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葉璃は十日ぶりの仕事で疲れている。
聖南のゴシップ写真のせいでぐるぐるもしている。
若干怒っているようにも見える。否、拗ねていると言った方が正しいか。
──クソ……ッ。集中できねぇ……!
現在、聖南は葉璃から盛大に煽られている。
真剣な話の最中にも関わらず、ムスコを宥めることで頭がいっぱいになっていた。
風呂上がりの上気した頬と、睡魔に襲われトロンとした瞳がただでさえ可愛いのに、聖南の枕を抱えて横になっている葉璃はどう見ても〝襲ってください〟と言わんばかり。
いつ何時でも準備万端な聖南の前で、葉璃が無防備すぎるのだ。
眠くてしょうがないと言い、「横になっていてもいいですか」と聖南にお伺いを立ててきた葉璃は、よほど疲れていたのだろう。
聖南特製のアップルティーを飲みたい気持ちは山々だが、座っていられる自信が無いのだとか。
話を聞いてくれるなら、どんな体勢だろうが聖南は構わない。
今日訪れているのは強大な睡魔らしく、風呂好きな葉璃が烏の行水だったことからも、限界が近いことを窺わせた。
葉璃は、ひとまずは聖南の主張を聞いて納得してくれた。
聖南の枕を奪い、それをひっしと抱きしめた悩殺ポーズで、ベッドの上であぐらをかいた聖南をポーっと見つめてくる。
葉璃に関してはお粗末程度にしか無い忍耐が今、試されているが。
「……聖南さん、忙しそうでしたもんね……」「あ、あぁ。去年の年末はヤバかった。一心不乱に仕事してた」
「しょうがないとは、……思います」
「ホントごめん……。不安にさせたよな」
いえ、とか弱く首を振る葉璃の下唇は、もう出ていない。
〝話した覚えがある〟、〝そんな話聞いてない〟の水掛け論は、聖南の思い違いだということで話がついた。
多忙を極め、自宅に残した葉璃を構ってやれなかった聖南の記憶では、こんな重要なことを話していないわけがないと思ったのだが……。
そう言われてみれば、聖南は夢の中でも葉璃と会話をしていた。現実と夢の境が分からなくなっていたとしても不思議ではない。
目の前の無防備な葉璃のように。
「ごめんな、葉璃ちゃん。マジで……」
「いえ……」
葉璃が嘘を吐けないことを知っている聖南は、文字通り謝り倒した。
毎日葉璃の夢を見ていた、毎日寝ても起きても葉璃といられて幸せだと付け加えると、安心したようにニコッと微笑んでくれたので、この件は一件落着した模様。
葉璃のぐるぐるが最小規模で収まったのなら、きちんと話して良かったと聖南も安堵した。
だが聖南はまだ気付いていなかった。
寝ぼけ眼の恋人が、未だぐるぐるを燻らせていたことに──。
「その……レイチェルさんと二人っきりってわけじゃ、なかったんですよね?」
「違うよ。社長も居た。ベロベロに酔っ払ってたけど」
「そうですか……」
ウトウトしている葉璃の両目が、今にも閉じられてしまいそうな勢いだ。
普段の葉璃らしからぬ言動に、聖南はしばらく眠そうな恋人を観察した。
可愛い魅惑の瞳はほぼ見えないので、葉璃は意識して発言しているわけではなさそうなのだ。
あまり聞くことの出来ない葉璃の本心を、今なら聞けるかもしれないと思った。
「なんだ……てっきり聖南さん、レイチェルさんと……何かあったのかなって……」
「そんなわけねぇじゃん。葉璃が居るのに」
「へへっ……それは分かってるんですけどね……。俺って聖南さんのタイプからは、かけ離れてるじゃないですか……いつも自信なんて無いけど……もっと自信なくなっちゃった……」
「…………」
葉璃がころんと寝返りを打った。
向こうを向いてしまった葉璃の背中を、聖南がそっと撫でる。
こうした葉璃のネガティブな発言には慣れているけれど、聖南はいつも良い気がしない。
だからこそここで止めておけばよかったのに、聖南はつい「なんで?」と聞き返してしまった。
「なんでそう思ったんだよ」
「えー……なんでって……聖南さん、元々は美人な人が好きだもん……。俺、前にうっかり見ちゃったんですよね……聖南さんのゴシップ記事……。みーんな綺麗な人だった……。ちょっと前ですけど、実際に見たこともあるし……。ははっ……聖南さんってば面食いなんですもん……俺じゃ太刀打ちできないなって……」
「…………」
背中が微かに震えている。
自虐的なことを言ってクスクス笑っているのだろうが、聖南は少しも面白くなかった。
消したい過去がデジタルタトゥーとしてこの世に残ってしまっている以上、どれだけ火消しを行っても完全に消し去ることは出来ない。
葉璃がそれを目にしてしまう可能性があることは随分前から分かっていたけれど、葉璃自身が言ってくれたのだ。
『聖南さんの過去は気にしない』と。
こんなことを言い出したのも、十中八九、先程のインタビューが原因だろう。
葉璃は記者のその発言で通話を切った。もう聞いていられないと、毛布に包まって下唇を出していた……。
「妬いてんの?」
聖南は、葉璃の肩を掴んでこちらを向かせた。ころんと転がった葉璃の腕には、依然として枕がしっかりと握られている。
眠そうには違いないが、話しているうちに目が覚めてきたのか大きな黒目と目が合った。
「……何をですか……?」
「俺の過去にヤキモチ焼いてんのかって聞いてる」
「ヤキモチ……。うーん……ヤキモチなのかな……これ」
「クッ……!」
──クッソかわいー……っ!
無防備で黒々とした魅惑の瞳を見ていられず、思わず両手で顔面を覆って悶えた。
どうでもいいと言い切れるような過去の不貞で今さらぐるぐると悩ませてしまったことは、葉璃の気が済むまで謝りたいと思う。が、聖南は葉璃の嫉妬を嬉しく思ってしまう鬼畜だ。
なぜ聖南の過去を取り沙汰して不満そうな顔をしているのか、葉璃は分かっていない。
嫉妬しているという自覚が無いため、指摘された葉璃はムムッと唇を尖らせ三回ほど「むぅ」と鳴いた。
ヤキモチを焼かれた身としては、不満気な表情さえ可愛く映る。眠気も手伝い、自身の言動すら分かっていなさそうなところもとても可愛い。
こんな本音と気持ちを聞けた聖南は、ご満悦で葉璃の体を抱き枕にして横になろうとした。
……ところが、葉璃のぐるぐるは聖南が思っていた以上に加速していた。
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