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するとそこへ、マネージャーの林さんがタブレット端末を片手に「おはようー!」と元気に楽屋に入って来た。
「あっ! おはようございます、林さん!」
「おはよう、ございます」
林さんは俺を見るなり、「よかった」とニッコリ笑ってくれた。恭也にも右手を上げて挨拶した後、俺たちの方へ近付いてくる。
恭也といい林さんといい、休んでた俺を叱りもしないで笑いかけてくれるなんて、どれだけ人間ができてるんだ。
ありがたいや……ホント。
「ハルくん、元気そうだね」
「はい……! 林さんにもいっぱいご迷惑かけたみたいで……っ!」
「いいのいいの、お互い様だから。それより……ハルくんには思い出させちゃって悪いんだけど、Lilyが事務所移籍するんだってね」
「えぇ!?」
「えっ……そう、なんですか」
俺と恭也は同時に驚き、顔を見合わせる。
ほっこりした気分でいたら、とんでもない特ダネをサラッと放られた。
「うん。移籍先までは聞けなかったんだけど、どうも年末から話は進んでるみたいだよ」
年末からっ? そんなに早くっ?
あれこれ判明したのがクリスマスの日だって聞いてたのに、移籍の話はそのすぐあとから動き出してたってこと?
しかもそれはきっと、聖南が中心となって動いてる。俺に意思確認した次の日、ひっきりなしにどこかへ電話してたし。
それに聖南……年末は明け方まで帰ってこない日が何回かあったもんな。
どの特番も二十三時までには放送終了してたし、夜中の二時を過ぎても帰らない時はさすがにどうしたんだろうって心配になって、俺からメッセージを送ったこともあった。
メッセージの返事はちゃんとすぐに返ってきて、聖南に限って絶対あり得ないと信じてる〝もしかして……〟の不安を打ち消すように、未明になってクタクタで帰ってきてたっけ。
メディアの仕事、レイチェルさんのリテイク、CROWNのツアーの打ち合わせ、作曲諸々の他に、SHDエンターテイメントに関することまでやってたとしたら、それじゃいくら時間があっても足りないよ。
俺を抱き枕にするなり一分とかからず寝付いてたのは、いつもの年末以上に多忙を極めてたからなんだ……。
「さっき事務所で仕入れた情報だから、他言無用で頼むね」
「わ、分かりました……!」
俺と恭也には業界に親しい友達なんて居ないから、その約束はたやすい。
誰かに話したいっていうソワソワしちゃうような話題でもないし……どちらかといえば先行き不安な特ダネだ。
来て早々スタッフさんとの打ち合わせに向かった林さんは、俺たちに挨拶だけしに来たみたいだった。
残された俺と恭也は秘密の共有者同士、たった今入った特ダネにざわつく。
「移籍って……話が早すぎてビックリだなぁ」
「どこに移籍、するのかな。大塚はたぶん、無いよね」
「いや分かんないよ? 大塚って女性アイドルを育てる方に力入れてるよね?」
「あぁ、違う。事務所的な問題っていうより、セナさんが、許さないだろうなって」
「……聖南さんが? なんで?」
「葉璃が彼女たちを目にしたら、嫌でもあの日のことを、思い出すでしょ? いろんな感情とか、実際にされた事とか」
「あー……」
それはある、かも。
同じ事務所だったらバッタリ出くわす可能性もあるし、そうなった時に改心してない(それか逆恨みしてる)メンバーが居たら俺はまた餌食になるかもしれない。
俺がケガしたり病気になっちゃうのは別にいいんだけど、それが原因で仕事をキャンセルするなんてもうコリゴリだから、Lilyとは出来るだけ距離を取ってたいというのが本音だったりする。
「……今日、ごめんなさい回りするって、言ってたけど……行く?」
「あ、うん。ちょうど林さんもスタッフさんと打ち合わせしてるし」
恭也の言葉に、俺は立ち上がってササっと身なりを直した。
それから俺は、ついて行くと言って聞かなかった恭也と、年末に出演をキャンセルした番組のスタッフさんを手当たり次第に当たって、「すみませんでした」と頭を下げて回った。
新人のADさんから偉い人まで、分かる限りの全員の大人たちに。
でも思ってた通り、ETOILEの出演キャンセルを事前に聖南が直々に詫びてたことで、逆に「元気になってよかった」と優しい言葉をかけられてしまった。
俺が休まなきゃならないなんてよっぽどの事だって、聖南は言ってたらしい。〝復帰したらまた頑張ってもらうから、今回は勘弁してやってほしい〟って。
いい先輩を持ったな。そう言われて俺は、恭也と顔を見合わせて何度も頷き、「ありがとうございます」と目を潤ませて返した。
一時間くらいかけた〝ごめんなさい回り〟は、結局のところ聖南のおかげですんなりと謝罪を受け取ってもらえたあげく、所属事務所の教育がいいってことで大塚芸能事務所の株まで上がることになった。
人見知りの俺だけど、今回は他人を怖がってる場合じゃないと気合を入れて行動してみて……良かった。
楽屋に戻った瞬間抜け殻になった俺に、「がんばったね」と頭を撫でてくれた恭也がついてきてくれたから、できたこと。
「──はよーっす!」
十二時半からの収録を待っていた俺たちの楽屋に、ETOILEの新しいメンバーが林さん以上のハツラツさで参上した。
「あっ! ルイさん!!」
「おはよう、ございます。ルイさん」
「おっす、恭也」
ルイさんは恭也に目配せすると(仲良しだ!)、今日も派手な色のシャツを着て、レッスン着やシューズが入ってるんだろう大きなカバンを肩から下ろした。
そして「ハルポン」と低い声で俺を呼ぶなり、少しだけ短くなった髪を揺らして俺のもとまでのっしのっしと歩いてくる。
俺は、ルイさんにも直接謝りたかった。
あとは〝レッスンどうでしたか?〟とか、〝恭也と添い寝したのか〟とか、色々話したいこともあった。
だから俺は、大股で歩いてくるルイさんを起立して待ち構えたんだけど……。
「うわわ……っ!」
「ったくこの子は! 俺めちゃめちゃ心配してたんやぞ! 〝迷惑かけてごめんなさい〟からいっこも連絡寄越さんし!」
俺の足が宙に浮くほどガバッと勢いよく抱きついてきたかと思ったら、背骨が折れちゃいそうな勢いで体を締め上げられた。
怒り混じりのルイさんの熱烈な抱擁に、息が出来なくなる。
「うぐっ……! ごめ、なさ……っ! でもく、苦しいです、ルイさん……!」
「うっさい! もうちょい我慢せえ! 友情のハグなんやしなんも問題あらへんやろ! セナさんがあんな写真撮られてもうてまた凹んでるんちゃうかってマジで俺心配してたんやからな!」
「しゃ、写真……っ? なんのことですかっ」
そんなにキレちゃうほど心配かけてしまったのはごめんなさいだけど、それより気になるワードが飛び出した。
苦しくてルイさんの背中をパシパシ叩いてた俺が動きを止めると、ルイさんも「え……」と戸惑いの声を上げて俺を解放する。
いや、だって……聖南さんが撮られた?
いつ、誰と?
そんなの全然知らなかった。
「ちょお待て……ハルポンほんまに知らんの?」
「…………」
「ルイさん、なんの、写真なんですか? セナさん、何を撮られたんですか?」
黙り込んだ俺の代わりに、恭也がルイさんに問い質してくれている。
俺は、動揺してるというより「また?」って思いでいっぱいになっていた。
これは聖南本人に聞いた方が早いってことも、瞬時に思った。
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