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俺はちょっとだけ、人見知りを克服しているのかもしれない。
学校の先生だっていう風助さんが、「充分喋れてんじゃん」……そう言ってくれた。
緊張しぃなのは変わらないし、相変わらず知らないスタッフさんとかとは目を合わせて喋るのが苦手だけど、相手の顔が見えない電話なら少しは大丈夫なのかもって思わせてくれた。
嬉しかった。
風助さんにお礼を言うつもりが、逆に勇気と自信を貰ってしまった。
またお礼を言わなきゃだ。
ふふっ、でもきっと、あのつっけんどんな言い方で『んなもんいらねー』って言われちゃうんだろうな。
風助さんは、昔の聖南を知ってる貴重な人だ。
だからなのか、アキラさんとケイタさんみたいな親近感がある。俺が勝手にそう思ってるだけなんだけど。
俺は、こないだから少し機嫌がいい。
佐々木さん、恭也、聖南と俺の異色の四人でごはんを食べられて、風助さんにお礼を伝えることが出来て。
聖南とは変わらず仲良しで、毎日イチャイチャしていて。
合間にレッスンが入って大変だけど、お仕事もたくさんさせてもらえて。
まさか、聖南が持ってたあのリップクリームのCMに俺が出演するなんて思わなかったし、実感もまだ湧いてなかったりする。でもみんなが喜んでくれてた。
アキラさんとケイタさんがすごくすごく笑顔で喜んでくれてたのを思い出すと、俺もついついニヤけてしまう。
キラキラでかっこいいお兄さん達が、みんな揃って優しくてあったかい。
俺は幸せ者だなぁ……って、最近はヒマさえあれば目を閉じて黄昏れちゃうんだ。
「ハルポンどしたん? やけにニコニコしてるやん」
「えっ」
少し早めに事務所のレッスンスタジオに居た俺は、ルイさんから顔を覗き込まれてビクついた。
スタジオに入ってきた気配も足音も聞こえなかったなんて、俺ってばかなり鈍感だ。
「び、ビックリしたぁ。ルイさん早いですね」
スタジオの丸時計に目をやると、まだレッスンまで一時間近くある。俺は聖南の仕事の都合で早くに家を出なきゃいけなくて、だからこうしてぼんやりニコニコしてたんだけど。
俺と恭也が、ルイさんを交えた午前中にレッスンが入るようになって一週間。ルイさん一人の時もほぼ毎日午前中はレッスンが入ってるって聞いてたけど、いつもこんなに早く来てたのかな。
「俺な、昔からのクセで朝が早いんよ」
「そうなんですね。何時に起きてるんですか?」
「六時」
「えっ!? 毎朝ですか!?」
「そうや。俺のモーニングルーティン聞きたい?」
「あっ、……はい。……聞きたいです」
「なんやその間は! 絶対興味無いやつやん!」
「ププッ……!」
全然興味ないこともないんだけど、わざわざ聞くほどでは……って感じだった。
俺はウソが下手だから、すぐにそれがルイさんにバレちゃっておでこをツンとされてしまう。
体が大きい人は、比例して手のひらも大きいってことはアキラさんで確認済みだから、ルイさんの「ツン」も俺にとっては「ドゥン!」ってくらい痛い。
おでこをさすりながら、〝身長差考えてくださいよ〟と文句を言おうとした俺より先に、ルイさんがドヤ顔でモーニングルーティンを語り出した。
「まずな、目覚ましかけんと大体六時前後に目が覚めんねん。そんで起きたら歯みがきと洗顔して、ジョギング。これで完全に頭起こすんよ」
「え、毎朝走ってるんですか? ちなみにどれくらい?」
「十五分から三十分いうとこかな。そんな長いこと走らんのやけど、俺の体にはちょうどええんよ」
「へぇ! 走ったあとは何するんですか?」
「……ハルポン、俺のモーニングルーティンに興味湧いてきてるやん」
「あっ!? ホントだ! なんでですか!」
「知らんよ!」
ツッコミついでにもう一回おでこをドゥン! されそうになって、慌ててガードする。人差し指が不発に終わったルイさんに、俺は無言で得意気な顔をしてみせた。
「よけるなや」
「うっ!」
すると今度は、諦めるかなと思って油断してた俺のほっぺたが餌食になった。
両サイドから俺のほっぺたをプニッとつまんだルイさんが、「家帰ったら、……」と話を続けながらニヤリと笑う。
「家帰ったら、とりあえず朝メシ作る」
「え! ルイさん自炊してるんですか!?」
「言うたことなかった? 俺みそ汁はかつお節といりこで出汁取って作るよ。おかずは大したことないけど」
「だ、ダシから!? えぇっ!?」
「食わしたってんから朝メシ作れ! 言うてな、ばあちゃんがうるさかったんよ」
「あ、あぁ……っ」
……そうなんだ。
ルイさんは一人暮らしする前、おばあちゃんと暮らしてたんだもんね。
夜のお店で働いてたおばあちゃんが、ルイさんに朝ごはんの支度を任せてたんだ……。
俺は生前のおばあちゃんと一回しか会ったことはないけど、病室で二人が交わしてたやり取りは全部聞いてた。
文句の言い合いに聞こえたそれだけで、ルイさんとおばあちゃんがとっても仲良しなのは分かっちゃったくらいだ。
亡くなって一ヶ月くらいは、無理して笑ってるように見えたルイさん。俺がもっと気を配ってあげなきゃいけなかったのに、ヒナタの件で忙しくて自分のことでいっぱいいっぱいになってしまっていた。
あれからルイさんは全然弱音を吐かない。
元々そういう人じゃないっていうのもあるんだろうけど、それにしても一人で溜め込んでるんじゃないかって今さら心配になってきた。
薄情な俺のほっぺたくらい、いくらでも摘んでていいよ。
「……ばあちゃんってワード出すん迷ったんやけど失敗したな。ハルポンがそないな顔することない」
「でも……」
俺がしょんぼりすると、すかさずルイさんが明るく笑いかけてくれる。
「あれからもう三ヶ月や。結構復活してるやろ、俺」
「……でもルイさん、寂しいの隠す人ですもん……」
「ん~……そうかぁ?」
「そういえば俺、ルイさんのおばあちゃんに会いに行ってないなぁ……」
「いやもう空の上やから会えんよ?」
「ち、違いますよっ! お線香上げに行くって言ったのに、まだ行けてません……。年末はちょっと俺がバタバタしてたんで、うっかり……」
おばあちゃんと親しかった社長さんは、何回かお線香を上げに行ってるらしい。
でも一晩中ルイさんに付き添ってた俺は、まだ一度も……だ。うっかりじゃ済まない。
色々片付いた今なら、何とか時間作って手を合わせに行ける。いや、行きたい。
ルイさんが仲間になって俺も嬉しいですっていう報告と、ルイさんをこんなにまっすぐ(たまにすごくイジってくるけど!)育ててくれてありがとうございますって感謝を、どうしても伝えに行きたい。
「ルイさん、俺……行きます。絶対行きます」
「気にせんでええよ。ハルポンはまだしばらく忙しいしな。直近ではほら……CMの撮影もあるし」
「そうですけど、近々絶対に行きます。気になったらものすごく気になってきました」
「そら嬉しいんやけど……ハルポン。〝頭痛が痛い〟みたいなこと言うてるの気付いてるか?」
「なんですか、それ」
「ぶはっ……!」
俺が真剣に話してるのに、どうして吹き出すの。
ハルポンはええ子やなぁ、って笑顔で頭を撫でてきたけど、今のどの辺に〝ええ子〟要素あった?
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