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来月に新曲の発売を控えてるとあって、俺たちは連日何かの取材かテレビ収録の仕事が入っている。
年が明けてすぐから忙しくなるのは、先月時点でスケジュール表を見て分かってたけど……さらに何件か追加されてるのを知って俺の目が点になった。
「──葉璃?」
「──ハルポン?」
今どの番組の現場に来てるのか、なんの撮影をしてるのか分からなくなりそうで怖いな、とスケジュール表を見て笑えてたうちはのんきで良かった。
でも実際に仕事をこなしていってる今、俺はプチパニックを起こしている。
まるでデビュー直後みたいな忙しさ。
あっちのテレビ局、こっちの撮影スタジオ、かと思ったらまた違うテレビ局、雑誌の出版社、いろんな所に行っては同じような質問をされて。
事務所でボイトレとダンスのレッスンまで入ってた日は、とうとう倒れるんじゃないかと自分のことなのにヒヤヒヤした。
「こらあかんな。頭から湯気出てもうてる」
「……ですね」
「忙しいんはありがたいことやねんぞーハルポン。……とか言うてみたとこで、今のハルポンには届かんやろな。こない放心状態なん久しぶりちゃう?」
「そうですね。放心状態なのは、緊張してる時と、似てますけど……葉璃の顔が、……」
「顔?」
遠くで恭也とルイさんが仲良さげに喋ってる。
へへっ、噂通り、二人めちゃめちゃ仲良くなってるじゃん。
ルイさんは、わざわざ午前中のレッスンが終わったら毎日こうして駆けつけてくれている。
二人とも見かけによらず優しいし、何より仕事熱心なんだよね。ルイさんも恭也も。
しかも俺の大事な人たちが仲良しなのは、すっごくいいこと。俺も嬉しいよ。
へへへっ……。
「ぶはっ……! あかん! ハルポンあかんよ、その顔は!」
ルイさんが俺の顔を覗き込んできた。ぽやんと見返すと、盛大に吹き出して大爆笑される。
もう、人の顔見て笑うなんて失礼な人だなぁ……ルイさんってば。
いくら俺の顔がへんちくりんだからって、そんなに笑わなくてもいいじゃん。
「ふふっ……。葉璃、可愛いでしょ」
恭也は恭也で場違いなこと言ってるし。
ま、いいや。
いま二本目の仕事(音楽番組のトーク録りだったかな)が終わったから、次の仕事に頭切り替えなきゃ。
えーっと、次はなんだったっけ。どこに行くんだっけ。
林さんが戻って来る前に着替えて、……あ、そうそう。
今日は十五時から事務所でダンスレッスンだ。レッスンが十七時に終わったら今度は……バラエティー番組の収録。
わぁ……まだまだ一日が長いなぁ。
バラエティー番組はゲスト出演だけど、丸っと収録するって言ってたから待機含めて二時間は覚悟しなきゃだなぁ。
お休みしてたのにお仕事たくさんなのはとってもありがたいけど、一日にこんなにあちこち移動しなきゃならないのは少し疲れちゃうなぁ……。
「ま、……ハルポンはずっと可愛いけどやな。こら相当イかれてんで。次の休みいつやっけ?」
「来週の、月曜です」
「そうやったそうやった。そこまで保つかぁ? おーい、ハルポーン。今日はケツまで俺もついてったるから踏ん張りやー?」
ケツって……やだな、もう。
ルイさん、ちゃんとお尻って言ってよ。今度は俺が吹き出しちゃいそうになるよ。っていうか、もうルイさん真顔に戻ってるし。ぷぷっ。
たった今までニッコリゲラゲラ笑ってたのに、なんでそんなに切り替え早いの。
面白い……っ。
「ぷふっ……ルイさんもう笑ってないんだ」
「はいー?」
「着替えるからあっち向いててください!!」
「うわ、ビックリした! なんで急に怒鳴んねん! 情緒どうなってんのよ!」
「ルイさんも! 恭也も! あっち向いてて!!」
「あはは……っ! 分かった、分かった」
そそくさと私服を抱いた俺は、恭也とルイさんが壁を向いたのを確認して急いで着替えを済ませた。
背の高い二人が、様子のおかしい俺を不審がって壁際でコソコソ何か話してる。もとい、恭也は面白がってクスクス笑ってるけど、ルイさんは何がなんだかって感じ。
うん……俺が一番、俺自身に聞きたいよ。
半年に一回くらい、俺はこうなる。
一日に何回も緊張と緩和を繰り返して、疲労と空腹のダブルパンチが襲うと、自分で自分が制御できなくなる。
「なんなんっ、恭也もよぉ普通に対応できるなぁ!?」
「たまに、あるんですよ。葉璃が、おかしくなっちゃうこと」
「なんやそれ! めんど!」
「ふふっ、そんなこと、ないですよ。葉璃は、あれで、精神保ってるんです」
「いやいや……!」
壁に向かう二人のヒソヒソ話は、俺の耳にもバッチリ聞こえていた。
恭也……分かってくれてて嬉しい。
俺だっておかしくなりたくてこうなってるんじゃないんだよ。
ちょっとだけ眠らせて。ちょっとだけご飯食べさせて。
これが言えたらいいんだけど、次の仕事までの合間が短いとどっちかを取らなきゃいけなくて。
ちなみにさっきの休憩時間は睡眠を取った。
なので今、俺は……猛烈にお腹が空いている。
「ルイさん! 俺の髪の毛ぐしゃぐしゃってしてください!」
「エッ、ぐしゃぐしゃってナニ!?」
ビックリ仰天の顔で振り返ってきたルイさんに駆け寄って、着替える時に気に障った固い髪を背伸びしてズイッと見せつけた。
「ワックスとかスプレーでカチコチなんですもん! いやどっちかっていうとベタベタ……っ? 頭洗いたいよぉっ……!」
「シャワー使わしてもろたらええやん! ぐしゃぐしゃには出来ひんよ、カチコチベタベタなんやろ。かき回したらおかしなるだけや」
「……出来ない……?」
「デキマセン」
「むぅ……!! 分かったもん! 恭也! シャワーついてきて! お願いっ」
「あはは……っ! うん、もちろん。行こっか」
ありがとう恭也……っ!
おかしくなった俺を笑って許してくれるの、たぶん世の中で恭也くらいなもんだよ……!
こんな姿、聖南には見せたことない。だから知らないと思う。
俺にこんな一面があるなんて。
背中を追ってる大先輩に、こんなにみっともなく感情曝け出してるとこ見られちゃ、俺は頭のてっぺんから湯気を出しながらいよいよぶっ倒れちゃうよ。
仕事の上では、やっぱり聖南は雲の上の存在だもん。
あがり症でイジイジしてる時ですら、申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだ。
恥ずかしくてとても見せられないよ。
「あれは情緒不安定っていうんやないの……」
とにかくシャワーを浴びて何か食べなきゃ。
全然頭が回んない。
……けど、扉が閉まる直前のルイさんのこの呟きだけはハッキリ聞こえた。
正解だよ、ルイさん。
落ち着いたらあとでいっぱい謝るから、だから……戻って来たら何か食べさせて。
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