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♣ ♣ ♣  お兄ちゃんのフォローの甲斐あってか、レッスン中のハルポンはそない狼狽えてるようには見えんかった。  隠し事もウソもヘタクソなハルポンのことやから、平気なフリをしてたってわけでもなさそうやしひとまずは安心。  ただ、セナさんと話をしてから一気にネガティブが溢れ出して沼る可能性は捨てきれんが、アキラさんが言うてた通りそこからはセナさんの役目やと思う。  そんなセナさんは、今日は雑誌の撮影とロケが重なって午前様らしい。そういうことならメシ食うて帰ろうや、ってレッスン終わりにいつメンを誘ってんけど。  恭也は家の用事、林さんは明日の段取りやら何やらで残業。  晩メシは俺とハルポンの二人きりで行くことになってもうた。 「……ほんまにええんか? 明日大仕事が待ってんのやから、別に今日来んでも」 「いえ行きます! 行かせてください!」 「まぁ……ハルポンがええなら……てかセナさんが許可出してんのなら……」  メシ食うんはええとして、なんでかハルポンはばあちゃんに線香上げに行く言うて譲らんかった。  そんなん後から知ったセナさんにシメられるんは俺やねんから、出来ることならセナさんと来ぃやって言うても聞かん。  セナさんには連絡しました言うて、キラッキラな目で「さあ行きましょう!」て俺の背中を押すばっかり。  外泊禁止を言い渡されてる事やし、いくら相手が俺でもハルポンが他の男の家に行くなんてセナさんは許さんやろと思たんやが、頑固もん(ハルポン)に押し切られる形になった。 「今日は何の気分なん?」 「うーーん……なんだろ。そこまでお腹空いてないんで、パスタとかどうですか?」  林さんが恭也を送って行ったあと(恭也はむちゃくちゃ残りたそうやった)、俺はハルポンと更衣室に残って晩メシの相談をした。  線香上げに行くいうんは、そういえばこないだそんな話したっけとハルポンとの会話を思い出すと、そら引かんはずやと納得がいった。  ハルポンめちゃくちゃ気にしてたもんな。 「……ルイさん? パスタは嫌ですか?」 「んっ? あぁ、パスタか。ええやん。でも腹減ってないのにいけるんか?」 「パスタはおやつみたいなものじゃないですか」 「はぁっ!?」 「ちゅるちゅるって入る美味しい麺なので、おやつです。ラーメンだと重いし、うどんとかおそばは俺あんまり食べないですし……パスタがちょうどいいかなって」  いやいや、ちょうどいいって使い方間違うてへん?  そんでいざ行ったら三人前はペロッと食うんやろ?  ハルポンの「お腹空いてない」ほど信用できひんもんはないで。 「相変わらず謎の胃袋しとんな、ハルポン……」 「また俺を大食い扱いして!」 「なんで自覚が無いんか、俺にはよう分からん」  ほっぺた膨らかしてぷんぷん怒ってる意味も分からん。  セナさんも俺も恭也も、みんなハルポンを大食いファイター並みに食うって認識で、実際そういう扱いしてんのに自覚が無いってどういう事なん。  訳が分からん。 「あ、メシの前に社長に会うても構わん? ばあちゃんとこの店、結局社長が買い上げることになってな。書類をいくつか渡しときたいねん」 「えっ!? そうなんですか!?」  社長に渡そうと思てた書類があんのを忘れとった。  レッスン着の入った鞄の中でそれを見つけた俺は、立ち上がって目をまん丸にしとるハルポンを見上げて言った。 「ばあちゃん、遺言書を残してるって話はしたっけ?」 「い、いえ……そういう話は……」 「その遺言書に書いてあったうちの一つ。店の権利は大塚社長に譲り渡すって書いてあってん」 「えっ、でも買い上げるってさっき……?」 「社長がそれじゃ気が済まんのやと。俺には物件売買の難しい話はよう分からんのやけど、社長から〝ばあちゃんの墓を建ててほしい〟言われてな。そんなんばあちゃんは望んでへんかもしれんのに」 「お墓を……」  俺たちは会話しながら、レッスンスタジオから徒歩0分の事務所に向かっていた。  俺の一歩後ろを歩くハルポンは、やっぱりばあちゃんの話になると表情を曇らせる。そやから俺は、笑い話のネタとしてとある事をハルポンに教えたろうとほくそ笑んだ。  弁護士のおっちゃんから渡された遺言書には、三つ記載があった。店のことと、遺した金のことと、それからもう一つ。 「あとな、ハルポン。聞いてくれ。もう一つ笑える話あってん」 「……笑える話?」 「〝病室に来た彼女と結婚するなら、ばあちゃんの保険金全部つぎ込んで盛大な式を挙げてもええで〟、……やて」 「えっ!? そ、それって……!」 「そう、ハルポンのこと」  えぇっ、とさっきより目を丸くしたハルポンは、事務所のロビーに響き渡るほど仰天した。  笑ってもらおうとしたんやが、思てた反応と違うことに俺は内心で焦り始める。 「いやな、あん時のこと何回訂正しても無駄やってん。もうええか思てほったらかしにしてたら、弁護士にそうやって項目追加してんのよ。訂正印まで押してな。ハハッ、めっちゃ笑えるやろ?」 「…………っ」  俺がヒヨってしもた時、『気配消すの得意です!』と意味不明なことを自信満々に言うて病室までついて来てくれたハルポンが、ばあちゃんには〝彼女〟に見えてたんよな。  あそこなんや薄暗かったし、ばあちゃんはほとんど目が見えんようなってたし、ハルポンは華奢やしで、間違うてまうのはしゃあない三拍子が揃っててん。  それを俺は毎日訂正してたんや。ばあちゃんが起きてる時も、寝てる時も。  震えた直筆で訂正された遺言書を見た俺は、若干「ヤバ……」と苦笑いしたもんや。  ばあちゃんは、ハルポンを彼女やと誤解したまま逝ってもうたってことに気付いて、そやけど言わんかったら波風立てることもない……そんな風に考えててんけど。  しょぼんとしたハルポンを笑わせたいからって、つい口が滑ってもうた。 「……結婚式……ルイさんと……? え……?」 「いや笑い話やから! そない考え込まんといてくれ!」  あーあ、ハルポン……あかん方向に考えてもうてるやん。  思てたんと違う。まったくもって予期せん方に話が転がり出してる。  エレベーターを待つ間、俺はかなりおちゃらけた空気を消して、マジで笑い話のつもりやったと必死で訴えた。  こんなん誰かさんに誤解されたら敵わん。下手したらデビューの前に俺、干されてまうかもやんけ。  暗闇から恐ろしい顔してぬっと現れそうな〝誰かさん〟に怯えた俺をよそに、こんな時に限って大真面目なハルポンが「笑えません」と瞳を吊り上げた。 「笑い話って……おばあちゃんは本気だったんでしょ? 全然笑えないです。だってあの時、おばあちゃん言ってたもん……〝お前には家族が必要やからな、信頼できる人見つけたんならもう安心やわ〟って……」 「よ、よう覚えてんな……」

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