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「葉璃! 大丈夫!? 疲れちゃった!?」 「小休憩はちょこちょこ入ってるけどガッツリの休憩はあらへんからな。そらしんどいやろ」  だらしなく床に寝そべった俺のそばに、恭也とルイさんがしゃがんだ気配がする。目を閉じたままだから見えないけど、心配そうな二人の声が近い。 「満島さんが頭からいらっしゃってるからなぁ。予定では一時過ぎ……うん、まさに今くらいに来られるって聞いてたんだけど。随分早かったね」  少し離れた位置から、林さんのやれやれ声も聞こえた。  そういえば三人はどこから見てくれてたんだろ。  熊さんとの撮影に必死で、俺は三人の姿どころか満島さんさえ見つけられてない。みんなの言い方を借りると、撮影の序盤から〝牽制〟に来てるらしいのに、俺が気付いてなかったら意味無い気がする。  どういうつもりで異例の見学に来たのか分からないけど、俺は、コンクレの広告塔として恥ずかしいCMを作るなって意味の〝見学〟だと思ってる。  コネ起用だろうが何だろうが、満島さんが広告塔になってもコンクレ商品の売れ行きは好調らしいんだ。  それがポッと出の俺のせいで売り上げガタ落ち、なんて事になったら……そりゃあもう首くくらなきゃレベルでヤバイもん。  満島さんは不満を覚えてるんじゃなくて、不安を感じてるだけなんじゃないかな。 「それにしても、こんなに巻きで撮らないと、いけないもの? 満島さんは、ただ見てるだけ、でしょ? 葉璃は、一生懸命、やってるのに」 「肝が太いっちゅーか何ちゅーか、その満島あやが頭から来とるから撮影スタッフもピリピリしとんのやろな。いつものCM撮影と同じスタッフなんちゃう?」 「おそらくそうだろうね。そうでないとあんなに現場がピリつかないよ。それに、コンクレ側のスタッフもやりづらそうだよね……っと、ハルくん。ここで朗報。ケイタさんがもうすぐ到着だって」 「── えっ、ホントですかっ!?」  林さんの朗報に、俺はパチッと目を開ける。  天井の蛍光灯の明かりで一瞬視界が真っ白けになって何にも見えなかったけど、少しずつ恭也とルイさんの顔がくっきり見えてきた。  両サイドから、二人は俺を覗き込むようにして心配してくれてたみたいだ。 「あ。葉璃が、起きた」 「ほんまや。おはよう、ハルポン」 「へへっ……おはよ、です」  目を開けて一番に二人の顔を見ちゃった俺は、どうしてかヘラヘラしてしまった。  恭也とルイさんが居てくれて、ホントに良かったって。  きっと退屈だろうに、俺のために時間を割いてくれてる事が嬉しくてありがたいなって。  しかもケイタさんがもうすぐ到着。一人目の頼れる先輩が来てくれたら、もっともっと安心して撮影に集中できる。  もはや〝がんばる〟境地じゃなくなった。  巻きでも何でもいい。  熊さんがいよいよ顔を真っ赤にして怒りださないように、ちゃんと気を張ってないと。  俺が最後まで真剣に撮影と向き合ってれば、スタッフさんが怒鳴られる回数もきっと減る。 「ヘラヘラしよって」  ヘラっと笑う俺の左のほっぺたを、ルイさんがツンツンしてきた。直後、恭也も真似しておでこをツンツンしてくる。  くすぐったい。  二人の優しい気持ちを感じると、ニヤけた口元が治んない。 「可愛い、葉璃」 「あははっ。恭也、最近そればっかだね」 「葉璃が毎日、可愛いから。つい言っちゃうんだよ。もう少し、可愛さを抑えてくれたら、俺だってこんなに毎日、言わない」 「俺は可愛くないってば」 「そんなことない。俺は、葉璃の外見だけを見て、そう言ってるんじゃないの」 「卑屈ネガティブ野郎のどこが可愛いのか分かんないよ。変わってるね、恭也。恭也こそ人のこと言えないからね? 昔からうんと優しいし、見た目もどんどんカッコ良くなってる。俺のこと置いてかないでって言ってるのに」 「俺なんか、かっこよくない。ルイさんの方が、ずっとカッコいい」 「えー……」  恭也も俺と一緒で自分に自信が無い人だから、どんなに外見が変わってもそんなにすぐには周囲の評価を受け入れられないんだ。  比べるものじゃないけど、恭也が自然とルイさんを引き合いに出しちゃう気持ちも分からなくはない。  俺は、恭也には恭也のいいところがあって、ルイさんにはルイさんにしか無い魅力があると思うんだけど……でもやっぱり俺は、恭也の考え方にはすごく共感してしまう。 「急に俺の名前出さんといてくれるか。ラブラブな会話にあてられて胸焼けしてんねん」  ネガティブ思考な俺たちは、不毛な褒め合いをしたあと同時にルイさんを見た。  ルイさんはというと、スッと立ち上がって俺と恭也を見下ろしながら、こんな事を言ってニヤッと笑う。 「あんなぁ、お前らしょっちゅうそんな傷の舐め合いみたいなこと言い合ってるけど、聞いてんのが俺やなかったら「冗談じゃねぇ」言われてんで?」 「…………?」 「…………?」 「宝の持ち腐れやな。……いや、二人がこんな調子やから逆におもろいんか? なぁ、林さん。どう思う?」 「まさしく僕は、そう思うよ。二人はデビュー前からこの調子なんだ。よくも悪くも変わらないんだよ。僕はそこが二人の強みだと……って、アキラさんからも連絡きた。三十分後には着くって」 「えっ!?」  ルイさんと林さんの会話の意味がよく分からなくて、眠くなりそうだった。恭也のおでこツンツンも相まって、まるで催眠術でもかけられてるみたいに瞼が落ちかけていた。  そこに待望の、二つ目の朗報。  俺はまたパチっと目を開いて、今度は体ごと起こして喜びを爆発させた。 「わぁ、やったーっ! がんばります! もう少しがんばれる気がしてきました!」  嬉しいっ。嬉しい……っ!  アキラさんもホントに来てくれるんだ……!  二人とも忙しい人なのに……!  こんな時間に仕事が終わるわけないのに……!  スケジュールを動かしたっていうの、ホントのホントだったんだ……っ! 「ねぇ葉璃。俺たちだけじゃ、頑張れない?」 「そうやで。なんか……その喜びようにプチショック受けた俺がおる……」 「えっ!? いや、そんなことないよ!」  しゃがんで俺のおでこをツンツンしてた恭也が、いつの間にか立ち上がっていた。  床にペタンと座ってる俺の前に、腕を組んだ恭也とルイさんが並ぶ。  え……なんか不穏な空気。   「ふ、二人ともどうしたの? こわい顔して……」 「だって、飛び起きたじゃない」 「ケイタさんとアキラさんが来るってなったらそないに張り切れるんか……」 「俺とルイさんじゃ、葉璃のこと、癒やせない?」 「俺らもハルポンのこと応援しとるつもりなんやけど、足りんかったか? 何をしたらハルポンをバンザイさせられるん?」 「えぇっ!? ち、違うよ! バンザイしたのには別に深い意味は無くて……っ! ていうか、そんなつもりではしゃいだわけじゃ……っ」 「はしゃいだの?」 「はしゃいだんか?」 「うぅ……っ!! もうっ、二人は俺の気持ち分かってるくせにーー!!」  二人が意地悪だ!!  俺がどんなに二人の存在に助けられてるか、それを毎日毎日言葉で伝えてるわけじゃないけど、恭也とルイさんにはちゃんと伝わってると思ってたのに!!  俊敏に立ち上がった俺は、拗ねて楽屋を飛び出した。 「ヤキモチ焼きな仲間を持つと大変だね、ハルくん……」  後ろで今日一番の林さんのやれやれ声が聞こえたけど、振り向かない。そして、拗ねた俺の行き先は、陰キャが好む個室トイレの一番奥。  籠城するには格好の場所だ。  優しい先輩二人の到着が待ち遠しい俺は、すぐそばで仁王立ちした仲間の様子がおかしくなってる事に気付かなかった。  なんであんな事言うの?  俺はこんなに……こんなに、二人のことが大好きなのに。  先輩と仲間の大事さなんて比べようもないのに。  むぅ……っ!

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