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❤︎ ❤︎ ❤︎  一年ぶりの聖南の金髪姿に、葉璃は大興奮だった。  メッセージの顔文字そのままの顔で「かっこいいです!」を連発してくれたはいいが、昨日はそんな状態でおあずけを食らわされ、悶々と寝付いた聖南である。  それも仕方がなかった。  葉璃は翌日である今日、午前中にダンスレッスンが入っていた。ついにルイとの合同練習が始まったのだ。  動けなくなると困るからと言われれば、聖南はムスコに言い聞かせるしかなかった。  そんなに連呼するほどかっこいいならおとなしく抱かれてくれよ── という本音をググッと飲み込んだことを、今朝葉璃にたくさん褒めてもらい、さらには「今日は……いいですよ」と可愛い恋人から照れ交じりのお誘いを受けた聖南の機嫌は最高潮だ。 「── 〜〜♪」  テレビ局で打ち合わせを済ませた聖南は、鼻歌を口ずさみながら地下駐車場へと向かった。  今日の仕事を終え、すでに事務所に居るという葉璃を満腹にした後のイチャイチャが、聖南は楽しみでたまらない。 「……あ」  数メートル先から愛車のロックを解除し、何気なく辺りを見回した聖南が知った顔を見つけたのと、向こうが聖南に気付いたのはほぼ同時だった。 「よぉ、久しぶりー」 「お久しぶりです」  その人物はまさに車に乗り込もうとしたところだったが、近づいてきた聖南に挨拶すべくスッと背筋を伸ばした。  今日もブレずに鉄仮面だな、という聖南の心の声が聞こえたのか、人差し指でクイと眼鏡を上げた佐々木が口元だけで笑った。  最後に佐々木と会ったのは、Lilyの移籍問題のため聖南直々に相澤プロに出向いた年末のことだった。  あれから二週間以上が経っている。  memoryのツアーも大詰めで、年末年始も休みなく働いているであろう佐々木からは少しも疲労の色が見えないが、そろそろ連絡を入れようと思っていたところだったのでちょうどいい。 「どう、あいつら」 「〝うさぎちゃん〟は居ないんですか」  だが佐々木は、聖南の心配をよそに視線で葉璃の姿を探している。どこの誰が張っているか分からない外だからと、愛称を使ってまで。  クリスマス特番以降 葉璃と顔を合わせていないためか、〝会いたかったのに〟と鉄仮面を崩し残念さを隠そうともしない。 「見りゃ分かんだろ。居ねぇよ」 「……彼女たちならレッスンに勤しんでいますよ。memoryとは出来るだけ時間が被らないようにしています」  その短い返答で、どれだけ佐々木が二グループに気を遣っているかが分かった。  女性アイドルグループは、往々にして他のアイドルグループを敵とみなす傾向にある。相手に対し「尊敬してます」、「実は大ファンなんです」などとテレビで発言していても、それが真実である場合は限りなくゼロに近い。  笑顔で蹴落とし合いが出来る、彼女たちの恐ろしい二面性を知る佐々木に託したのは、やはり正解だった。  そうなると、実務にくわえて目に見えない気苦労というものに殺されていやしないかと、無表情を貫く佐々木に聖南は声を顰めた。 「そっか。俺が言うのもなんだけど、樹……大丈夫か?」 「大丈夫じゃありませんよ。これでもLily含めて三組のタレントをみてるんです。おかげさまで仕事が増えに増えてうさぎちゃんを眺める暇がありません」  Lilyのマネージャーとして佐々木を指名し、彼にも承諾を得たとはいえ仕事量が倍増したのは間違いないだろう。  少なからず責任を感じている聖南は、それに関する愚痴ならいくらでも聞くぞと身を乗り出した。 「そりゃ悪かったよ。樹なら絶対うまくやってくれるって思……っつーか、うさぎちゃんを眺めるって何?」  はぁ、と溜め息を吐いたのは、どうも仕事が増えたことに対する不満からではなさそうだ。  なぜそこで葉璃の愛称が出るのか。〝眺める〟とはいったい……。  眉を顰めた聖南を前に、佐々木は実に明け透けに、かつ饒舌に語り出した。 「以前本人にも話したんですが、出演番組を見逃さないよう全番組を録画できるレコーダーと高性能の最新テレビを買ったんです。どデカいやつ。仕事終わりに一杯飲みながら大画面でうさぎちゃんを堪能する時間が無くなって、非常にストレスが溜まっています」 「…………」  聖南は絶句した。  佐々木が葉璃に好意を寄せているのは知っている。聖南の前で堂々と葉璃の唇を奪ったこともあり、最初はいけ好かないだけの男だった。  しかし佐々木は、あらゆる場面を通して聖南を葉璃の恋人として認め、少しずつ想いは消してゆくと行動で示してくれている。  一歩引いた位置から、聖南と葉璃を見守ってくれているとまで思っていた。  だが一度燃え上がった恋心は、そう簡単には鎮火しないらしい。  聖南を認めてくれてはいるが、佐々木の現状はなかなか消せない好意を燻らせている状態であり、それでも葉璃を愛でるに留めているとは恐れ入る。  佐々木の好きな人を聖南が横から掻っ攫ったようなものだという自覚は以前からあるため、少々気の毒に思えてしまった。 「なぁ、このあとうさぎちゃん拾ってメシ行くんだけど……」  聖南は、相変わらずのお人好しを発動した。  それをすんなりとは受け取られないことを承知で切り出すと、案の定佐々木は目を細めて威嚇してきた。 「……自慢ですか」 「違えよ。一緒行くかって誘ってんの」 「行きます」 「即答ー! 仕事詰まってんじゃねぇのかよ」 「……会いたいので」 「彼氏の前でよく平気でンなこと言えるよな。さすが、肝が太えわ」 「大急ぎで仕事終わらせますので、時間と場所を送っておいてください」 「はいはい〜」  言うが早いか、佐々木はそそくさと車に乗り込み去って行った。  聖南も愛車に乗り込み、すぐさま葉璃にメッセージを打つと眼鏡をかけて車を発進させた。  ── 葉璃はマジで男殺しだな。容赦無え。  苦笑いを浮かべつつ、テレビ局からそう遠くない大塚芸能事務所の本社ビルへと向かう。  常に無表情ゆえに業界人から鉄仮面と称される佐々木だが、あそこまで人格が変わるといっそ不気味である。  葉璃の魅力がそうさせているのだから、我が恋人ながら罪作りだ。  十五分ほどで到着した事務所の地下駐車場に、一際オーラを放つ恋人の姿を発見した聖南は「うん、やっぱかわいー」と一人で納得し惚気た。 「聖南さん! お疲れさまですっ」 「葉璃っ♡」  ぴょんと弾みをつけて後部座席に乗り込んだ葉璃を振り返った聖南は、見送りに来ていたらしい恭也を見つけて右手を上げた。 「よっ! お疲れ、恭也。ちょっと乗ってくれ」 「はい……?」 「恭也、突然だけどメシ行かね?」 「えっ?」 「わぁ、行こうよ! 恭也、行こ行こっ?」  後部座席に並んだ二人に、聖南はニッと微笑みかける。  せっかくの食事の席だ。人数は多い方がいい。  葉璃とは帰る家が同じなので、多少イチャイチャする時間が減ってしまおうが機嫌がいい今日の聖南には心の余裕がたっぷりある。  佐々木も恭也も葉璃への愛情過多という点では似たもの同士だ。きっと面白いほどに話は合うだろう。 「い、いいんですか、俺も……?」 「二人っきりの食事じゃねぇからな。遠慮しなくていいぞ」 「……はい、……?」 「あれ、聖南さん。誰かお誘いしたんですか?」 「あぁ、樹が来る」 「……樹って……? あぁ! 佐々木さんですか!」 「そ。さっき局の駐車場でバッタリ会ってな。葉璃に会いてぇんだと」  恐縮する恭也を、葉璃のツンツン攻撃が襲った。あれを食らうと、誰しもが言いなりにならざるを得なくなる。  即座に実家に連絡を入れ始めた恭也も、例外でなかった。 「わぁ、いいですね! 行きましょ行きましょ! 楽しみだなぁっ」  なんと言っても、聖南が恭也を夕食に誘ったことで葉璃がとても喜んでいる。意外な人物がやって来ることにも、わくわくしている。  ── なんてかわいーんだ。メシ行くだけだぞ。葉璃がそんなに喜ぶなら毎日宴会開くか?  メンツは偏るけど、などと本気で考え出した聖南こそ、葉璃の魅力に取り憑かれた男第一号だ。

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