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 思いがけない、という言葉では足りないほど、声を裏返らせて驚愕した聖南へ葉璃はさらに続けた。 「このお家も知られてるかもしれないです」 「え、えっ、ちょっ……!?」 「どうしてなのか分かりませんけど、俺の住所が聖南さんのお家の隣だってことも知ってました」 「はぁぁっ!!??」  これほど吃驚したのも久しぶりなうえに、こう何度も声をひっくり返らせたのは生まれて初めてだった。  何かに触れていないと不安だったのか、聖南の手のひらで遊ぶ葉璃をぎゅっと抱きしめる。  だが落ち着かない。どんな醜聞を見聞きするより心がざわついた。  会う度、まったくもって聖南を諦める気配のない視線をヒシヒシと感じていただけに、あらゆる情報を知られているとなると気味悪さを超えて恐怖すら覚える。 「ちょっ、ちょっと待て。待てよ、待て……。あーっと……んー……」  聖南は葉璃の体を抱き寄せたまま、瞬きも忘れて考えに耽った。  レイチェルは、聖南をこっそり尾けていたのだろうか。しかし葉璃の話では、それだけでは得ることの出来ない情報まで知られているという。  確かに、葉璃の住所は同棲開始と同時に聖南たちが住まう部屋の隣に移した。  ひと月三桁の賃料であるそこは、まもなく一年が経とうとしているがほぼ使用されることはない。当初の名目そのまま、毎月着々と増えていく聖南と葉璃の第二の衣装部屋となっている。  借りっぱなしは勿体無いと渋い顔をする葉璃の言うことを、聖南は聞き流していた。それというのも、葉璃に依存気味である聖南へ〝ハルにも一人の時間を〟とのアドバイスを送ったのが、誰あろう社長だったからだ。  聖南は常に葉璃と共に居たいが、葉璃はどうだか分からない。社長の言うように、聖南には言えないだけで彼にも一人の時間を欲する時があるのかもしれない── そう考え、葉璃には両方の部屋のカードキーを渡してある。  今のところ使われた形跡は無いが、どれだけ葉璃が「勿体無いでしょ」と嫁感たっぷりに聖南を叱ろうと、いつかの逃げ場として使ってくれるなら何にも問題は無いと思っている。  だがもちろん、それを知るのは二人の関係を応援してくれている限られた者達だけだ。  聖南が絶対の信頼を置くその者達が情報を漏らすなど考えにくく、まず彼らにはレイチェルとの接点も見当たらない。 「何なんだ……? どういう事なんだ……」  聖南は葉璃の首筋に顔を埋め、苦しげに呟いた。  葉璃との二つの愛の巣はおろか、何故その関係までをもレイチェルが知っているのか。  どこから、どうやって、その情報を仕入れたのか。  どういう意図で、偶然出くわしたであろう葉璃にそれを問い質したのか── 。 「聖南さんが動揺してる……?」 「あぁ、しまくりだな。一旦落ち着くわ」 「はい。えっ……? 落ち着くってなんで俺の……っ、あはは……っ!」  見上げてきた魅惑の瞳にやられた聖南は、一度脳内をクリアにするため葉璃を構うことで正気を保つことにした。 「くっ、くすぐったいっ! 聖南さん、くすぐったいです! あはは……っ」  非常にベタではあるが、油断していた葉璃の薄い脇腹を、彼の目尻に綺麗な涙が溜まるまでくすぐった。  葉璃の笑顔と笑い声、直に感じる愛おしい体温は、疑念が渦巻き重たくなった聖南の心を容易く解してくれる。  背中を丸め、モゾモゾと体を這う聖南の手から逃れようとする葉璃を捕まえ、揃ってベッドの上に倒れ込んだ。  執拗にくすぐった後は、「聖南さんっ」と涙を浮かべて怒る葉璃の体をきつく抱きしめた。  足を絡ませ、自らの体内に取り込むが如く腕の中にしまうと、「もうしないから」と葉璃の逃げ道を塞いだ聖南の顔には優しげな笑みが乗っている。 「── よし、整理するぞ」 「はい……?」  悪感情に侵されそうになった聖南だが、葉璃との戯れにより〝狼狽えるな、考えろ〟と冷静さを取り戻していた。  笑い疲れた葉璃は脱力し、聖南の方を振り返りもしてくれない。が、それは自業自得である。  それならばと、聖南はひっしと葉璃を抱きしめて華奢な手のひらを握った。 「レイチェルは、俺と葉璃の関係を知ってて、そんでこの家まで特定してるって事?」 「そうです。……あっ、いや、特定してるかは分からないです。でも知ってる雰囲気をムンムン出してました」 「そっか。でもなんでそう分かった? レイチェルと会話したの?」 「……しました。引き止められたんで……」 「レイチェルに?」 「はい。お会いしたかった、って言われました」 「…………」  ── お会いしたかった、だと?  意味深だ。話を聞いているだけで寒気がする。  自分の居ないところで、葉璃が彼女と接触したというだけでも胸糞悪いのだ。引き止めてまで葉璃に口撃したと聞けば、すぐさま文句の電話の一つでもしたいところである。  とはいえ思いのほかケロリとしている葉璃の手前、個人的な感情は抜きにしてフラットな気持ちでいなければ、またもや愛しい人から引かれてしまう。  すぐに感情的になる、怒りっぽい彼氏ではいたくない。 「……それで?」 「聖南さんとどういう関係ですか、本当に隣同士に住んでるんですか、なんで〝ハル〟がこんな高級マンションに住めるんですか、って」 「それマジで知ってるやつじゃんな」 「ですよね!」 「葉璃、なんて答えた? その場には葉璃しか居なかったのか?」 「いえ……ルイさんと、社長さんの秘書の神崎さんが居ました」 「あぁ、秘書室で出くわしたんだ」 「そうです」  いったいどこでレイチェルと遭遇したのか気になっていたが、腑に落ちた。ルイが一緒だったのなら、葉璃が社長室に赴いたとしてもなんらおかしくない。  諸々の情報過多で、聖南は葉璃から届いた〝ルイの自宅に行きたい〟という趣旨のメッセージを受け取っていたことをすっかり忘れていた。  他の男の自宅に行きたいとは何事だ、しかもそれを恋人に申告するとはどういう了見だ、と一瞬だけ狭量さが顔を覗かせたものの、〝おばあちゃんにお線香を……〟などという律儀な文面を見てしまえば「行くな」とは言えない。  怒りっぽいうえに、友人(仲間)との付き合いまで制限するような束縛の激しい彼氏では、愛想を尽かされてしまう。 「あの……俺、すごく生意気なこと言っちゃったんで、火に油を注いでないといいんですけど……」  自身の器の小ささに苦笑いしていると、腕の中で身動ぎした葉璃が不安そうに聖南の方を向いた。 「へぇ? なんて言ったの」  葉璃が自分からそんな事を言うとは。  感情が爆発すると誰彼構わずブチギレる葉璃が、まさかレイチェルにもあの怒号をお見舞いしたのかと、聖南は興味津々で魅惑の瞳を覗き込んだ。

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