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ちょっとずつでも成長してるのかも、と俺っぽくない自信をつけると、仕事への向き合い方が少しだけ変わってきた。
仕事をもらえて〝ありがたい〟から、〝緊張するけど楽しい〟って、前よりもっと思えるようになった。
と言っても、場数が足りない俺はまだまだ経験不足。
緊張するイコール頭が真っ白になるってことだから、知らない大人がたくさんいる場所でいろんな情報を見聞きするのは、俺にとって難易度が高すぎる。
きっと説明された半分も理解できない。そんなこと言えるはずもないのに、記録のために動画を撮らせてもらいたいとすら思ってた。
二人がついて来てくれると分かってからは不安が一切無くなって、レッスンに身が入りそうだと現金なことを思った。
もちろん、ぜんぶ甘えるつもりはない。でも〝がんばらなきゃ〟に気持ちを切り替えられたのは、他でもない二人が笑わないで俺の話を聞いてくれたおかげだ。
「ハルくん、恭也くん、ルイくん、おはよう~」
「おはよう、みんな。さっそく始めるかー」
そうこうしていると、林さんとレッスン講師が九時五分前にスタジオにやって来た。
輪になって柔軟体操をしてた俺達は、それから休憩を挟みながらみっちり二時間半動いて汗を流した。
三人体制でのETOILEの、それぞれの立ち位置も決まった。
恭也は俺の左隣、ルイさんは右隣。
俺が真ん中だなんて恐れ多いと思ったんだけど、恭也とルイさんの背丈がほとんど同じだから正面から見ると何気にバランスが取れている。
ルイさんは、これまでのシングル曲三つとカップリング収録の二曲、計五曲の振付けをたった半月で体に入れていてレッスンもスムーズだ。
実際に収録やライブで歌う時用に、ルイさんのパート割りはもちろん考えてるって聖南は言ってた。
今はまだダンスのみだけど、来月には歌いながら踊るレッスンも入るみたいだから、今よりさらにルイさんが仲間になった実感が湧くと思う。
俺、もしくは恭也が歌ってたパートを、ルイさんが歌うなんて楽しみで仕方がない。
鏡の前で三人並んで踊ってる時だってそうだ。
── ETOILEに仲間が増えた。
レッスン中、俺は一人で胸を熱くしていた。
右も左も分からなかった頃、恭也と二人でたくさん励まし合ってたのを思い出して。
デビューから二年目に突入して、少しだけ俺と恭也の気持ちも変化してきて。
そこに突然ルイさんが現れて、いろんなことがあったけど仲間になって。
二人が当たり前だったETOILEが三人に増えても、全然違和感が無くて。
メンバーの増減でファンをやめてしまう人がいるって聞くと、ほんのちょっと不安な気持ちにもなる。でも、新メンバーのルイさんが叩かれたら、たとえそれがETOILEのファンの人たちであっても俺と恭也はたぶん黙ってられない。
だって、断言できる。
〝俺たちの大切な仲間は、絶対にみんなを裏切らないよ〟って。
「── ん~、ここの動きがムズイんよなぁ」
レッスン終わり、講師が居なくなっても鏡の前に残ってたルイさんが、首をひねって唸っていた。
ラストに練習をしていた〝silent〟の上半身の振り(間奏部分だ)を、自分で動きを確かめながら何回もやり直している。
「えっ、じゃあ一回通して見せてください」
「そらええけど」
事務所に用事があると、講師と一緒にスタジオを出て行った林さんが戻るまで、ここには三人だけ。
恭也にお願いして音楽を流す機械を操作してもらい、俺は脇でルイさんの振りを一曲通して見せてもらった。
んー……何にもおかしいとこ無いけどな。
さっきからずっと、自分のはもちろん二人の動きも俺は同時に見てたけど、全然そんな風に感じなかった。
フォーメーション移動の確認も兼ねて練習してた俺と恭也は、遅れることなくついてきたルイさんに驚いてたくらいだ。
「どうやった? 振り、合ってるか?」
「合ってます。どこを難しいと思ってるのか分からないくらい、完璧に踊れてますよ?」
「ほんま? 恭也はどう思た?」
「違和感なく、踊れてます」
マジで? と言いつつ、納得がいかないのかルイさんは無音のなかでもう一回、気になる箇所の振りを鏡に向かって踊っていた。
どうしたんだろ。
俺と恭也も、レッスンの講師だってルイさんんのダンスに太鼓判を押したのに。
「ルイさん。腕伸ばして、捻って捻って、スッ、です」
レッスン中はおふざけモードを封印するルイさんの事だ。
ルイさんにしか分からない違和感があるんだろうと、俺はそっと隣に並んで振りを踊って見せた。
「おう。……こう、こう、こう……やろ?」
「うんうん。やっぱ全然問題ですよ。ね、恭也」
「うん。レッスン中、俺もルイさんのこと見てましたが、遅れもないし、堂々と踊ってるし、すごく努力されたんだなと思って、……ましたが……」
「恭也……」
俺が何気なく恭也を振り返って同意を得ると、それ以上の回答がきて面食らってしまった。
思ってることを口に出すのが苦手な恭也だけど、それをさらに上回る俺のために、デビュー前から対話の特訓をしていた成果が如実に表れている。
ルイさんとは色々語り合って仲を深めたって言うし、だからって恭也がこんなに素直に褒めてあげるなんて驚いちゃったよ。
「そんな大真面目に褒められたら照れるやん! レッスン中も見てたやなんて全然気付かんかったわ! ンもうッ」
「……先にトイレ、行ってるね」
俺にそう言っていそいそと出ていった恭也は、なぜか俯き加減だった。
面食らった俺と同じくらい、ルイさんも恭也の言葉を意外に感じたみたいで、茶化して照れを誤魔化してるように見えたんだけど……恭也ももしかして……。
「恭也……照れてた……?」
「ほんま二人はよう似とるなぁ。新メンバーいびりの一つでもしてくれたらええのに」
「えぇっ!? 俺と恭也はそんなことしませんよ!」
むしろ一番キライなことかもしれない!
いくら照れ隠しだからって、ルイさん節には付き合ってられない。俺の方が「ンもうッ!」だ。
「あ、ハルポン!! 待てい!!」
「はいっ?」
恭也を追いかけて行こうとした俺を、ルイさんが大声で引き止めた。
その声量にビックリして振り返ると、両腕を広げたルイさんから「ん」と一文字で喋りかけられる。
「……ん?」
「恭也にしてたやつ。ちゃんと順番待ってたんやぞ」
「あ、あぁ……」
忘れてなかったんだ、なんて軽口を叩いたら、今こそルイさん節が炸裂しそう。
すっかり忘れてたけど、怒ってるのか拗ねてるのか判断が難しい顔をして俺を見ているルイさんは、ぶら下がり待ちをしてたんだった。
「ハルポンはそこにおってな。俺はこう……離れとくから」
「……ルイさんのところまで走って行って、ぶら下がればいいんですね?」
「そうや!」
俺は、〝なんでそんなにぶら下がってほしいんだろう〟と不思議に思いながら、遠ざかったルイさんを見つめた。
「ほれ、ハルポンおいで!」
するとルイさんは、ワンちゃんでも呼ぶように広げた両手を揺すった。
漫画みたいに眩しい笑顔をニカッと向けられたら、無下にはできない。
なんだか無性に恥ずかしい気持ちのまま、俺は言われた通りルイさんのところまで走って行って懐に飛び込んだ。
「うぉ……っ!?」
「あ、ごめんなさ……っ」
ルイさんの体がわずかに向こうに仰け反った。
ぴょんっと弾みをつけてしがみついたから、ひっくりこけちゃうかもと俺も一瞬焦った。
「す、すみません……勢いつけ過ぎました」
「ふはっ、ええよ。コレ頼んだのは俺やし」
「……満足しました……?」
「あぁ、大満足や。ありがとうな」
「え……」
それに何の意味があるのかさっぱり分からなかったけど、しっかり重心を保って、俺をずり落ちないように支えてまでルイさんはぶら下がってほしかったらしい。
しかも神妙にお礼まで言われた。
……ぶら下がっただけで。
……うーーん……謎だ……。
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