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煮えたぎったお鍋を囲んで、俺たちはひとまず食事に専念することにした。
この間は焼き肉、今日はしゃぶしゃぶだなんて贅沢ばかりしてる気がする。
でも……美味しい……っ。
箸が止まらない。
寄せ鍋でも何でもいいから早く食べたいって気持ちが伝わったのか、チマチマ派だったルイさんが俺の食べ方を見て積極的にお肉を投入してくれている。
「ハルポン……ほんまよう食うなぁ……」
「すごいですよね、葉璃……」
俺のことを天然だとか言ってカッコよく笑ってた二人は、自分たちの食事そっちのけで俺のことばっかり見ている。
二人も食べなよ、と言いたくても、俺はいま常に口の中に食べ物が入ってるから喋れない。
「あの特大のメシ何杯目?」
「三杯目、だったかな。お肉と、野菜は、もう何人前食べたのか、分かりません」
「フードファイターやん」
「ふふっ……」
俺の前に座ってる仲良しな二人は、お鍋の湯気で霞んでいても絵になる。
とっつきにくそうな強面イケメンな恭也と、どちらかというとタレ目で表情豊かな今風イケメンのルイさん。
その間に居るのが、ちんちくりん(俺)。
恭也とルイさんに華があり過ぎて俺の存在がまた薄くなっちゃうんだろうけど、その分二人それぞれの強烈なキャラでETOILEを引っ張っていってくれるに違いない。
俺は出来ることを精一杯やるだけだ。
学校の先生だっていう風助さんのおかげでちょっとだけ自信もついたことだし、毎日美味しいごはんをお腹いっぱい食べさせてもらえて、仲間はこんなにもあったかい。
今ここにはいない聖南も、CROWNのお兄さん達もみんな優しくて、俺はどんな時も心穏やかでいられる。
緊張しぃなとことか、本番前のイジイジとか、治さなきゃいけないところはまだいっぱいあるんだけど……。
それも、お仕事を頑張ってたら少しずつ出来るようになる気がする。
聖南とアキラさんが、同じような言葉で俺にそう言ってくれたもんな。
「そういやハルポン、CMの話やけど。バックショットは大丈夫なんか?」
俺の箸が止まったのを見計らったように、ルイさんがサラトガ何とかっていう飲み物が入ったグラスを、まるでお酒みたいにカッコつけて傾けて飲んだ。
……同い年にはとても見えない。
「バックショット……?」
って、何だっけ。
聞かれたもののすぐには答えられなくて、チラッと恭也にヘルプの視線を送る。そうするとすぐさま「背中側を、撮るってこと」と教えてくれた。
「そう。ハルポンの上半身裸体にNG出てるから、この仕事本決まりになんの遅かったんや。決まったいう事は絵コンテに修正かけてんのやろ思たら、バックショットに変更て。はじめに聞いてたんは鎖骨から上やったんよ。つまり前」
「そうなんですか?」
「あぁ。この話にゴーサイン出したんはセナさんやし、それはそれでええんやけど。ハルポンは大丈夫なんやろかと」
「うーん……大丈夫も何も、あの絵コンテってやつではそうだったんで……。決まったことだし……」
うっすら覚えている記憶では、CMの中で俺は上半身裸になる。左の横顔をアップで撮るから、見えるのはせいぜい首筋か肩くらいまでだ。
あの漫画みたいなやつが〝絵コンテ〟というなら、俺はルイさんが「大丈夫か」って心配してくれるほどの不安は感じなかったけどな。
スタッフさんやカメラに囲まれるのは、雑誌の撮影で少しだけ免疫がついてるし。
でももちろん、緊張はすると思う。
〝このいい匂いのするリップクリームが売れなかったら俺のせいだ〟って考えながら撮影に挑んでしまうだろうことも、想定内だ。
たった十五秒で、企業イメージと商品の良さを伝えるため、俺は言われた通りに仕事をこなす。
どういう気持ちでカメラの前に立つのが正解なのか、役者でもなければこういう仕事が初めてな俺にはそんなの分からない。
やらなきゃスイッチが発動してくれることを、ただ祈るのみ。
「まぁ、がんばるよ、……うん。二人が今日付き添ってくれたこと、無駄にはしない」
「頼もしいやん」
空っぽになって積まれたご飯茶碗を見つめて言うと、向かいでルイさんがニカッと笑ってくれた。すごく安心する笑顔だ。
事あるごとに「甘えるなや」って嫌味のように言ってた人とは思えない。
はじめは苦手でしょうがなかったけど、ルイさんの中身やダンスの技術を知ってくうちに、どんどん惹かれていったっけ……。
俺はたくさんいい影響を貰ってる。
ルイさんからも、恭也からも。
「綺麗に撮ってくれたら、いいですよね。あの絵コンテ通りに仕上がれば、商品イメージの〝ユニセックス〟も、キャッチコピーも、葉璃なら完璧に、表現できそう」
「まぁな。ハルポンやったら加工無しでもべっぴんさんになるやろなぁ」
「えっ? ゆにせっ……? 恭也、セッ……えっ?」
しんみりあったかい気持ちになってた俺の耳に、恭也の声で破廉恥な言葉が聞こえたんだけど。
恭也、今なんて言ってた?
俺ちゃんと聞いてなかった。
のんきに『デザート食べたいな』なんて考えてた俺は、いきなりのエッチな単語にドキッと肩を縮こませる。
「恭也、いまなんて言ったの? エ、エッチなこと言わなかった? CMの話してたのに、なんでいきなりそんな……え、え、エッチなこと……っ」
「…………」
「…………」
食べ終わった自分の器を端に寄せてる二人が、動きを止めて俺を凝視した。
あまりにも突然すぎる下ネタ話に、いるはずのないケイタさんの声で「なになにっ? 俺もまぜて!」という空耳が聞こえた。
だっていきなり……〝セックス〟なんて……。
恭也の口からそんな単語が出るなんて意外で、しかもどういう流れから下ネタに移ったのか分かんないから俺はドキドキが止まらないよ。
「……ユニセックス」
顔が赤くなってるのを自覚した俺に、恭也が真顔でもう一回あの単語を言った。
「な、えっ? うっ?」
「ハルポン、今の時代ユニセックスは普通やで? なんもおかしない」
「わわわっ……! ちょっ、ルイさんまでっ」
「プッ……!」
「あはは……っ!」
恭也と同じ単語を言ったルイさんまで、真顔だった。
二人からそんなエッチな単語を立て続けに聞かされた俺は、両耳を塞いで足をジタジタ動かして悶えた。
そんな俺を見て、またしても二人はケラケラ笑ってる。
おかしい……! これどういう状況なのっ?
「可愛いなぁ。葉璃、ドキドキしてるの?」
「うぅ……!!」
「単語出しただけであかんとは。そんなんいじめたなるやん。ネタ提供ありがとう」
「うぅぅ……っ!?」
ルイさん、ネタ提供って何!
可愛いなぁ、って微笑んでる恭也、いつから下ネタが平気になったのっ? さてはまた、俺を置いて男に磨きをかけてるなっ?
「俺たち二人、こっちの席で、正解でしたね、ルイさん」
「そうやな。もしくは三人並んであっちでも良かったんちゃう?」
「あぁ……どうしてそれを、もっと早くに提案、してくれなかったんですか」
「いや現実問題三人で並んで食うスペースあらへんやろ。ハルポンの前見てみ? あれこそフードファイターの証やで」
「あはは……っ、たしかに!」
何、何……っ? 恭也もルイさんも、どうして俺そっちのけで盛り上がってるのっ?
下ネタ話は終わったみたいなのに、俺は話についていけなかった。
二人が仲良しなのはいいことだけど……俺、ちょっと先行き不安になってきたよ……?
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