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❤︎ ❤︎ ❤︎  何年ぶりか分からない自慰行為の真似事だったが、葉璃は二発目を、聖南は一発目を吐き出した後、照れくさいキスをしてどちらからともなく抱きしめ合った。  一度射精したところで聖南の昂りが治まることはなかったが、葉璃の体をひっしと抱いた聖南はしばらく動けず、「もう少し」と三度は我儘を言って葉璃にしがみついていた。  無性に離れがたかったのだ。  聖南の背中を追いたいと常々語ってくれている葉璃が、少しずつ、着々と階段を上ってきている。  恋人の欲目を抜きにしても、魅力の塊である葉璃を世間や業界が受け入れないはずがないと、先輩として過大評価していた節はあったがまさしくその通りになってきた。  広い世界に羽ばたこうとする葉璃のことを、眩しいと思う。葉璃はいったいどこまで輝く存在になるのだろうという期待もある。  ただしそれは、聖南が高みに居続けられた場合のみ見届けられるもの。  葉璃がすぐそこまで辿り着いた時、「まだまだ。俺について来い」と言えたら格好いいよなと、久しく縁の無かった向上心が聖南の中で芽生えていた。 「── あぁ、いや。プロモーションには俺は同行しねぇよ」  大きな鏡の前で派手なメイクを施されている真っ最中の聖南は、そばでスケジュール調整を行っていた成田にそう答えた。 「珍しいな。調整し直そうとしてたのに」 「いくつかは行くつもりだったんだけどな。今はツアーの企画練る方に時間割きたくて」 「あぁ、もうじき提出のやつか」 「そうそう」  成田から「今回はどうするんだ」と問われたのは、ETOILEの新曲発売の宣伝回りについてだ。  新曲発売の度、各テレビ局ではもちろん、数多くの雑誌掲載とインターネットでの広告を交えた大掛かりなプロモーション活動を展開するCROWNとETOILE。  聖南はETOILEが発表した過去三曲とも、プロデューサーとして二人に同行しあらゆる媒体に回れるだけ回った。  だがしかし、現状に満足しきっていた事を気付かされ、若干感傷に浸ってしまった聖南は自分の仕事を優先することにした。  立ち止まっていては、すぐにでも葉璃に背中を捕らえられてしまう。聖南の背中を追いかけ続けてもらうには、聖南自身が進んでいなくてはいけないと思ったのだ。  デビュー前からCROWNを支えている成田は、日々三人のスケジュール調整を行なっているため、当然今回も付き添うつもりなのだろうとその確認作業をしたかったらしい。  成田がHottiの撮影についてくるなど、どういう風の吹き回しかと不思議だったが合点がいった。 「そういや成田さん、あれの撮影日って決まった?」  メイクに続いて髪の毛を好きにいじられている聖南は、鏡越しに成田へ視線を送る。  今日も聖南をとびっきりの色男に仕上げてくれているのは、長年担当してくれているアカリとサオリだ。 「……あれ? ……あぁ、あれな。あれなら今日中に連絡が入るはず」 「決まったらすぐ教えて」 「分かった。そこの調整はした方がいいんだよな?」 「もち」 「了解」  件のCM撮影の日取りは、葉璃のスケジュールと企業側の予定、貸し切る撮影スタジオの予約状況で決まると言っていた。  決定はギリギリになってしまうかもしれないと聞いていたが、あまり遅くなっても困る。私情は挟みたくないのだが、丸一日かけて行われるであろう葉璃のCM撮影にはどうしても行ってやりたい。  おそらく聖南の到着を待たず、計四人もの男たちが自身の仕事を切り上げてわらわらと撮影スタジオに押しかけるだろうが、その方が葉璃の緊張も解れるだろう。  聖南だけが激励に訪れるより、目くらましにもなって一石二鳥だ。  昨今は何においても審査の厳しいテレビ局の考査が通った絵コンテに、聖南はすでに目を通している。  少々不安な要素があるものの、うまく仕上がれば葉璃のイメージにはピッタリの〝作品〟になりそうで、今から楽しみで仕方がない。 「そういえばセナさん、知ってます?」  ついついニヤけてしまいそうな口元を引き締め、鏡の向こうに居る自分を叱咤したところでメイク道具の片付けに入ったアカリに声をかけられた。 「ん?」  好きにさせていたら、いつの間にか赤茶色だった髪色が金髪になっている。三月号に相応しく、春らしい薄いピンク色のメッシュも入りメイクもやや奇抜だ。  歌番組に出演する時よりも派手になった顔面を、聖南は自撮りしながら「何を?」と返した。  聖南の顔がたまらなく好みらしい葉璃にこれを送ると、帰宅後のイチャイチャが格段に盛り上がるのだ。 「コンクレの春の新作、あるじゃないですか。こないだお渡ししたリップクリーム」 「あぁ、うん」 「今回のCMはいつも起用してる満島さんじゃないんですって!」 「……へぇ」  だろうな、と喉まで出かかって堪えた。  世間の知り得ない裏情報を、彼女たちは職業柄見聞きする事が多い。  長い付き合いである聖南にも度々、二人は「あの俳優と女優の噂は本当らしいですよ」、「例のカップル、近々結婚発表するみたいですよ」などとゴシップ情報をくれる。  正直聖南にはあまり興味が無い話なのだが、アカリとサオリとは五年以上の付き合いであるため邪険には返さない。 「誰なんでしょうね! 気になる〜!」 「ねー! コンクレの広告塔と言えば〝満島あや〟! だったのに。もしかして交代なのかな!?」 「……今シーズンだけって聞いてるけど」 「えっ?」 「えっ?」 「おい、セナ。それ以上は……」  片付けの手を止めた二人と成田からの視線を浴び、内心〝しまった〟と思いつつ何食わぬ顔で足と腕を組んだ。  気心知れた二人の前だからと、ポロッとヒントを口に出したのは失敗だった。  誰が、とは言っていないが、聖南がその情報を知っている時点で大塚芸能事務所所属のタレントであることはバレてしまった。  だからと言って焦りはしない。  二人は、恋人居ます宣言をした聖南が惚気た内容を、一切どこの媒体にも漏らしていないからだ。 「口が滑った。……俺たちの仲だ。聞かなかったことにして」  聖南は二人に向かってフッと笑い、鏡越しに茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。 「は、はい……!」 「分かりました……!」  まるでファンサービスのような聖南の行動に照れた二人は、キャッキャとはしゃいでお手洗いに向かった。  そんな彼女たちを見送った成田が、聖南と二人きりになった瞬間ぼそりと呟く。 「例のCM、注目集めそうだなぁ」 「あぁ……マジでな」 「彼にはもう言ったの?」 「今朝言ったよ。まだ実感が無えからだろうな。ふーんって感じだった」 「満島あやには聞かせられないな」 「フッ……まぁな」  成田が苦笑を浮かべたのに対し、恋人の飛躍が嬉しい聖南は満面の笑みで「さあ行くか」とばかりに弾みをつけて立ち上がった。  送信した自撮りの返事が秒で返ってきたのだ。深夜だろうが明朝までかかろうが、何時間でもご機嫌でカメラの前に立っていられる。 〝せなさんかっこいいです!! よければもう一枚ください(*≧∀≦*)〟  これに対する葉璃への返事は、成田に撮らせた気合いの入った全身バージョンだった。

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