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45.5★1
★ 恭也 ★
俺は葉璃の性格を、セナさんの次に理解していると自負していたんじゃないの。
傷付きやすい葉璃が悲しむような事はしない。言わない。何なら俺が、遠ざける。
俺の中の優先順位トップは、葉璃。
かすみ草みたいに健気で可愛い葉璃の笑顔を見ていられるなら、俺はどんなに苦手なことでも克服して、二人三脚でやっていけるように努力する。
俺は、少しはにかんだように笑う葉璃の幸せそうな表情が大好きなんだ。
あの素敵な笑顔も、揶揄われてムッとした顔も、俺に会うと飛び付いてくる無邪気なところも、出会った頃から変わらないその性格も、すべてが大好き。
葉璃の笑顔を奪うものは、如何なるものであろうと許せない。
それくらい偉そうな気概があったのに、俺は今日、くだらない嫉妬心で葉璃を悲しませてしまった。
捉え方を少し間違えているだけ、小さな勘違いがとんでもなく大きく膨れ上がっているだけ……これは葉璃の通常でもあるんだけど、俺はそれさえ許したくなかった。
「── なぁ恭也。そない落ち込むことかぁ?」
「…………」
目の前の少し高い位置から、ルイさんが俺の顔を覗き込もうとしてくる。その気配を察しても、俺は赤色の奇抜なカウンター席で突っ伏したまま、なかなか顔を上げられなかった。
ここは、生まれて初めて入ったスナック。
ルイさんのおばあさん亡き後、ここはつい最近大塚社長の持ち物件になったらしい。
まだ潰す予定は無いから、掃除がてらルイさんが鍵の所持を許されているとか何とか、ここへ来る道中そんな話をしていた。
「恭也さーん」
「…………」
スタジオで解散となってしまって、セナさんに連れられて行く葉璃を見送った俺はガックリと項垂れていた。
怒涛のような撮影が終わった後。
私服に着替えて戻ってきた葉璃は、アキラさんとケイタさんに感謝の気持ちを伝えていた。それを黙って見ていた俺とルイさんには、涙目で「ごめんなさい」。
最初は、何のことだろうと焦った。ルイさんと顔を見合わせて首を傾げても、すぐには分からなかった。
お疲れさま、と労うべき俺たちにその隙を与えず、今度は「解散なんてしたくない」と顔をクシャクシャにして声を詰まらせた。
そこで俺は、気付いた。
葉璃はまた独りでぐるぐるしていたんだ。
ケイタさんが言ってた通り、俺とルイさんを「怒らせた」と勘違いした葉璃のぐるぐるが、あり得ない方へ飛躍していた。
俺は、そんな葉璃のことが可愛いと思う。けれど、俺自身が葉璃を悩ませてしまったとなると話は別だ。
「ルイさんは、気にならないんですか?」
「何がや」
「葉璃に、あんな可哀想な顔させて、悩ませちゃった事……」
連帯責任であるルイさんがケロリとしているのが、納得いかない。
ルイさんの嘲るような声色が、少しだけイラついた。
「ハルポンはいっつもあんな顔してるやん」
「してない! ……してない、ですよ!!」
脚の長い椅子から立ち上がりそうな勢いで、顔を上げた俺は大否定した。
何にも気に病んでいなさそうなルイさんが、そういう性格だっていうのは分かっているけど。
でも、だって、俺は無理だから。
たった一分、一秒でも、葉璃には悩んでほしくないと常日頃から思っているのに、俺とルイさんのつまらないヤキモチで葉璃は悲しんだ。
それがどうしても許せなくて。
俺と同じ気持ちになれとは言わないから、もう少し葉璃の気持ちを察してほしいと思った俺は間違っているのかな。
「うわぁビックリ。すんごい剣幕やな」
声を荒げた俺から視線を外したルイさんは、カウンターの向こうで何かを作りながら笑っている。
随分長いこと営業していなかったはずの店内は、物は少ないにしてもかなり綺麗な状態だ。
大塚社長の手に渡る前から、ルイさんが定期的にやって来て掃除をしているという話はどうやら本当みたいだ。
半ば八つ当たりのようになってしまい、俺は腰掛け直しながら心の中で〝落ち着け〟と唱えた。
ルイさんに自身の後悔をぶつけたって、仕方がないもんな。
「……まぁ飲みや。アルコールは入れてへんから安心し。俺のノンアルカシオレは美味いで? ベストバランスが体に叩き込まれてるからな」
「…………」
そう言って向かい側からグラスを手渡してきたルイさんは、すでに同じものを飲み始めている。
それは、オレンジ色と赤紫色の何か。
初見では口に含むのを躊躇われる色味だ。
「本当にお酒、入ってませんよね? カシオレって、カシスオレンジの事、でしょう?」
「そうやけど、リキュール使てへんからノンアル。このカシスシロップがええ仕事してくれんねん」
「…………」
途中でスーパーに寄っていたのは、これを俺にご馳走するためだったんだろうか……。
得意げな表情で「うまぁ」と溢しているルイさんを見ている限り、疑っているアルコール入りでは無さそう。
カシスがどんな味なのか知らない、リキュールとシロップの違いもいまいちよく分からない未成年の俺は、恐る恐るグラスに口を付けてみた。
「な、美味いやろ?」
「……ジュースですね」
「そら当たり前や」
「ふっ……」
アルコール入りを疑っていた俺は、ちびちび飲むにはちょうどいい濃さだという感想を伝えようとして、やめた。
よくよく話も出来ないまま、葉璃がセナさんと帰ってしまってガックリ項垂れていた俺を、ルイさんが見るに見かねて〝打ち上げ〟に誘ってくれたんだ。
八つ当たりも、連帯責任を押し付けるのも、よくない事だった。
「美味しいです」以外に、俺が言うべきことは無い。ルイさんの気遣いを無下にしちゃいけない。
ノンアルコールのカシスオレンジを頂きながら、俺は店内を見回した。
ここが、ルイさんのおばあさんが生前働いていたスナック……。
渋い赤色で統一された、お世辞にも広いとは言えない空間。カウンター席が八席、天井から吊るされた液晶テレビの真下に、連なったソファを隔ててのテーブル席が二席。
慣れた様子でカウンターの中に入って行ったルイさんも、きっと両手じゃ足りないほどおばあさんの手伝いに来ていたんだろう。
俺と同じノンアルコールを飲んでいるのが不思議なほど、そこに居るルイさんは大人びて見えた。
「あんな、ハルポンの事やけど」
「はい?」
飲み干したグラスに、二杯目の〝カシオレ〟を作り始めたルイさんがおもむろに口を開いた。
ちら、と俺のグラスの減り具合も確認した辺り、慣れている。
「俺は今日、正当なヤキモチ焼いたと思てんで」
「正当なヤキモチ、とは……」
「あそこまで先輩らの到着喜んでんの見たら、俺と恭也が妬くのなんか自然の摂理っちゅーもんやろ。俺はともかく、……いうてもだいぶショッキングやったんやが、恭也はその上をいっとったんやないの?」
「……そうですね。……妬きましたね」
「ほら見てみ。誤魔化しもせんと即答するやん。ま、俺もそうやっちゅーことや。平気なわけあるか、あんなこと言われて」
「…………」
ルイさんの言葉選びは、俺にはあまり馴染みのないものばかりだ。方言も、聞き取るのが大変な時がある。
ただ、今の発言で分かった。
葉璃との絆を深めていったルイさんも、分かりやすく項垂れた俺と同じくらい妬いていて、それと同時に顔には出さないけれどとても悔やんでいるという事が。
そういえば、葉璃から「解散」という言葉が出た時、ルイさんは頭を抱えていたっけ。
『あーそうかぁ、ハルポンはそこまでいくよなぁ。恭也、謝らないかんのは俺らやで』
〝葉璃に悪いことをした〟という気持ちでいっぱいで、俺はこのルイさんの後悔を聞き逃していた。
そしてこの時、俺の脳裏にふとセナさんの声が聞こえた気がした。
〝異常な友情ってそんな簡単に芽生えんの?〟
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