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 通話の前に挨拶一つで悩んじゃったのも、なかなか連絡が出来なくて遠慮しちゃうのも、プチ遠距離恋愛ならでは。  言い出しっぺの俺が楽しまなくてどうするの。  一年前と同じじゃダメなんだよ。  『たまには葉璃から連絡してくれよ』って目の前で落ち込ませちゃうくらい、俺は聖南に何にも返してあげていなかったんだ。  一人でぐるぐるして、いっぱいいっぱいになって、聖南を守るための行動が逆に聖南を傷付けていた。  俺が聖南に不安を与えてしまったら、何もかも悪循環になる。  聖南はこんなにも目に見える愛情をくれてるんだから、それがたとえ形に残らなくても思いは返していかなきゃ。 「……聖南さん」 『ん?』  落ち着かなくて窓際に居た俺は、静かにカーテンを閉めた。それからベッドに移動して、俺の冗談にまだ小言を言ってた聖南に世間話を持ちかける。 「ちゃんと……ごはん食べてますか?」  離れてから、まだたったの二日しか経ってない。でも心配だった。  聖南は、仕事は完璧にこなす人。だけど俺が絡むと、一気に生存欲求ってやつがなくなっちゃうんだもん。  まるで、心配でしょうがない母親みたいな俺の言葉に、聖南が『フッ』と笑った。 『食ってるよ。でも隣に大食いのかわいー恋人が居ねぇから、何食っても美味くはねぇな』 「あはは……っ、俺のこと大食い扱いしないでくださいよ。でも、ちゃんと食べてるなら安心しました。ほっといたらコーヒーを主食にしちゃうじゃないですか、聖南さん」 『あぁ。一人になってぶっ倒れでもしたら、恋人からすげぇ怒られんの。目に見えて痩せねぇように、これからも気を付ける』 「ふふっ、そうですね。もし聖南さんが不摂生で倒れちゃったら、俺キレちゃいますからね」 『だろ? そう言う葉璃ちゃんはどうなの? しっかり食ってしっかり寝てるか?』 「…………」  優しい聖南の声に、思わずうっとり聴き惚れた。  何かを問いかける時、聖南は少しだけ声のトーンを下げる。意図的に優しい喋り方にもなってるそれは、テレビではあんまり聞けない調子なんだ。  たぶん、俺を怖がらせないようにっていう聖南なりの配慮なんだと思う。  怒ったり問い詰めたりしてるつもりはないのに、背が高くて威圧感がある分、言い方一つで聖南はいろんな人からビビられてしまう。  ホントは、俺に怒られないように食生活を気を付けるってナチュラルに言っちゃうくらい、すごく素直で可愛い人なのに。 『葉璃ちゃん?』 「あの、俺は……がんばってる、とこです。聖南さんが居ない生活に慣れることを、……がんばってます」  年下なのに生意気言っちゃったかも、と不安を覚えてた矢先、どんな時も俺にぐるぐるする隙を与えない聖南には正直に現状を伝えられた。  聖南が俺に、強がりを見せなかったからだ。  よくない冗談を言ったお詫びも兼ねてる。 『……そっか』 「まだ二日しか経ってないんで、やっぱりちょっと……慣れないっていうか。全然食べれないとか、眠れないとかじゃないんですけど、その……慣れなくて」  ── とは言いつつ、ストレートに〝寂しい〟とは言えなかった。  うまく変換した気でいた俺は、聖南の小さなため息を聞き逃すことが出来ず膝の上でひっしと枕を抱えた。  きっと聖南には、俺の下手くそな誤魔化しはバレちゃってる。 『そうだよな、……うん。俺も同じ。帰っても葉璃のこと抱き締めらんねぇから、家が無意味に感じる。出来るだけ外で仕事済ませて、夜中に帰るようにしてんだ。風呂入って寝るだけにしとけば、寂しい時間も少なくて済むじゃん?』 「……聖南さん……」  うん……。  うん……そうだよね……。  帰ってきたら、いつも俺にくっついて離れなかったもんね。  聖南が書斎で集中してる時以外、俺たちはほとんどの時間を共に過ごしてた。  隙あらば「葉璃ちゃん」と呼んで、唐突な「好きだよ」で俺を照れさせる聖南は、その時とっても幸せそうに八重歯を覗かせて茶目っ気たっぷりに笑うんだよね。  愛情過多な聖南とは常に触れ合っていて、それが当たり前になっちゃってたから俺だってすごく寂しい。  出来るだけ家に居る時間を少なくしたいっていう聖南の気持ち、痛いほど分かるよ。  二人の九ヶ月間の思い出が詰まってる部屋にひとりぼっちは……俺も耐えられないかもしれない。 『あ、そうそう。葉璃に言っとくことあるんだった』 「なんですか?」  しんみりしていたところに、突然聖南が声を張った。  いよいよ寒くなってきたみたいで、エンジンをかけた時に鳴る馴染みのある音が聞こえる。 『近々レイチェルと会うよ』 「えっ!? レイチェルさんと!?」  『寒っ』と呟いた聖南が暖房の調整をしてる姿を想像していたら、思いがけない名前が出てギョッとなった。 『もちろん仕事でな。けど状況が状況だから俺も我慢出来ねぇし、少し時間もらって話をしようと思ってる』 「えっ! で、でも取材入ってる最中ですよね? 大丈夫なんですか?」 『仕事だからな。プロモーションの打ち合わせが大詰めなんだよ。やましい事は何も無ぇんだ。カメラに入ってもらって堂々と撮ってもらうよ、ツーショット』 「そ、そうですか……」  忘れてたけど、俺は今日、聖南と通話したら密着の取材がどんな感じなのかを聞こうと思ってたんだ。  どこからどこまで介入するのか、聖南にも分からないって言ってたから心配だった。  当然打ち合わせはしたらしいんだけど、聖南がNGと言わなきゃ〝お疲れ様でした〟の瞬間までカメラがついて回るみたいで。  ……ってことは、聖南が拒否しない限りレイチェルさん絡みの仕事にも取材のカメラは入ってくる。そこだけNGを出したら、むしろ怪しまれてしまうし堂々としてた方がいいのは分かる、んだけど……。 『俺とレイチェルが話すの、心配?』 「あ、……いえ、……」 『又聞きが一番よくないじゃん。葉璃に誤解されたくねぇし、事前に伝えておこうと思ってな』  それは分かる。  俺のぐるぐるを一番面白がってるのは聖南だけど、同時に一番恐れてるところもあるから。  レイチェルさんと聖南が二人っきりで話をした、なんてことを誰か伝いに聞かされたら、脳がネガティブ思考に支配されてる俺は確実に誤解する。  こうして前もって聞いてれば、そりゃあ安心するよ。  でもそうなると、別の意味で〝心配〟になっちゃうな。 「あの……聖南さん」 『ん?』 「あんまり感情的にならないでくださいね」 『あはは……っ、そっちかよ。俺がレイチェルに怒鳴ったりしねぇか心配してたの?』 「はい。だって聖南さん、ただでさえレイチェルさんのこと苦手だとか言ってたでしょ? 面と向かって話すだなんて不安しかないですよ……」 『信用無えなぁ。大丈夫だって。レイチェルには最強の切り札握られてんだぞ。めちゃくちゃ腹は立ってるけど穏便に話すよ、穏便に』  さっきの生意気ついでに、俺は恋人ぶった。  だって聖南は、女の人相手でも容赦しない。  去年それを目の当たりにしてるからか、俺が釘を差しておかないととんでもないことになるような気がして怖い。  だけど聖南は、穏便に話すと約束してくれた。  何をどう話すのかは知らないけど、考えがあるんだと思う。 「そっか……。それを聞いて安心しました」 『話が終わったら真っ先に葉璃に連絡すっから』 「はい。……待ってます」  あんまりうるさく言っても、聖南の邪魔になるのはイヤだから信じるしかない。  俺がすべきことはまず、聖南がそばに居ない生活に慣れることをがんばる。それだけだ。

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