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43★5 CM撮影〜前日〜

★ ★ ★  俺と葉璃は、別々で雑誌の撮影が朝早くから午後にかけて行われるとあって、今日のレッスンは午後二時からになった。  これは予めスケジュールとして決まっていて、俺は男性ファッション誌、葉璃は女性ファッション誌の専属モデルとしてついさっき撮影を終えてスタジオに来たところだ。  葉璃はセナさんのお達しで成田さんが、俺には林さんがそれぞれ付き添ってくれている。  少し離れたところでの撮影だった葉璃からは、十分前くらいに『二時を少し過ぎるかもしれない』と連絡があった。  講師にその旨を伝えるため、俺と林さんは早めにスタジオに入ってお昼を取った。 「えっ……? 満島あやさんが?」  そろそろルイさんも来る頃だろうし、葉璃が合流する前にストレッチでもしておこうと立ち上がった俺に、林さんが思い出したようにしてオフレコ話を教えてくれた。  つくづくそういう話と縁があるなぁと思いつつ、何気なく聞いていたんだけど。  それは、もしタイミング悪く俺の口の中にお茶が入ってたら、思いっきり吹き出してたくらい驚きの話だった。 「そうなんだよ。ちょっと信じられない話だよね」 「……そうですね。普通は、来ない……ですよね」  なんと、明日丸一日かけて行われる葉璃のCM撮影に、一年前からコンクレの広告塔を務めている〝満島あや〟が見学に来るらしい。  林さんが言うように、にわかには信じられない話だ。  今回のリップクリームは、ユニセックスを強調したいからってことで葉璃が起用されている。前広告塔だった女優さんから引き継いで以来、これまでのコンクレの商品CMすべてに出演してきた満島さんには、思うところがあるのかもしれないけれど……まるで牽制じゃないか。  それを決めたのが満島さんなのか事務所の人なのか分からないけど、葉璃の性格を知っててわざわざ来るんだとしたら、かなり意地悪だ。 「その事、葉璃は、知ってるんですか?」 「いいや、まだ話してないよ。こんな事ハルくんの耳に入れたら余計緊張しちゃうんじゃないかと思って」 「ですよね……」  苦笑いを浮かべている林さんの懸念通り、俺もちょっとこの事を伝えるのは迷ってしまう。  知ってて言わないのも、伝えて怯えさせるのも、どっちも気が引ける。  こういう時は、葉璃の一番の理解者であるセナさんの意見が重要だ。  葉璃が到着する前に、耳に入れるか入れないか決めないと。 「セナさんは、知ってます?」 「どうかな、僕が知ったのが今朝だから。セナさんには成田さんが伝えてるかもしれないけど、分からない。少なくとも僕の口からは話してないよ」 「そう、ですか」 「あ、二時にアキラさんが事務所に寄るって言ってたから、話してみようか。明日のためにスケジュール調整してたくらいだし」 「そうですね」  林さんはそう言ってスタジオを出がてら、すぐにアキラさんに連絡を取り始めた。  そっか……明日はアキラさんもケイタさんも葉璃の激励に来るって言ってたな。  二人がそうなんだから、セナさんも当然スケジュールを調整して来るに決まってる。  言わずもがな俺とルイさんは撮影の最初から最後まで居るつもりだし、林さんと成田さん、事務所のスタッフさんも何人か同行してくれるはずだから、葉璃の援護は申し分ない。 「よぉ、恭也! ちっすちっす!」  賑やかな声に入り口の方を向くと、髪を後ろで一括りにしたルイさんが右手を上げて挨拶してきた。  わ、もう一時半か。  俺と林さんがここに来てから、一時間も経ってたんだ。 「……お疲れ様、です」 「ん、林さん誰と話してんの? えらい外行きの声で話してたみたいやけど」 「あぁ、アキラさんですよ」 「アキラさん? なんでまた?」  俺は、ルイさんになら話しても問題ないだろうと、満島さんの件を語って聞かせた。  不満な気持ちを抑えられなくて、いつもより少しだけ早口で喋った俺の言葉に、ルイさんはジャージのファスナーを上げる手を止める。 「── エッ!? そんなことあんのっ? うっわー……」  ドン引き、と言って顔を歪めたルイさんに共感した俺も、深く頷く。 「俺も、冗談かと、思いました」 「普通は来んやろ! 来たい言うてもコンクレ側が拒否るべきやと……って、そうか。現時点でも広告塔は満島あややから強くは言われへんのか……」 「…………」  そうなんだよ。俺もそう思ったから、林さんと苦笑し合ったんだ。  どんな理由(コンセプト)があるにせよ、広告塔である満島さんを押しのける形で起用が決まった葉璃を見学に来るなんて、コンクレサイドも難色を示したはずなんだ。  普通は「遠慮願いたい」と言うべきところを、どう言いくるめたのか定かでないけど満島さん側の意見が通ったって事は、確実に両間で何度かやり取りがあったんだと思う。  葉璃の性格上スタジオ内に満島さんの姿を見つけたら最後、ネガティブの沼に沈み込んで撮影がうまくいかなくなってしまうかもしれない。  否、葉璃じゃなくても、広告塔が目の前に居たら誰だって萎縮するでしょ。  俺が心配してるのは、満島さんの〝牽制〟で現場の雰囲気が悪くなることよりも、葉璃がしょんぼりしてしまわないか……これだけだ。 「ハルポン、相当ビビるんちゃう」 「……だと、思います。さすがに、コンクレのCMに出てた、満島あやさんのことは、知ってると思うんで……。撮影現場に、彼女が居るとなると、そりゃあもう……」 「勘繰るやろなぁ。今世紀最大のネガティブ発揮しそー……」 「はい……」  ルイさんも、俺の拙い説明でよく分かってくれていた。  満島さんが現場に居ることで葉璃がどうなってしまうのか、俺たちはどういう心づもりでいたらいいのか。  俺たちに背中を披露して、「ヘンじゃないかな」と不安がっていた姿を思い出すと、天然な葉璃なりに明日に備えて気持ちを作っているんだと俺は嬉しかった。  だから、それを邪魔されちゃ困るんだよ。  明日は葉璃を、綺麗に、可愛く、かっこよく撮ってもらって、完成したCMで世間をあっと驚かせなくちゃならない。 「それにしても、どういうつもりで来んのやろ。満島あや一人で来るわけちゃうやんな? 事務所総出で来たりして」  俺の沸々とした思いは、ルイさんにもきちんと伝染していた。髪を結び直しながら、ルイさんが真顔で鏡越しに俺を見てくる。 「そうだとしても、こちら側も、かなりのメンツが出向くんで……」 「あっはっは……っ! そうやったな! 社長も行く言うてたし!」 「あ、そうなんですね」  それでアキラさんに電話してんのか、と林さんの動向に合点がいったルイさんは、いそいそとシューズを履き替えて豪快に笑った。  すごい……社長まで来てくれるのか。  それなら百人力どころか千人力だ。  まさかの事態に、俺は内心でほんの少し不安が湧き上がったものの、それは一瞬にして立ち消えてしまった。  セナさんと葉璃にこの事が知られる前に、なんとかしなきゃと焦った俺だけが知ってたんじゃ、こんなに気持ちは鎮まらなかった。  早めに情報共有した人たちには、俺も葉璃も、ものすごく精神的に支えてもらってるんだという事を改めて思い知った。

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