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「── はいっ、すみません! ……はいっ、すみません! 今出ます、すみません!」
七時二十五分。朝ごはんの食器を洗い終わったと同時に、俺のスマホが鳴った。
相手は、意外にも朝に強くて時間にうるさいルイさん。
今日は九時から三時間、大塚のスタジオでダンスレッスンがある。昨日までは不経済だけどタクシーで事務所まで行ってた俺を(バスとか電車は使っちゃダメなんだって)、今日はルイさんがはるばるここまでナビを頼りに迎えに来てくれたんだ。
「急がなきゃ……っ」
大急ぎで二階に上がって、レッスン着の入った大きめの鞄を肩に引っ掛ける。
急いでるあまり階段を転げ落ちたら大変だから、一旦立ち止まって息を整えた。さすがに家の階段をダッシュで上がると、焦りもあって呼吸が乱れる。
「……あれ、葉璃? もう出るの?」
その足音が聞こえたのか、すっぴんの春香がひょこっと部屋から出てきた。
「あっ、春香おはよっ。家の前にルイさんが来てくれてて……っ」
「え!? ルイくん来てるのっ?」
「うん、そうなん……うんっ?」
── ルイくんっ?
春香とルイさんに接点あったっけ? と、足踏みしながら思い返す。
……あぁ、そういえば何回か、ルイさん連れて相澤プロのスタジオに行ったことあったな。〝面識がある〟どころじゃないほど、ルイさんはmemoryのみんなと打ち解けていた。
あっという間に輪の中心人物になったルイさんは、俺が最初に予感した通り聖南に次ぐコミュ力高い系男子だ。
「ルイくん」と親しげに呼ぶくらい、春香の中でもルイさんの印象は相当良かったらしい。
「えー! それならそうと昨日のうちに言っといてよ! もう〜っ、私すっぴんなのにー!」
「い、いや別に出て来なくてもいいよ?」
「そうはいかないわよ! わざわざここまで葉璃を迎えに来てくれたんでしょっ? 姉として挨拶くらいしなきゃ!」
「えぇ……っ?」
すっぴんが気になるなら会わなくていいよって意味で気を遣ったのに……なぜか怒鳴られた。
足踏みをやめてポカンと立ち尽くした俺に、春香は「下で三分待ってて!」と言い残し部屋に消えてしまう。
「ホントに挨拶する気なの……?」
閉じられた扉に尋ねても、当然返事は無い。
よく分からないけど、俺は冷静に階段を降りた。ボーッとその場に居たら、次に春香と出くわした時が怖い。また怒鳴られちゃう。
同い年で姉も何もないと思うんだけど、俺が一時帰宅してからこの四日間、春香のお姉ちゃん風が何かと凄まじい。
「── よぉハルポン! おはよーさん!」
玄関を開けると、門扉の向こうからテンション高めのルイさんが満面の笑顔で右手を上げていた。
今日もいつも通り六時には起きて、毎日の日課を済ませてきたんだろうな。いつかにルイさんのモーニングルーティンを聞いていたから、このハツラツさを見ても何の違和感も覚えない。
「お、おはようございますっ! すみません、お待たせして……! 迷いませんでしたかっ?」
走り寄って詫びた俺に、ルイさんは「迷った」と盛大に笑った。
聖南とルイさんと俺の三人でご飯を食べに行った日に、住所は教えておいたんだけど。何せここは住宅街だ。
似たようなお家が同じような並びでたくさんあるから、ナビだけじゃたどり着くのは大変だったに違いない。
「ですよね、ですよね……! ホントにすみません! しかもこんな朝早くに迎えに来てもらって……っ」
「さっきから謝り過ぎやって。聖南さん直々に頼まれたことではあるけど、俺も嫌やったら来うへんし」
「すみませ……ンぐッ」
「謝り過ぎ」
「フン、フンっ」
長年の俺の口癖が、ルイさんの左手に封じられてしまった。
「すみません言うな」と念押しされた俺は、鼻息荒く頷く。自分でもしつこいって分かっていながら、止められなかったんだからしょうがない。
言わずにいられない、気が付いたら言っちゃってる……口癖ってそういうもんでしょ?
「ほんなら行こか」
「あっ、待ってください! 春香がその……挨拶したいみたいで」
「春香ちゃんが? 挨拶って誰に? ……もしかして俺?」
ルイさんの「なんで?」はごもっともだ。
俺から受け取った鞄を後部座席に置いてるルイさんに、ははは……と愛想笑いを返した俺も、春香の〝挨拶〟には首を傾げたもんな。
「……あっ」
「ルイくーん! おっはよー!」
扉を一枚挟んだここからでも聞こえた駆け足の勢いそのまま、春香はルイさん以上のハツラツさで玄関を飛び出てきた。
その勢いに、ルイさんの肩が一瞬ビクッと揺れる。
三分待ってと言ってたわりに、春香はメイクをしてない。すっぴんが嫌だって言ってたのに大丈夫なのかな。
「お、おぉ、春香ちゃんおはようさん。なんでマスクしてんの? 風邪予防? 喉潤してんのか?」
「やだもー! すっぴんだからよ! 見苦しい顔見せらんないもんっ」
あぁ、あのマスクはすっぴん隠しだったの。
さすがに三分でメイクはムリだもんね。って、よく見るとセミロングの今風の茶髪はサラサラだ。
春香……メイクは諦めて髪をストレートアイロンでツルツルサラサラにしてきたんだな。
少しでも自分を可愛く見せたいって、そういうところはホントに女の子って感じ。
ちなみに俺は、髪の毛ボサボサでもあんまり気にならない。周りのみんなの方が気になるみたいで、勝手に整えられることが多い俺は、性別どうこう関係なくただのズボラ……。
「見苦しいことあらへんやろ。瓜二つのハルポンがすっぴんやねんから、あんま意味ナイと思うで」
「どこが瓜二つなのよっ」
「瓜二つじゃないですよっ」
「へっ?」
いつもの調子でルイさんに地雷を踏まれた俺と春香は、それこそ双子ならではのシンクロを見せた。
何たって、双子が言われて嫌なことナンバーワンは「瓜二つ」。
「似てる」はいいんだ。自分たちだってそう思ってるし。
でも「瓜二つ」はダメ。
その二つの表現の差って大きいよ。
「いやいやいや、待て待て。双子て自分らを瓜二つやと思えへんもんなんか?」
「逆に聞くけど、ルイくんには私たちが瓜二つに見えてるの!? 見分けもつかないくらい!?」
「えらい(すごい)剣幕やな」
確かに……。
そりゃあ俺も「瓜二つ」はイヤなものだけど、春香ってばちょっと拒否反応が出過ぎてる。
ぴょんっと俺の隣に並んだ春香が、ルイさんにジャッジを求めた。
そんな春香の剣幕に圧されて、ルイさんがまじまじと俺と春香を交互に見やる。
何回も目が合っては外されて、俺の心に緊張が走った。
お調子者なルイさんが、万が一にも春香の地雷を踏むような軽口を叩かないか心配だ。
春香(女の子)は怒ったら怖いし、長引くし、大きな声で喚くし、とにかく総合すると「めんどくさい」に尽きるんだもん……。
お願いだから春香の機嫌を損ねるようなことは言わないで……と、俺はルイさんと目が合うたびに視線で念じた。
「……瓜二つは言い過ぎやったかもな。俺にはまったくの別人に見えとるよ」
「でしょぉ!?」
「おう。ほんまに同じ親から産まれたんか?」
「あはは……っ、ルイくん、それは言い過ぎよ! ウソくさくなっちゃうからやめてよねっ」
「ハハハッ、すまんすまん」
ルイさんの二の腕をバシバシ叩く春香は、大きく逸れたルイ節らしい冗談にゲラゲラ笑った。
そんなに可笑しかった? と失礼なことを思いながら、春香に叩かれて痛がるルイさんをしれっと眺めていると、俺にヘルプの視線が寄越される。
── 春香ちゃんめっちゃ叩いてくるんやけど。チカチカして地味に痛いねんけど。ジッと見とらんと助けてや、ハルポン。
あんまり見られないルイさんの苦笑いが、俺にはルイ節よりも可笑しくて笑ってしまった。
悪いなと思いつつ、屈託なく笑う春香もレアだからとすぐに止めに入れなかった俺は、後からちゃんとルイさんには謝っておいた。
思い出し笑いをしながら、ではあるんだけど。
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