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「相澤プロのレッスンかぁ……」  それならそうとすんなり言ってくれたら良かったのに。妙な言い方するからハラハラしちゃったよ。  春香の相変わらずのテンションとドヤ顔に押される形になってしまったけど、敏腕マネージャーの佐々木さんが時間を調整してくれてるなら、俺が会いたくないと思ってるLilyの面々とは顔を合わせずに済む、かな。  だって……どんな顔して会えばいいの。  謝罪の場を設けるって聞かされてはいるものの、みんなが忙しくてそれどころじゃない。色々あってから一ヶ月以上顔を合わせてないのに、今さら俺一人であのメンバー達と戦うのはムリだ。  大塚のレッスンよりも長く通ってた相澤プロ。  不安材料さえ無ければ、春香の〝お願い〟に俺は二つ返事だったと思う。 「よし。そうと決まれば……」  来週のスケジュールを確認しておかなきゃ。  春香たちも忙しい身だから、レッスン日はきっと限られてる。  気が早いけど、俺は握ったまま離さなかったスマホを立ち上げた。林さんから頻繁に送られてくる、最新のスケジュールを確認するためだ。  甥っ子をアイコンにしている林さんの名前をタップして、画像を開こうと人差し指を画面に添えようとした、その時だった。 「わっ……」  カレンダー上にたくさん文字が書かれたスケジュールの画面が、急に切り替わった。と同時に、スマホが長く振動し始める。 「せ、聖南さんだ……っ」  心の準備ができてなかったから、俺は表示された綺麗な名前を見つめて何秒間か固まってしまった。  ハートマーク付きの文字が、「見てねぇで早く出てよ」とまるで急かしてるみたいに振動し続ける。 「うっ、あっ、えっと……!」  俺は、第一声を悩んだ。  仮にも先輩なんだし、「お疲れ様です」がたぶん正解なんだろうけど……聖南には「電話待ってました」って伝えた方が喜んでくれる気がする。  で、でも俺、そんなことを素直に言えるタイプでもないし……っ。  一緒に住んでる時は挨拶一つでこんなに悩まなかったのに……! 「も、もしもし……っ」 『おっ、まだ起きてたか! 良かった!』  切れちゃう前に出なきゃと慌てて通話を開始すると、聖南の大きな声が俺のぐるぐるを一瞬で吹き飛ばした。 『あ、もしかして起こしちまった?』 「いえ、起きてましたよ。……ふふっ……」  さっきまでこの部屋に居た春香も同じことを言ってたのに、二人の違いが顕著で可笑しくなってしまった。  俺が寝てようが寝てまいがズカズカ入ってくる春香とは違って、聖南はこうして気を遣ってくれる。  こんなにほっこりとした気分になるなら、〝聖南♡〟に急かされるままもっと早くにこの声を聞いてれば良かった。 『ん? 葉璃ちゃんなんで笑ってんの?』 「実は……さっき春香も同じこと言ってたんで、つい」 『あぁ、春香と話してんの? 俺と通話してて大丈夫?』 「はい、大丈夫です。嵐のように来て、たった今嵐のように去って行きました」 『あはは……っ、春香らしいな。まだノックと同時に部屋入ってくんの?』 「そうなんですよ。今日もそうだったんで注意したら、「そのセリフ懐かしい」って笑われました」 『あはは……っ!』  聖南は、笑い声までかっこいい。  実物は目尻が下がって細くなった目元と、チラッと覗く八重歯もセットでかっこいいんだけど、今は声しか聞けないのが残念。  ……なんて言っちゃうと、聖南はすかさず「ビデオ通話しよ」と切り出してくるから、口には出さない。  俺、薄くストライプが入った黄色いパジャマ姿だし。  もはや俺のものになった聖南のパーカー、一着くらい持ってくれば良かったって思ってるのも内緒だ。 『……っつーか、春香と話してたんなら余計なこと聞いてそうだな』 「余計なこと?」 『いや、何も聞いてないならいいんだけど』  楽しそうに笑ってる聖南が落ち着くのを待つ間、俺はなんだかジッとしてられなくて窓際に立った。  聖南の言う「余計なこと」を考えながら、カーテンの隙間から夜空を覗く。  春香から聞いた話で聖南に尋ねられるのは、これしかない。 「……聖南さんがうちに来て頭を下げたって話なら、聞きました」 『それそれ! ったく、口止めしとくんだったな』 「なんでですか! 俺、何にも知らなかったんですごく驚きましたよ!」 『わざわざ言うことじゃねぇと思ったんだよ。話を通したところで、葉璃は「行かなくていいです」としか言わねぇだろ?』 「それは……っ! そう、……かもしれないけど……」  気持ちはありがたい、でもそこまでしなくていい……聖南の言う通り、俺なら絶対にそう言ってた。  あえて何も告げずに、悟らせもしないでいたのは、聖南は俺が言いそうなことを分かってたからなんだ。  一点を見つめてぐるぐるしてても、聖南は俺の考えてることが手に取るように分かるって言ってたもんな。  この世で一番めんどくさい人と付き合ってる聖南は、得なくていい特技(?)を習得しちゃってる。 『説得して預かった以上は、葉璃の両親には筋を通しておきたかったんだ。俺が葉璃を振り回してんのは確かだし。取材後にまた一緒に暮らす許可も得なきゃだったしな』 「…………」  あぁ……そうだ。聖南はこういう人だよね。  ちょっとチャラチャラした見た目に反して、すっごく真面目。  仕事でもプライベートでも、やらなきゃならない事は後回しにしないできっちりやっちゃう。  頭の中でパパパッと優先順位決めて、笑顔でそれをこなしちゃうんだからスゴイ。  俺のことも俺の家族のことも大事に考えてくれてるし、遊びじゃないからこそ、いつか〝父さんに殴られに来る〟んだ……って、ダメだ。  これは忘れておくんだった。  思い出すと、ほっぺたが緩んでニヤニヤしちゃう。  まだその時がきたわけでもないのに、勝手に想像が膨らんだ俺は照れ隠しにこんな事を言ってしまった。 「あ、あれっ? 俺たち、また一緒に暮らすんですか?」 『…………は?』  ものすごくタチの悪い冗談だ。  聖南の声がそれを表していて、機械を通していても伝わるほどピリついた空気が流れる。  でも俺は、聖南が怒った気配を感じてもっと照れた。  試すような真似してごめんね、聖南……。  都合のいい勘違いじゃなかったってことが知れただけでホッとしたし、何より……プチ遠距離恋愛以降が当たり前に決まってることが嬉しくて仕方がない。  かなりキレられちゃうのを承知で、俺の照れ隠しは続く。 『葉璃、今のはどういう……』 「冗談です」 『なっ、冗談!?』 「……はい」 『こら!! 今のはシャレになんねぇぞ! 高度な冗談はやめろ! ってかマジで寿命縮んだ! どう責任取ってくれんの、葉璃ちゃん!』 「ご、ごめんなさ……っ、あはは……っ」  そんなに笑うつもりじゃなかったのに、聖南が嬉しい反応ばっかりするからたまんなかった。  『笑い事じゃねぇ!』と憤ってる聖南にはとても言えないけど、幸せ過ぎて照れちゃって普通に会話が出来なかったんだ。

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