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都会の真ん中にある十五階建ての大塚芸能事務所の本社ビルも相当立派なんだけど、コンクレの本社もかなりだ。
七階建てながら外側の壁に巨大なモニターがあって、社屋自体の横幅が広いからぱっと見ものすごく大きく見える。
そのモニターには、現在放送中のコンクレのCMや、商品の宣伝映像がひっきりなしに流れている。
大手企業だっていうのは知ってたけど、実際に本社に来たことも、そこで働いてる人たちも当然見たことがなかった俺は、恭也とルイさんに挟まれてロビーを抜ける前からプルプル震えていた。
「わぁ、豪華だなぁ! まさか恭也くんまでご挨拶に来てくれるとは!」
「すごい、本物だー! 恭也さん、こんなに上背があったんですね!」
「かっこいいー!」
「ちなみにそちらの方は? マネージャー……にしてはきらびやかですね。大塚のタレントさんですか?」
「あぁ、彼は……」
受付の綺麗な女の人から案内されて、六階の会議室に通されてすぐのこと。
首に社員証を引っ掛けたコンクレの社員さん六人(みんなめちゃくちゃ美人)が、さっそく恭也とルイさんに気付いた。
ちなみに二人の背後霊になってる俺は、到着早々この社員さんから「よろしくお願いします」と先に挨拶されている。蚊の鳴くような声で挨拶を返した俺に、噂通りだと言わんばかりにニッコリ笑ってくれたことからも、聖南が言ってたのは本当だったんだって分かった。
「この二人はハルのことが心配でついて来ました」って、社会ではまず受け入れられないような説明をした林さんに対し、コンクレの人たちはみんな「どうぞどうぞ!」とにこやかに迎えてくれてホッとした。
大塚の事務所にもあった長ーい机と、座り心地のいい椅子に俺たちが促されてる間、林さんが一番先頭に居た社員さんにルイさんについてを説明してたんだけど……。
「── えっ、そうなんですか! 分かりました。そのビッグサプライズはここだけの話ということに!」
「そうしてくださると助かります。何せこの事が業界や世間に漏れたら、プロデューサーが黙っていませんので……ははは」
「あ、あぁ……そ、そうですよね。あはは……」
林さんはルイさんのことを、まだ発表されていないETOILEの新メンバーだって正直に話しちゃったみたいだ。
大塚芸能事務所が極秘で動いてる事だから他言無用だって、〝セナ〟の存在を匂わせて口止めするくらいなら、「じゃあうまく誤魔化してよ」って社員さんは絶対思ったはずだ。
聖南自身の影響力と発言力はもちろん、そのバックには大塚社長と、広告代理店の次期社長である聖南パパが居る。
聖南パパのことは一部の人しか知らないはずだけど、知ってる人は知ってるもんな……。
だからその存在を匂わせた林さんは、かなりの強者と言える。
ただそれには林さんの熱い思いがあって、後から聞いた話なんだけど〝彼はもう僕が担当するETOILEの一員なんだから、ルイさんをスタッフ扱いしちゃいけないと思った〟んだって。
それを聞いて、「たしかに」と納得しちゃった俺だ。
「……では、ハルさんとETOILEのメンバーの方々はそちらに。マネージャーさんとスタッフの方々はこちらに掛けていただいて」
「は、はい」
ペコ、と頭を下げて、それぞれ促された通りの場所に腰掛ける。
見たことないくらい大きな白板を正面に、俺と恭也とルイさんは奥の窓際へ。入り口に近い方に、林さんと大塚の広報スタッフさん二人が並んで座った。
俺はてっきり林さんと二人で参戦するもんだとばかり思ってたのに、実際は事務所のスタッフさんも二人ついて来てくれた。
出来るだけ〝ハル〟と面識のあるスタッフを二名以上連れて行ってやってくれっていうのが、今日同行出来ない聖南の唯一のお達しだったそうだ。
「……あ、すみません。ありがとうございます……」
忙しなく動いてるコンクレの美人社員さんが、俺たちの前にピカピカのグラスと常温のペットボトルのお水を置いて回った。そうかと思えば、今度は白いホッチキスで綴じられた書類が全員の前に配布される。
わぁ……会議っぽい……。
本物の会議ってやつを知らないくせに、目の前に置かれた三点セットを見て固まった俺はすでに放心状態だ。
隣の二人から、そんな俺を心配する視線が飛んでくる。でも俺は目の前の、〝春の新作「潤いリップ」二種展開商品コマーシャルについて〟という文字を見て頭が真っ白になっていた。
今日はいいお天気。
暖房の機械的な風とは別に、窓から注ぐほんのりあったかい陽射しが俺の背中を温めてくれてるのに、指先が冷えてくる。
いつも通り、手汗はたっぷり。
「こちらが今回、ハルさんにコマーシャル出演をお願いした商品になります。さっそくですが、まずはプレゼンから始めさせていただきます。私、商品開発部の──」
薄暗くなった室内で、白板の前に立つお化粧バッチリな女性社員さん(ちょっと厳しそう)が、リップクリームを俺に手渡してきた。
聖南が俺にくれた、黒い筒状のアレと同じものだ。
えっ、と肩を揺らして固まった俺の代わりに、恭也がそれを受け取ってくれて、俺の前にことりと置いてくれる。
恭也ごめん……俺もう頭真っ白だ……。
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俺は、とんでもなく大きな企業の、大変な責任を伴う仕事を任されてしまった。
わざわざ白板に映してまで商品とCM撮影の流れを細かく説明してくれたのに、案の定俺は所々しか覚えてない。
コンクレは〝ジャパニーズブランド〟として海外でも人気の化粧品ブランド。発売された新作は、旬の女優さんを起用してのCMや雑誌に特集組まれたりも相まって、発売初日から爆発的に売れる。
……ってことは、そのCMに出演する俺に、あのリップクリームが売れるか売れないかの責任がドーンとのしかかってくる……そういう事。
最近は〝満島あや〟という清純派のタレントさんを起用していたらしいのに、どうしてか俺に白羽の矢が立った。
え、なんで俺に? 〝ハル〟の性格込みでオファーしたってどういう事?
……この謎はすぐに解けた。
「── 『僕を、私を、大胆にさせる』……」
このキャッチコピーが頭から離れない。
バラエティーに出演した時、大体俺は恭也の後ろに隠れてたり、コメントを求められたらネガティブ発言をして場を沸かせたり(?)している。
起用の決め手は、そんな俺の変わり身だったそうだ。
舞台袖で俺が俯いている映像(撮られてたの知らなかった)も何回かテレビに流れてるらしくて、かと思えばステージ上では人が変わる……まるで別人みたいに声も震わさずに舞うように踊ってる姿を観て、広報の人が俺を押してくれたらしい。
〝ハル〟は、ステージの上で輝いてるんだって。
最中に恭也と目配せしてる時の笑顔が、とっても素敵だったんだって。
いや全然そんなことないと思いますけど……メイクとか衣装でかなり垢抜けさせてもらってるけど実際はちんちくりんだし……と心の中で卑屈になってた俺の隣で、俺に甘い二人がうんうんと大きく頷いててちょっと恥ずかしくなった。
『来週末の撮影を楽しみにしております! ハルさん、どうぞよろしくお願いいたします!』
帰る間際に社員さん達からそう言って一斉に頭を下げられた俺は、どうしていいか分からずに誰よりも頭を下げて「がんばります」としか言えなかった。
その時やっと、やっと、実感が湧いていたからだ。
俺は、影武者や身代わりとはひと味違う、とてつもなく責任重大な任務を背負ってしまったんだって……。
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