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「そっかぁ、なるほどねぇ。Lilyは相澤プロに移籍か。春香ちゃんが嫌な顔しそうだね」 「あ……たしかに……」  移籍どうこうの話は、葉璃にはまだ早かったのかもしれない。  ケイタに笑いかけられるまで、相澤プロに姉がいることをすっかり忘れていた風だ。これが普通の人ならば「そんなことあり得ないだろ」と一蹴できるが、葉璃ならあり得る。  春香はあの日、病室で「Lilyには悪いイメージしか無い」とぼやいていた。その悪印象しかないグループを同事務所に移籍させるとあって、その点が引っかかっていた聖南はすでに先手を打っている。 「春香には佐々木の次に話を通してOKもらってる。葉璃があんな目に遭ってブチギレてたけど、春香って案外さっぱりしてんじゃん。〝私達が先輩ってことになるんだ〟とか言って笑ってたぞ」 「それ逆に怖えよ」 「あはは……っ! でも大丈夫でしょ、春香ちゃんなら」 「俺もそう思ってる」  あっけらかんと笑うケイタに対し、女性の変わり身の激しさを知るアキラは苦い顔で笑った。  聖南も少しばかり不安ではあるのだが、何しろ託したのはあの佐々木だ。彼は仕事上では一切の忖度をしない。唯一の例外は葉璃のみ。  気配りの出来る優男であることに変わりはないけれど、Lilyの面々が少しでも彼の気に触る理不尽な行動を取れば必ず地獄を見る。  春香たちもそれが分かっているから、佐々木を慕っているのだ。  葉璃への気持ちをなかなか消化できないところ以外に、彼の欠点が見当たらない聖南はいつからか、アキラとケイタと同等なほど佐々木 樹という男を信頼していた。 「……ゴホンッ。今日はな、せっかくだからもう一つ皆の前で報告しようと思うんだが」  社長の咳払いが軌道修正の合図のようになっている。  ようやく二つ目の報告か、と聖南はこっそりニンマリした。早く、それを聞いた可愛い恋人の反応が見たい。 「──喜べ、ハル。CMが決まったぞ」  発表された直後、「ふぅー!!」と拍手をした聖南に続き、アキラとケイタも笑顔で手を叩いてくれた。  チラと葉璃の方を見て小さく笑った恭也も、非常に分かりにくいが喜んでくれているようである。 「……葉璃?」  ひとしきり騒いだCROWNの三人は、当の本人が人形のように固まり微動だにしていないことに気付いた。  とてもいいニュースだというのに、聖南たちが騒ぐのをやめてから拍手をし始めた葉璃の様子が明らかにヘンだ。 「はい?」 「聞いてた?」 「何をですか?」  え、と狼狽えた聖南は、葉璃の天然発言の再来に身構える。  もっと「えぇーー!!」と絶叫してくれるものだと思ったのだが、今回の予想は大外れ。どこか他人事でキョトンとしている葉璃に、アキラ、ケイタ、恭也が聖南の代わりを担ってくれた。 「ハル、CMだって。おめでとう」 「ハル君おめでとうー!」 「おめでとう、葉璃……っ」  三人から次々と祝われても、葉璃のキョトンは頑として変わらない。  スッと立ち上がったルイを目で追い、林との会話をジーッと見ているだけだ。 「林さん、あれ本決まりになったんか」 「そうだよ。セナさんのゴーサインも出たしね」 「最終的にはそこかいな」  談笑する二人を見ていた葉璃が、今度は聖南に視線を移してきた。  何をそんなに騒いでいるのだと言いたげに、キョトン顔のまま首を傾げた姿に「うっ」と心臓を撃ち抜かれる。  葉璃のこうした何気ない動作一つで聖南はすぐに胸元を押さえる羽目になり、回復にしばし時間がかかる。  いつどんな時も可愛くてたまらない葉璃の肩を抱き、「葉璃」と何食わぬ顔で先輩風を吹かせた内心ではハートマークが飛び交っていた。 「あのさ、葉璃。CMが決まったんだぞ。なんでそんなに無反応なんだ」 「だってそれって、違う〝ハル〟でしょ?」 「え?」 「えっ?」 「ん?」 「…………?」  ──出た、天然を上回る卑屈ネガティブ。なんでここで他の〝ハル〟にCMが決まったことを全員で祝うんだ。てかそもそも〝違うハル〟って誰なんだ。  いったいどの〝ハル〟についてだと思ったのか、葉璃はそれを自分の事として聞いていなかったらしい。  心の中で盛大にツッコんだ聖南と同じく、さすがの男たちも葉璃の卑屈発言に言葉をなくしている。  だがこういう時に存在感を発揮するのが、恭也の隣に戻ってきたルイだ。彼は場の空気をきちんと読んでくれる。 「い、いやいやハルポン、何言うてんの。この話は正真正銘、ETOILEの〝ハル〟にきてんぞ。しかも去年には。まだ言えんデカい話があるって俺言うてたの、覚えてへんか?」 「んーー……そんな話しましたっけ……」 「こらあかん! ハルポンの頭の中が消しゴムで消されてんで!」  眉間に皺を寄せた葉璃に、ルイもお手上げだった。  去年中に話がきていたことは微かに匂わせていたらしいが、ルイの発言をまったく覚えていないところを見ると、葉璃の記憶からその時の会話そのものが消しゴムで消されている。  このCMの話は、ETOILEのプロデューサーである肩書きをフル活用させてもらい、企画書や商品、メーカー側のプレゼンを林と共に直で見聞きした聖南が最終決定を下した。  どこの〝ハル〟でもなく、紛れもなくこれは今肩を抱いている恋人兼後輩の〝ハル〟へのオファーだ。 「三月入ったらジャンジャン流れるからな。多分今月末には撮り入るだろうし、信じてもらわねぇと困るんだけど」 「ほんとに俺なんですか? ほんとですか? ウソですか?」 「あはは……っ! 社長、葉璃が疑いまくってるから契約書出してやって」 「おぉ、分かった」 「い、いや結構です! 契約書なんて見たって俺にはちんぷんかんぷんで分かりませんー!!」  聖南の腕をぎゅっと掴み、この日初めて絶叫した葉璃は必死な形相すら可愛い。  ルイの言う〝デカい仕事〟に腰が引けてしまう前に、家でも懇々と説得をしなければと聖南は思った。  商品、そして企業のイメージをも背負うことになるCMという仕事。これが葉璃に舞い込んできたということは、葉璃のキャラととびっきり愛らしい見た目が広く受け入れられた証と言えるのだ。 「とにかく、おめでとうハル。撮影日と場所分かったら教えてよ」 「俺にも! 俺にも教えてねっ?」 「は、はい……?」  聖南にとって、はたまた葉璃を愛でてくれているアキラとケイタにとっても、こんなに嬉しい報告は無い。  可愛い恋人が二人の男から言い寄られているように見える光景も、聖南には微笑ましく映った。  葉璃の隣でこっそりと「俺も、応援に行きたい」と呟いた恭也然り、「撮影日!? そんなん絶対見に行ったるやん!」と息巻いたルイ然り、やはりここには葉璃贔屓の男しか居ない。  それをどんな気持ちで見ているのか、険しい刑事のようだった社長の顔がとても朗らかに、穏やかになっていた。

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