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❤︎ 聖南 ❤︎  アキラからその知らせを聞いた時、聖南は仕事中にもかかわらず〝今日は厄日か〟と重たい溜め息を吐いた。人目も憚らず「はぁ!?」と呆れ混じりの声を上げたのが、二度目だったからだ。  休憩中ではあったものの、スタッフが行き交うなか聖南はスマホを手にしばらく立ち竦んでしまった。  何しろアキラから連絡が入るほんの五分前に、今日は葉璃についてやってほしいと頼んでいた成田からも、現状では吉報とは言えない仕事が舞い込んできたことを告げられた。  それは、成田がわざわざ葉璃の目を盗んでこっそり聖南に連絡を寄越すほどの内容だった。  ひとまず保留にしておくよう伝えたはいいが、今断るのは状況的にあまりよろしくない。いつもであれば、「宣伝になるしむしろありがたい」と即決するような仕事なのだが、葉璃の大仕事を前に聖南は二の足を踏んだ。  葉璃の緊張癖が伝染してしまったかのように、明日が気が気でない。  とにかく何もかも、葉璃の撮影が無事に済んでからでないと── 。  そう考えていた五分後、仕事中は滅多に連絡をしてこないアキラから思いがけない情報を聞いてしまい、聖南はさらに頭を抱えた。と同時に、激しく憤った。  だがすでに〝見学〟についてを知っていたはずの葉璃はというと、聖南の心配をよそにそれほど気にしていない様子だ。  強がっている風でも、不安を隠している風でもないのは彼の瞳を見れば分かる。  葉璃本人が「ビビっていない」と言うなら……と、聖南がホッと一安心したのも束の間、重要な話があるからと風呂を急かされ何が何だか分からない。 「何なんだ、今日は……」  そういう雰囲気はナシでベッドで待つと言った恋人を待たせるわけにはいかないので、聖南は大急ぎでシャワーを浴び、寝室の扉を開けた。  するとそこには、確かにベッドで待つ恋人が居たのだが── 。 「…………っ?」 「聖南さん、怒らないで聞いてください」  目の前の葉璃から発せられた第一声で、呑気にタオルで髪を拭っていた聖南の顔が一瞬にして強張った。台詞もそうだが、扉を開けて真っ先に目に飛び込んできた葉璃の姿にも聖南はギョッとなっていた。  なぜなら、やたらと風呂をすすめていた葉璃が、いつからそうしていたのか神妙な面持ちでベッドの上で正座をしていたのだ。  ── やっぱ今日は厄日なのか?  葉璃の形相と声色から察するに、ほぼ確実に良い話ではない。  聖南はベッド脇まで歩みながら、葉璃に苦笑を向けた。 「……何、俺が怒るようなことしたの?」 「ち、違います! 俺は何にもしてません、たぶん!」  少し前にも似たような会話を交わした気がする。葉璃の慌てた様子を見て綻んだ聖南の苦笑は、その時点で鳴りを顰めた。  てっきり葉璃は、大人げないことを言い捨てた聖南がキレたのだと勘違いし、謝罪の意味で正座をしているのかと思ったがそうではなさそうである。  セックスを断られたことに対して拗ねていた気持ちは、やや熱めのシャワーの湯と共に流したために燻ってはいない。今日〝できない〟からと言って、いつまでも拗ねているはずもなかった。  かなり大袈裟に「傷付いた!」と大根演技をしてしまったのも、聖南が葉璃に気を許しているがゆえの甘えだ。 「じゃあ何、どしたの。正座までして。また葉璃ちゃんぐるぐるしてんのか?」  クイーンサイズのベッドの中央でちょこんと正座する葉璃のことが、理由はどうあれ可愛く映る。  聖南はゆっくりとベッドに膝を乗り上げ、畏まる葉璃の両頬を笑顔でおりゃおりゃといじってやる。 「むぅぅっ!! へなはんっ、やめれくらはいっ!」 「それならスッと言え、スッと。そんな引っ張る話でもねぇだろ?」  葉璃が緊張の面持ちで「重要な話がある」という時は、大体が聖南にとってあまりよくない話を聞かされることが多い。  しかしよくある勘違いパターンでもある。  何らかのきっかけでぐるぐるし始めた葉璃は、大抵が本質の斜め上辺りを突っ走り、ドギマギした聖南が真相を知るや拍子抜けする。今回もきっとそうだと、葉璃の頬を弄ぶ聖南はそう信じて疑わなかった。 「む、むぅっ!」 「どんな内容だか知らねぇけど、いっつもそうじゃん? 葉璃が話を引っ張れば引っ張るだけ、いざ聞いたら〝なーんだそんな事か〟って俺は逆に安心す……」 「れ、れれ、レイチェルさんにお会いしました!!」 「…………ん?」  頬に触れていた指先がカチンと固まる。  まるで予想だにしていなかった名前が出てきたが、聞き間違いだろうか。  その名を聞いただけで息苦しくなる聖南は、葉璃の両頬に手のひらを添えたまま硬直した。 「レイチェルさんに、お会い、しました!!」  聞き間違いではなかった。  用が無い限り自身の口から発することの難しい名を、彼にしては大きな声で、確実に聖南に伝わるようハキハキと語った葉璃は可愛かった。  「うん、……分かった。スッと言ってくれたんだな、葉璃ちゃん? ありがとな?」 「どういたしまして!」  そう、葉璃はいつだって可愛いのだ。  世間一般ではどれだけ〝美しい〟と形容されようと、聖南にとってアレルギー発症の要因である彼女は名前だけでもアウトだ。  その名を、葉璃が口にした。しかも「お会いした」と言った。〝お会い〟すれば当然、何かが起こり得る。  葉璃が正座待機し、「怒らないで聞いて」と表情を固くしていたという事は、聖南がそうならざるを得なくなるような〝何か〟があったのだ。  気は早いが、さっそくムカついてきた。  ムンっと鼻息荒く聖南を見つめる葉璃が、とにかくひたすらに可愛いのでまだ落ち着いていられるが。 「んーっと……。もしかして、その続きがあったりする?」 「あります! ここからが重要なお話です!」 「……なんだろ。寒くなってきたな」 「ぎゅー、しますか?」 「する」  よく分からないが、葉璃は〝話さなくては〟という使命感に燃えていて、体の芯からゾクッときた聖南に願ってもない提案をしてくれた。  前から抱きしめてこようとした葉璃の体を軽々と抱えた聖南は、胡座をかいた自身の足の上によいしょと乗せる。  愛おしい体を背後からすっぽり抱き竦めて満足した聖南を、思っていた〝ぎゅー〟とは違ったらしい葉璃が「えっ」と声を上げ振り返った。 「これでいいんですか? 背中寒くないですか?」 「葉璃ちゃんあったけぇから大丈夫。続きお願い」 「あ、はい……っ」  無表情で先を促した聖南は、ニヤけを堪えるのに必死だった。  ── 葉璃マジでかわいー……。普通にぎゅーっしてもどっちにしろ背中はガラ空きじゃん……っ。  葉璃は近頃、天然に磨きがかかっている。  そこが可愛くてたまらないのだが、愛おしい恋人がこれから話そうとしている内容は決してニヤけ面では聞いていられない。  腹に添えられた聖南の手のひらをツンツンしている葉璃がどんなに可愛くとも、口元を引き締めて先を待った。 「あの……すごく言いにくいんですけど、……」 「うん」 「レイチェルさんは、俺と聖南さんの関係を知ってるっぽいです。たぶん……」 「うん、……えっ!? はぁっ!?!?」

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