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「俺もいっぱい、聖南さんみたいにいろんなこと経験してたら……こんな風に思わないのかな……」  ん? と聖南の挙動が止まる。  付き合ったばかりの時、似たようなぼやきを聞いたことがあった聖南は瞬時に嫌な予感がした。  葉璃のヤキモチは分かりにくい。  だからこそ貴重で、それを感じた瞬間に悶え浮つくのも仕方ないことだと言い訳をしていた矢先。  顔を覆っていた両手の隙間から、枕を抱いて虚ろな目をしている葉璃を覗く。 「なに、どういう事? いろんなことを経験したい?」 「そうです……聖南さんみたいに余裕が生まれるなら……俺も、経験した方がいい気がします……」 「例えばどんな?」 「んー……」  聞かなければいいのに、沸々とし始めた聖南の口は止まらない。  寝こけた葉璃の肩を揺さぶり、「なぁ」とその魅惑の瞳を開かせてまで尋ねた。 「葉璃ちゃん、どんな経験したいってんだ」 「ん、んー……だからぁ、聖南さんと同じこと、ですよー」 「同じこと? ……同じこと?」 「ふふっ、そうです。聖南さんと同じことー」  ──はぁ? 俺と同じことってなんだよ。もしや葉璃は俺以外の男と付き合ってみたいってこと? そういう経験を積みたいってのか? 俺が昔やりたい放題してたから……余裕があると思われてる? 俺が葉璃との付き合いで余裕ぶっこいてたことあった? ……はぁ?  心の奥で滾っていた沸々がグツグツに変わった。  何せ聖南は知らなかったのだ。  強烈な睡魔に襲われている葉璃が、こんなにもポロポロと本音を語るということを。 「葉璃……」 「……ふぁーい」  それにしても曝け出しすぎだ。  聖南から叩き起こされ、眠気の限界をとうに超えている葉璃が悪いわけではないけれど、その願望は聞き捨てならない。  何度も落ちている葉璃を咎めたくはない聖南だが、嫉妬されて喜んでいた気持ちをひっくり返されたのだ。  葉璃の嫉妬など可愛いもの。  対して業の深い聖南のそれは……滅多に感じさせてはならなかった。 「葉璃……それマジで言ってんならキレるよ」 「もぉ……なんでキレるんですか? 俺は、聖南さんと同じになりたいって……思ってるだけ……んんっ!?」  ──ならなくていい。俺と同じになんか……っ!  葉璃に覆い被さった聖南は、迷わずその願望うるさい唇を奪った。  これ以上、葉璃の言葉を聞いていたくなかった。  驚いた葉璃がパチッと目を見開き、二人は一センチ距離で見つめ合う。  ──俺から離れたら許さねぇ。そばにいるって約束しただろ。誰が公開浮気宣言してんだよ。笑わせるな。  そんな思いを乗せて、少々乱暴に舌を絡ませた。葉璃は必死でついてくる。 「同じになるって何だよ。どうやったらそんな結論に達するわけ? 俺は後悔してるってのに」 「んっ……んっ……!」  いつものように唾液を飲ませようとしたが止め、葉璃の舌を吸って彼の唾液を絡め取った聖南は、それをコク、と味わって飲み下す。  そして覚醒した葉璃をギュッと抱きしめた。 「過去なんか、出来るもんなら全部消してぇよ。俺はもう葉璃だけでいいって言ったじゃん。俺には葉璃しか要らない。葉璃はそうじゃねぇの? 他の男と遊びたい? 他の男と……こんなキス出来んの?」 「んむっ……ん、っ……」  葉璃の返事を待たず、聖南は再び熱い口付けをして自身の思いを伝えた。  たしかに葉璃は、聖南しか知らない。  言いたいことは分かるのだ。散々っぱら遊んできた聖南の情報を嫌でも目にしてしまう葉璃が、その度にぐるぐるしてしまう気持ちも。  だが葉璃にそんな願望があると知った今、そのぐるぐるさえ咎めなくてはならなくなった。  そういう機会の多い職業柄、葉璃にいつどんな出会いがあるとも限らない。  恋人の欲目でも何でもなく、葉璃は他方から可愛がられ、愛でられる存在であることを知る聖南に余裕など皆無だ。むしろ常に戦々恐々としている。  葉璃が聖南のもとから離れていくなど、想像もしたくない。  遊びでもダメだ。もってのほかだ。  そんなことを言うのも、心密かに思うことも、聖南は許せない。 「聖南さ、……っ、ごめ、なさ……っ」   ここ最近で一番長いキスだった。  抱いた嫉妬の感情そのままをぶつけるような激しいキスに、完璧に目覚めた葉璃が自身の失言を息も絶え絶えに詫びてきた。  離れた唇の間を、どちらのものとも知れない唾液が糸を引く。それごと葉璃の下唇を舐め、かぷっと甘噛みした聖南はわずかに機嫌を持ち直したのだが、……。 「今日は寝ぼけてたから許すけど、さっきのシラフで言ったら次はマジで許さねぇから」 「…………っ」  可愛い恋人に釘を刺すことを忘れなかった。  食まれた下唇を出し、聖南に「ごめんなさい」とか細い声で詫びる葉璃には、かなり厳しく詰め寄って悪いことをした。  だが本当に、葉璃に浮気心など持たれては困るのだ。  葉璃がその気になれば、引く手あまた。身近にその予備軍を幾人も知っている。  ──誰が余裕だって? ンなもんあるかよ。 「聖南さん……俺……っ」 「もういいよ。忘れようぜ、こんな物騒な話は」 「…………」  葉璃は、無意識に口走った自身の失言すべてを覚えているわけではなさそうだ。  とにかく聖南が激怒しているということだけは強く伝わったらしく、可愛い黒目がやや怯えて濡れている。頭の上にうさぎの耳が生えていたら、間違いなくぷるぷると震えているだろう。  そんな表情に絆されてしまい、聖南はうさぎになった葉璃を抱き起こしてヨシヨシと頭を撫で、仲直りした。  ただ、特大のスキャンダル暴露を危惧している聖南としては、〝この調子では先が思いやられる〟……こんなことを思い苦笑しながらではあるが。

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