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48❤︎日常2

❤︎ 聖南 ❤︎  隔週の生放送ラジオは、前回の放送終わりに次回の打ち合わせまで済ませてしまうため、当日は一時間前の台本チェックと放送時に読むリスナーからのメール等々の選別だけで済む。  以前、放送ギリギリの五分前着という事があったが、ラジオを回す聖南はもちろん現場スタッフにもそれほど焦った様子は見られず、無事に本番を乗り切った。  スタッフから絶対の信頼を置かれ、さらに現場にはあらゆる仕事をこなしてきた経験豊かなアキラとケイタも居る。信頼されているという自覚のある聖南も、周囲に対し尊敬の気持ちを忘れない。  まだまだ若造と言われる部類に入る年齢ではあるものの、聖南は歳を重ねるごとに広い視野で物事を見るようになった。  芸歴が長ければ長いほど、業界の各方面のシビアさを知っていく。芸能界に限ったことではないのかもしれないが、傍若無人に振る舞っていては誰も何も助けてくれなくなる。  一匹狼が通用しない世界に身を置いていると、様々な場面でそれを痛感する。  番組を一から作るスタッフへ、聖南ら演者たちはなるべく真摯に、感謝の気持ちを忘れずに対応していかなければならない。  だが最近、一つだけ、我を通しても良しとしてほしい仕事を知ってしまった。 「── 悪いけど、ラジオの現場だけは来ないでくれ」  通常時二名、日によっては三名の密着スタッフが常に行動を共にする生活に、早くもストレスの限界値を突破しかけていた聖南は、カメラを持ったスタッフにそう告げるなり「お疲れ」と微笑み踵を返した。  本来であればラジオも仕事のうちなので、密着されても文句は言えない。CROWNの三人が集まり、通常であればカメラが入ることのない貴重なオフショットというべき画を、スタッフ側は是が非でも撮りたかったはずだ。  しかし聖南は、それにNGを出した。  理由は単純明快。  〝三人で集まる貴重な機会〟は、聖南たちにも当てはまる。音楽番組以外で揃うことの方が珍しい三人での時間を、邪魔されたくなかった。  聖南と同じ理由で密着取材の仕事を断っている、アキラとケイタへの配慮もある。  何もかもにOKを出すとは限らない、それでもいいなら── と、打ち合わせの段階で釘を刺していた聖南の要望は、密着スタッフらの苦笑いは生んだが無事に通った。  ── マジでどこへ行くにもついて来やがんだもんなぁ……。車にまで乗ってくるとか聞いてねぇよ。  早めに密着を切り上げたかった聖南は、約二時間前にはスタジオに到着し浴びるようにコーヒーばかりを飲んでいる。  密着番組自体を観たことが無かったので、まさか愛車にまで同乗されるとは思わずそれを知った聖南の口元は情けなく引き攣った。  葉璃だけのための助手席に、聖南の運転する姿を捉えようとカメラマンが。後部座席にはディレクターとADが嬉々として乗り込んできたが、今日の日のためにそこではNGを出さなかった。  聖南の愛車は高級車ではある。が、国産のメーカーで大して珍しくもないだろうに、スタッフ三人のテンションは異様に高かった。  彼らとのやり取りにも神経を使い、現場から現場への束の間の移動中でさえほとんど息つく暇もない生活。  まだひと月も経たずして、ストレスは溜まりに溜まっている。比例して聖南のコーヒー飲用量はグンと増え、乗じて食欲不振だ。  よくない事と分かっていながら、スタジオ到着からニ本目のブラックコーヒーに手を伸ばした聖南は、こちらも早めにやって来た男と目が合うや即座に絡まれる。 「ライブやるアーティストより目立ってんじゃねぇよ。CROWNのセナさんよぉ」 「おぉ、アキラ。お疲れー」  彼にしては珍しい皮肉っぽい笑みを浮かべたアキラに、聖南は動じることなく「お疲れ」と右手を上げた。  アキラが絡んできたのは、おそらく二日経った今でもSNSを中心に話題沸騰中の〝祝い花〟の件だろう。  他事務所の、しかも女性アイドルグループへ初めてと言っていい激励の花を送ったCROWN(とETOILE)の意図は、ファンの間で様々な憶測を生んでいる。  ETOILEのハルとmemoryの春香が姉弟だということは、実はまだそれほど世間には知られていない。だが今回の些細な一件で、大きく広まる事となりそうだ。  それが狙いだったのもあるが、CROWNの名を借りるのにアキラとケイタに事後報告はよくなかったと、聖南は苦笑を浮かべる。 「悪かったよ、勝手に〝CROWN〟使って」 「そんなことを言ってんじゃねぇ。見たぞ、あのド派手な花。正気かってくらい金かけてんじゃん」 「フッ、だろ。しかもギリギリの発注だったから金額は倍だぜ」  キメ顔でピースサインを作った聖南に、アキラは屈託なく笑った。 「しかしなんでまた急に贈ろうと思ったんだ? 聖南の独断か?」 「いいや、この話はそもそも葉璃からだ。memoryがツアーファイナルだからサプライズで何かしたいんですけど、何かいい案ないですかっつーから。だったら、memoryには俺も借りがあるし手配するよって」 「借り? ……あぁ、一昨年の?」 「そうそう。ずっと気になってたんだよ。相澤プロからは別に礼なんて要らねぇって言われてたんだけどな。これ以上ない宣伝になったからって。でもそうはいかねぇじゃん。memoryと樹には、どんな形であれ恩は返したかったんだ」 「なるほどな」  聡いアキラには、皆まで言わずとも伝わった。  あの時の聖南の取り乱した様子を知るアキラは、てんてこまいだった現場の状況を思い出し腕を組む。  葉璃が何者かに連れ去られたと分かり、肝が冷えたものだ。  聖南はライブを中止するなどと言い出す始末で、なんと声を掛ければ良いか考えあぐねていたところに、普段はのんびり者のCROWNの末っ子が容赦の無い言葉を聖南に突き付けた。  どんな状況であろうと、CROWNの三人が揃っている以上はライブを中止するわけにはいかない。だが聖南の状態からして中断は余儀なくされてしまう。  その大きな穴を埋めてくれたのが、CROWNのダンサーとmemoryだった。  葉璃の勇姿を見届けようと自腹でチケットを購入し、たまたま観客席に居た佐々木の機転であの場は事なきを得た。  以来、聖南は佐々木を恋敵として敵視することも無くなり、ツアーは大成功を収めたがあれから二年近く経っている。  にも拘わらず、聖南は相変わらず義理堅い性格だ。  何かの形で返したいと、心にずっと当時の恩を宿していたのかとアキラは聖南らしい人の良さを見て感心した。  しかしだ。  そうこうしている間も、聖南の飲用は止まらない。  空いたペットボトルや缶が長机を占拠しそうなペースで、ハガキに目を通しながらも手当り次第に飲み物を口にしている。  見るに見かね、アキラは「ていうか……」と彼の隣に腰掛けた。 「ハルが聞いたら呆れるどころかブチギレ案件だぞ、こんなの。コーヒーを飲んだくれるな」 「おー。だからチクんないでくれ、絶対」

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