも、ツアーの構想とか打ち合わせとかで事務所に缶詰めな日があるの、俺知ってるよ?
お家でもリラックスしてるとは言えないし、夜はしっかり寝てるけど朝早くに出掛けるから睡眠時間も少ないよね?
久しぶりの現場だから、正直言って心細い。頼みの綱の恭也に〝時間を合わせて行こうよ〟って連絡しようと思ってたくらいだ。
聖南が来てくれたら、そりゃあどんなに心強いか。
でも……。
「ぐるぐるしてるんだったら、OKってことでい?」
「え、えぇっ?」
一点を見つめて動かなくなった俺を黙って観察していた聖南が、堪え切れないとばかりにプッと吹き出した。
「葉璃の考えてることが手に取るように分かるんだよなー、俺。〝空きがあるなら聖南さん休んでた方がいいんじゃないの〟、〝でも来てくれたらうれしいなぁ〟……こんなとこだろ」
「うっ……」
「ウソが吐けなくて分かりやすい葉璃ちゃんがかわいくてたまんねぇんだ、聖南さんは」
「うぅっ……!」
俺が一生懸命ぐるぐる考えてたことを、聖南はバッチリ言い当てた。
そんなに顔に出てる? 俺って分かりやすいの?
顔をペタペタ触ってみても、自分じゃどんな表情をしてるかなんて見えないから何にも意味が無かった。
「いや触っても分かんねぇだろ!」
おまけに聖南からはゲラゲラ笑われて。
無性に恥ずかしくなった俺は、聖南には口では勝てないからムムッと下唇を突き出して、「フンッ」と鼻息で対抗した。
「あはは……っ、なになに? それはどういう意味? 口では勝てねぇから鼻息で勝負しようとしてる?」
「なっ……!? なんで全部分かるんですか!」
「俺のことナメてもらっちゃ困るなぁ。葉璃の隅々まで知る男だぞ、俺は」
「──っっ」
フフンッて得意気な顔で頬擦りされて、ほっぺが熱くなった俺の完敗だった。
聖南には敵わない。
ずーっと不機嫌そうな表情でパソコンと睨めっこしてたのがウソみたいに、聖南の機嫌がよくなってるのはとってもいい事だ。
聖南がニコニコだと、俺もつい笑っちゃう。
俺の存在が聖南の活力になってるんだなって感じられるから、仕事中にそばに置いてもらえるのも実はこっそり嬉しかったりして。
真剣な横顔も、長い指先が鍵盤の上で踊るところも、口ずさむかっこい歌声も、ぜーんぶ独り占め出来ちゃうんだもん。
米俵で運搬されたのは謎だったけど、聖南のプライベートを見ることができる特等席に連れて来てくれたから、鼻息で爆笑したのは許してあげよう。
だからね、聖南。
聖南につられてニタニタしていた俺に、いきなりこんなこと言っちゃダメだよ。
「なぁ葉璃ちゃん、姫はじめしよっか」
「はい、いいですよ。……って、えっ!?」
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