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 恭也とルイさん、まだ怒ってるかな……。  謝っても許してくれなかったらどうしよう……。  え、待って……もし二人が俺のことを許さなかったら……ETOILE解散になっちゃう!?  どうしよう、俺のせいで……!  俺のせいでETOILEが……! 「── っっ!」  ケイタさんの反応が薄めなのも手伝って、終わったはずのぐるぐるが始まった。  俺はまた一人で突っ走ってることにも気付かないで、最悪の結末を想像して一人で愕然とする。  頭の中に〝どうしよう〟の渦が出来た。  目の前にケイタさんが居ることも忘れて〝解散〟に焦りだした俺は、めまいを起こしかけた。  フラついた体が前に傾く。  あっ、と左足を前に出したのと、ケイタさんが俺の両肩を支えてくれたのはほぼ同時だった。 「おっと……。大丈夫?」 「ハッ……! すみません……!」 「体調悪くなっちゃった?」 「いえ違います! ETOILEが解散の危機なんで、絶望しちゃって……!」 「えぇっ? ETOILEが解散って……ハル君、また妙な妄想してたなー?」 「うっ……」  あぁ……そうだ。俺、またやっちゃったよ。  〝どうやったら解散しないで済むか〟とまで考え出してた俺は、始まったぐるぐるが加速しちゃってて、それはケイタさんの言う〝妄想〟に過ぎないのに一人で嫌な汗をかいていた。  一度ネガティブ思考に入ると、こうやって誰かが止めてくれないと俺はずっと考え込んでしまう。  ものすごく笑いを堪えてる顔はしてるけど、ケイタさんが止めてくれて助かった。 「そのとんでもない妄想はちょっと置いといて。ハル君は、俺たちが来ることを喜んでくれたってことなんだよね?」  猫背で俯いた俺の頭を、ふとケイタさんがポンポンと撫でた。 「えっ、あ、……そうですね。せっかくお兄さん達が来てくれるならがんばろう、って気合いが入ってたので……」 「あはっ、なーんだ。そうだったの」  自分でも嫌になるくらいみっともない俺に、ケイタさんは他の誰も真似できないくらい優しい笑顔を向けてくれた。  聖南のアイドルスマイルを見慣れてる俺でさえ、わぁ、と見惚れちゃうほど惹き込まれるその笑顔。  ケイタさんが恋愛ドラマに引っ張りだこなわけだ。普段のキャラとのギャップもすごいから、視聴者さんも思わずキュンッてなっちゃうんだな。 「俺もアキラも気にしてたんだよね。ハル君の初めてのCM撮影でしょ? 絶対行かなきゃって勝手に来ること決めちゃったけど、俺たちが居たら逆にプレッシャーを与えちゃうんじゃないかって。本来ならセナだけが来ればいい話じゃん? でも俺もアキラも、どうしてもハル君の撮影を見届けたかったんだよね」 「そんな……プレッシャーになんてならないです。もしプレッシャーを感じるなら、共演する歌番組でもそうなっちゃうじゃないですか」 「あはは……っ、たしかに」  そのうえ、この気配り。こんなにもあったかい思いを、少しの迷いもなく直に伝えてくれる。  後輩だから、聖南の恋人だから、なんて見えすいた忖度を一切感じない。  常に笑顔を絶やさないケイタさんは、自他共に認めるCROWNのムードメーカーだ。  それがキャラだったら俺もどう接していいか困ってしまうけど、ケイタさんは裏でも全然変わらなくて。  笑い上戸だし、甘党が一緒なの嬉しいし、振付け指導に入ってくれた時は(滅多に無いけど)分かりやすくて最高の講師だし、出来ることならもっとケイタさんとお話してみたいって思ってたんだ。  俺と聖南の夜の話に興味津々なところだけは、参っちゃうけどね。 「あの、ケイタさん……ありがとうございます」 「いえいえ。なんでお礼言われたのかよく分かんないけど、どういたしまして」 「へへっ」  ケイタさんらしいや。  ほっぺたをツンと押された俺は、優しい先輩の満面の笑みで一気に絶望感が晴れた。  だって俺、トイレで籠城してたんだよ。撮影中に。  「仕事中に何やってんだ!」って怒鳴られてもおかしくないことをしてるのに、よりによって後輩の俺を励ましてくれるなんて……。 「ケイタさん、すみません。わざわざお仕事をずらして来てくれたのに、こんなつまんない話を聞かせてしまって……しかもトイレで……」 「あはは……っ! 今度はすみません、かぁ。ハル君は相変わらずだねぇ」 「うぅ……すみません……」 「ハル君と二人っきりで話す機会ってそうそう無いから、俺は嬉しかったよ。バンザイして喜んでくれたみたいだし?」 「あ、はい……はしゃいでしまいました……」 「あはは……っ、あの二人にとってはそれが面白くなかったんだろうけどね。俺は来て良かったと思ったなぁ」 「……撮影、まだ見てないのに……ですか?」  トイレで俺と話をしただけで〝来て良かった〟だなんて、良い人過ぎる。  メインは撮影のはずだから、恭也に託されたからって籠城仲間になってくれなくても良かったのに。  先輩との会話にはどう考えても不向きな場所だし……と俯きかけた俺に、ケイタさんは尚も笑顔を絶やさない。 「そうだよー。だって俺、撮影は心配してなかったもん。「見届けたい」って言ったでしょ?」 「あ……そういえばそうでした」 「ハル君はやる時はやる子だって知ってるからね。でも同時に、いざって時は必ずハル君のやる気を削いじゃう誰かが現れるじゃん。俺はそれが心配だったの。そしたら案の定、満島さんが来るって言うからさぁ。アキラもセナも居ないんだったら、俺が出しゃばってもいいかなーってね」 「ケイタさん……」  〝急いで来た〟理由を、あっけらかんと明かしたケイタさん。  嬉しかった。  やる時はやる子だって思ってくれてるなんて知らなかったから、すごくすごく嬉しかった。  ETOILEの加入メンバーオーディションの時の、珍しく笑顔を封印してたケイタさんの言葉が蘇ってくる。    〝俺はね、夢を追い掛けてる人、今までの努力を誇りに思ってる人、周りに謙虚な人が好き〟  俺がどれにあてはまってるのか、自分じゃ分からない。でもケイタさんは、間違いなくこんな俺をやる気のある子だと認めてくれてる。  ……嬉しくないはずない。 「さ、そろそろ撮影再開するんじゃない? 遅れたらあのカメラマンはうるさいから気を付けてね?」 「えっ、ケイタさん、熊さんのこと知ってるんですか?」 「あはははっ! 熊さんってもしかして瓜生さんのこと? 確かにあの人大柄だけど……プッ! 熊さんかぁ、そっかぁ……」 「…………っ」  個室から出ようと鍵に手をかけたケイタさんが、肩を揺らして笑っている。  しまった……熊さんは瓜生さんっていうのか……。  名前を覚えてなかったから、あだ名がポロッと出ちゃったよ……。  「ヤバイ」って顔のまま、俺はケイタさんをじわっと見上げる。すると直後、抱いた気まずさなんか吹っ飛ぶくらいのとっても興味深い話を聞かせてくれた。 「彼ね、こういうスタジオ撮影では有名な人なんだよ。俺も何度か仕事したことあるんだけど、あの人細かいでしょー」 「は、はい……! 俺、ちゃんと熊……瓜生さんの指示通りに出来てるか不安で……!」 「あの人の要求に応えてOK出てるなら、大丈夫だよ。編集にまで口出すうるさい人なんだけど、そのかわり必ずいいものが出来上がる」 「ほ、ほんとですかっ?」  熊さん……じゃなくて、瓜生さんはやっぱりストイックでプロフェッショナルな人だったんだ……!  たくさん注意されてるし、たくさん指示も出されてるけど、今のところ撮影自体は押してない。むしろ巻きで進んでるから、少しは安心してていいのかな?  ちょっとだけホッとした俺を、ようやく籠城してた扉を開いたケイタさんがにこやかに振り返る。 「俺の時計のCM、見たことある? 深夜帯に流れてる事多いから知らないかな?」 「あ!! あります! あの色っぽいCMですよね!」 「色っぽいかぁ、ありがと。その感想は嬉しいな。あのCM、瓜生さんが撮ってくれたんだよ」 「えっ!? そうだったんですか!」 「俺のキャラじゃないから仕上がりが不安だったんだけどね。瓜生さんの要求通りにやってたら、〝色っぽく〟出来上がってて評判もいい。他にもたくさんCM手掛けてるし、信頼出来る人なのは間違いないよん」 「そうなんですね……っ」  そっか、そうなんだ……!  瓜生さんがそんなにすごい人だと知ったことより、ケイタさんもお世話になったことがある人だってことの方に俺は安心感を覚えた。  不思議なもので、知ってる人の知ってる人だとイメージが随分変わる。  疲れ切って床にへばりついてた俺だけど、休憩明けが楽しみになってきた。  気合いが入ります、って言葉がウソになっちゃわないように、ケイタさんにまた「来て良かった」って言ってもらえるように、まだまだ撮影がんばろう……!

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