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夜中まで聖南が帰らないと知った二人が、なんとごはんに誘ってくれた。
お腹空いた、なんて俺は一言もぼやいた覚えがないのに、恭也が素早くお店の手配を、ルイさんは車を出して送迎してくれることになった。
ほんとはまだ離れがたかったけど、ついて来てってお願いした手前もうワガママは言えないと思って我慢してたんだ。
だからすごく嬉しい。
三人での時間はあっという間に過ぎちゃって、別れ際とっても寂しくなるのが分かってるんだけど、楽しいひとときを優先してしまった。
だって俺、気付いちゃったんだよ。
「恭也、ええ店知ってるやん。うまそー」
「以前、映画の撮影してた時に、教えてもらったんです。とても美味しかったので、葉璃にも食べさせて、あげたくて」
「ははっ、そういうことか。俺もおるけどなー、二人っきりいうわけやなくてごめんなー」
「いえ。そんな風に、言わないでください。俺は、ルイさんとも、親睦を深めたいと……思ってますから」
「またそんなこと言うてんの!」
しゃぶしゃぶのお鍋がぐつぐつしてる向こう側で、恭也とルイさんがこんな会話をしていた。
「今日めっちゃ照れさすやん!」と満面の笑みで恭也の肩をバシバシ叩いてるルイさんに、「痛いです」と冷静な顔で返してる恭也だけど、ああ見えて全然嫌がってないのが俺には分かる。
「あ”ぁッ!! 恭也なにしてんの!? 全部入れたらあかんよ! それやと寄せ鍋になるやん! しかもこの皿の具材全部いこうとしてたやろ! 鍋が埋もれてまうって!」
「ダメなんですか」
「あかん! 肉もそんな一緒くたに入れたら灰汁がぎょうさん出て大変なことになんで! しゃぶしゃぶなんやからチマチマ食おうや!」
「でも肉団子と、とり肉は、先に入れないと……」
「そ、それは合うてる。団子ととり肉は頼むわ」
「分かりました」
「プッ……! あははは……っ!」
俺は思わず、っていうか我慢できずに爆笑してしまった。
面白い。この二人の会話、面白すぎる。
運ばれてきた具材を全部投入しようとした恭也も、それを慌てて止めてるルイさんも、どっちも本気だから可笑しくてしょうがない。
俺、恭也とルイさんが仲良しなところを見るの、好きだ。
ホテルで語り合ったって聞いた時も嬉しい気持ちになったけど、実際に目の前でそれを実感するやり取りを見てたら、さっきの会議の緊張がすっかり消えちゃった。
まだ事務仕事が残ってるからって残念そうだった林さんは、また次の機会に絶対誘うんだ。この二人の漫才みたいな会話を、林さんも交えて見て、笑いたい。
「てか全然飲み物こんやん。遅すぎひん? 恭也、ちゃんと頼んだんか?」
「え? ルイさんが頼んだんじゃ、ないんですか」
今度は飲み物がきてないって内容で会話が始まった。
俺は聞き耳を立てながら、メニュー表代わりの四角い機械に視線を落として〝ごはん〟の文字を探す。
俺と恭也は、会話が無くても一緒にいるだけでいいみたいなのんびりコンビだから、ルイさんの賑やかさはまだ正直慣れないところがある。
でもすごく楽しい。すっごく。
「はっ? なんで俺やねん!」
「だって、注文する端末持ってたの、ルイさんですよ」
「いや俺はトイレ行くから頼んどいてって言うて、端末は恭也に渡したで?」
「あ、そうだった。俺そのとき、電話きて、注文は葉璃にお願いした……気がする」
「えっ!?」
急いで顔を上げると、二人が俺をジーっと見ていた。
「ハルポン、俺喉カラカラや」
「葉璃、決定アイコン、押した? 選ぶだけじゃ、注文したことには、ならないからね?」
「い、いや、でも俺、注文する端末ってやつ持ってないよ! 恭也からお願いされた気がするのは覚えてるけど、でも……っ」
そうだった。ルイさんがトイレ、恭也が電話しに行ってる間、俺は数分間だけ一人になってお鍋を見張ってたんだっけ。
二人の会話楽しい〜! ってウキウキだった気持ちが、一気に〝ヤバイ〟に変わる。
「ハールポ〜ン」
スッと椅子を引いて立ち上がったルイさんが、テーブルを挟んだ俺のもとまでやって来ると、なぜかふわっと微笑んで顎クイしてきた。
「な、なんですか」
その呼び方と怪しいくらいの眩しい笑顔に、俺は瞬時に嫌な予感がした。
ルイさんがこんな顔して優しい声を出すなんて、何かある。
緊張が走った俺の手元を、ふと顎クイをやめたルイさんが指差した。
「ハルポンがさっきから熱心に見てるそれ、〝注文する端末〟やないの〜?」
「えっ、……あっ!」
「端末持ってるやないかぁ!!」
「わぁん! すみませんー!」
持ってた! 俺がこれ持ってた……! ってことは、飲み物の注文を任された俺はその任務を遂行出来てなかったんだ!
てっきりこれはメニュー表代わりの機械なんだろうって思ってたけど、注文もこれでするんだよね。
うぅ……こういう事はいつも、聖南がテキパキやってくれてるからなぁ……!
〝バレたら終わり〟の重大任務は失敗しないのに、注文一つできないなんて俺ってば……!
「サラトガクーラー楽しみにしてんやぞ!」
「なんですかそれ!? この時期にクーラーは寒いですよ!」
「ちゃうって! サラトガのアルコール度数ゼロバージョンや! こんな説明したってお子様なハルポンには分からんやろ!」
「何も分かりませんでした!」
「素直でよろしい!」
「ありがとうございますっ」
喉がカラカラらしいルイさんがお怒りだ。
それにつられて俺もテンションが上がっちゃって、しかも初耳の横文字をいっぱい言われて訳が分からなくなった。
最後に褒められたからまだしも、今みたいなルイさんの剣幕は知らない人からしたら怖いよ。……むぅ。
「あはは……っ! まぁまぁ、ルイさん、落ち着いて。葉璃も、ね」
恭也まで席を立って、ほっぺたを膨らませた俺のそばに来てくれた。
俺だって好きで間違えたわけじゃないもん。
ルイさんと恭也に挟まれる形になったけど、構わず俺は恭也にそう訴えた。
「恭也……ルイさんに怒られた……ちょっと間違えただけなのに……」
「そうだね。あんな大きな声、出さなくていいのにね。でもルイさんに、悪気はないからね。葉璃は少し、天然なだけだから、気にしなくていいよ」
「て、天然……」
「ほんま、ハルポンてたまにめちゃめちゃありえへん天然かますよな。思いっきし端末持ってんのに「持ってない」言うし。あれやな、眼鏡かけてんのに眼鏡探すタイプ」
「あはは……っ! たしかに!」
「ちょっと恭也! たしかにって何っ? たしかにって!」
あ、あれ……?
もしかして、二人が仲良くなったら俺がいじられ役になっちゃうの? ルイさんだけでも手ごわいのに、恭也まで加わったら俺どうしたらいいの?
いつも優しいけど、恭也は基本的に聖南みたいな思考の持ち主。
「葉璃が、必死で眼鏡探してる姿、目に浮かぶ! 可愛い!」とまで言って、ルイさんとケラケラ笑ってるよ。
ここに聖南が居てくれたら……いや、たぶん聖南も二人と一緒に笑ってるんだろうな。
そう考えると、どんな理由にせよみんながニコニコになるっていい。
天然も悪くないかも。
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