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「そういや企業との打ち合わせてもう済んだんか?」
「それが……今日なんです」
「今日の午後イチて事?」
「……そうです」
ほぉ、と頷いたルイさんに、俺はとある事をお願いしたくてウズッとした。
どうしよう、なんて言おう、と頭の中でうまい台詞を考えてたところに、ルイさんの方から願ってもない言葉が飛び出した。
「それ、俺もついて行ったらあかんかな」
「え!? 来ますか!? ルイさんも来ますか!?」
「なっ……、えっ? ハルポンえらい剣幕やな。そない目見開かんでも」
「だって……!!」
俺はまさに、それをお願いしたかったんだ。
床に座ってシューズの紐を結んでるルイさんにズイッと近寄った俺が、鬼気迫る顔をしてたのか珍しくあのルイさんが若干引いている。
今日の午後一時、コンクレの本社に行って撮影に関する話をするってことが昨日の夜、急に決まった。
聖南の話によると、企業側、俺、撮影スタジオの兼ね合いでギリギリになるかもしれないと伝えられてたらしいんだけど、ほんとに急遽だった。
レッスンが終わったらフリーだし、三人でごはんでも食べに行こうかな〜なんてウキウキしてた気持ちがサッと引いた。
さっき黄昏れてたのも、ちょっと現実逃避に近かった気がする。
「来てほしいんか?」
「……はい。恭也にもお願いしようと思ってました……」
「そうなんや。でも林さんついてるんやないの?」
「そ、それはそうなんですけどっ。あっ、林さんだけじゃ心細いとかそういうわけじゃないんですよっ? えっと……なんて言えばいいのかな」
これを言うと、久しぶりにルイさんの口から「甘えん坊や」って揶揄われちゃいそうで、なんとなく言い出しにくい。
俺の付き人でいた頃、ルイさんは俺の人見知りがマジだって認めてくれて以来、積極的に手助けしてくれていた。
だから今回もそれが原因だと思われてるけど、……それは少し違う。
「そんじゃまぁ、ETOILE三人揃って出向いたろやないの!」
「ほ、ほんとですか!」
「いやまだ恭也の返事聞いてへんから何とも言えんけど」
「糠喜びさせないでくださいよ!!」
パン、と手を打ったルイさんの言葉に目を輝かせた矢先、落胆させるようなことを言われた俺はショボンと猫背になった。
「なぁ、ハルポンどないしたん。年末くらいからスタッフとのやり取りもうまいことやれてたやん。今もまだ緊張するんか? 林さんおってもダメなくらい?」
「い、いえ……あぁいや、緊張はします。これは多分もうしばらく治らないと思います。でもちょっと今回は……ほんとに……」
「歯切れ悪いなぁ」
そんなこと言われても、二人について来てほしい理由は自分でも〝甘えてる〟と思っちゃうような事なんだ。
打ち明けたとしても、きっともうルイさんは俺のことを揶揄ったりしない。
……分かってるんだけど……言い出しにくい……。
「お、恭也! おはようさん〜!」
得意のぐるぐる沼にはまり込みそうになった俺の隣で、ルイさんが入り口に向かって意気揚々と右手を上げた。
俺は確認する前から立ち上がり、恭也の到着を全身で喜ぶ。
「恭也! おはよっ」
「おはよう。二人とも、早いね。俺だけまた、除け者?」
「違うよ! たまたまだよ!」
「そやねん。俺はいつも通りなんやけど、ハルポンがえらい早よ来てニヤニヤしてたんよな」
「ニヤニヤ? 葉璃、良いことでも、あったの?」
朝一番の恭也は、特に喋り方がゆっくりだ。
磨きがかかってる強面イケメンもどこか眠そうで、高校時代もそういえば恭也は朝弱かったっけと一瞬だけ過去を蘇らせる。
そうすると、なんだかいても立ってもいられなくて、俺は恭也のもとまで走って行って抱きついた。……いや、正確には体にしがみついてぶら下がった。
「……っ、恭也〜〜っ!」
「わぁ、どうしたの」
「あ、ちょおハルポン! 俺にはそれせんかったやん! 恭也だけはずるいて! 俺にもして!」
「ちょっと待ってください、さっきのこと恭也にお話するんで!」
「ちぇっ。順番待ちしとくからな。あとから絶対せえよ」
「分かりましたよっ」
俺がぶら下がる順番待ちって意味が分からない。
でも今は、恭也に説明する方が先決だ。
タン、と床に足をつけて、恭也のジャージの胸元を握り締めた。
「……葉璃? 何かあった?」
「あのね、あのね、恭也は今日午後からフリーじゃん? 何か用事とか予定あったりする?」
「ううん。特に、無いけど」
「あ、あのね、あのね、今日俺、CMの打ち合わせがあるんだ。恭也がめんどくさくないなら、ついてきてくれないかなって思っ……」
「行く」
「食い気味やな」
ルイさんの呟きと同じことを、俺も思った。
けど優しい恭也のことだ。今日の俺達の仕事は午前中のレッスンだけ。俺がこんなお願いをしなきゃ、恭也はお家でゆっくりお休みを満喫出来てたのに……。
言ってしまったあとでぐるぐるするのは、俺の専売特許。俺をジッと見下ろす恭也は「行く」と言ったきりいつもの無表情だし、喋ってくれないと感情が読めないからどんどん不安になってくる。
「……恭也、無理してない? 「そんなの一人で行けよめんどくさっ」って思ってるんなら遠慮なく言ってね? だってせっかくのお休みなんだもん。滅多に無い明るいうちからのお休みって貴重だよね。俺めちゃくちゃ自分勝手だった。……ごめんね、恭也……」
「葉璃、待って。自己完結しないで。俺がそんなこと、思うわけないでしょ? そんなに必死で、お願いしてくるくらいだから、何か理由があるんだよね?」
「さすが恭也やな。何もかもお見通しってか」
うぅ……! 恭也は優しい。毎日優しい。
言葉足らずなうえにネガティブ発言を連発しても、イライラしないどころか俺の気持ちにぴったり寄り添って宥めてくれる。
俺と恭也は、ルイさんのそばまで行って床に座った。なんかグループって感じでいい。三人でのレッスン……楽しいもんなぁ……じゃなくて!
ほんわかまったりモードに入ろうとしてた俺を、恭也とルイさんが見つめてきてハッとした。
この空気……〝理由〟を話せってことだよね。
「じ、実は……」
「実は?」
「実は?」
「俺一人だったら、たぶん林さんに迷惑かけちゃうと思うんだ」
「…………?」
「どういうこと? なんで迷惑かけるて思うん?」
「企業の人から、商品のこととか撮影の流れとかどんなCMになるのかっていう大まかな流れとか、今日いろいろ説明されると思う、んだけど……俺……理解できる気がしなくて……」
「えっ」
「んっ?」
ほんとは、この仕事にゴーサインを出した聖南について来てほしかった。でも聖南は今頃、隣の県で番組ロケの真っ最中。帰りは夜中だって言ってた。
わざわざ口添えしなくても、コンクレの人たちは俺の性格を見込んでオファーしたらしい(これがよく分からない)から、心配要らないぞって聖南は笑って言ってくれたんだけど。
俺はそっちの心配じゃなくて、自分の理解力が不安でたまんなかった。
何せ初めての仕事だから。
「ふ、二人がついて来てくれたら、林さんにも、スタッフさんにも、企業の人にも、迷惑かけないで済むと思う。二人はすっごく頼りになるから、俺が理解できなかったことを二人になら後で聞ける、し……」
「うん」
「うん」
「二人なら、ETOILEの仲間だから付き添いで来ましたって言い訳もきくかもしれない、じゃん……?」
「……うん、分かんないけど」
「……うん、せやな」
俺が話してる間、二人はかなり神妙な顔をしていた。時々顔を見合わせたりもしていた(やっぱ仲良しだ!)けど、林さんの意見も聞かず俺たち三人は揃ってコンクレの本社に出向くことが決まった。
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