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聖南は体から痩せていくタイプらしく、少々体重が減ろうと顔付きはそう変わらない。だがアキラが腕を伸ばし触れた腹は、ダイエット過剰の女性のように薄かった。
葉璃との別居報告から十日ほどが経っているので、聖南のこの不摂生は〝葉璃不足〟からくるものだろうと、アキラは厚手のジャケットを脱ぎながら問うた。
「……で? セナがそうなってる元凶とはいつ会うことになったんだ?」
「それ誰のこと言ってる?」
「白々しい。噂の新人歌手だよ」
「フッ……」
片方の唇の端だけを上げて笑もうとする聖南は、それを思い出したくもなかった。
確かに毎日の密着取材で疲弊してはいるが、自宅で葉璃が待っていてくれたらここまで精神的に追い込まれることも無く、むしろ積極的に仕事に取り組めていただろう。
葉璃は何をせずとも聖南のそばに居てくれるだけで、終日付きまとわれて削られたヒットポイントが翌日には満タンに復活しているからだ。
それが叶わない今、彼の就寝する頃を見計らい、落ち着く声を聞くことで何とか生気を保っている。
喧嘩でもして仲違いの末に離れてしまったのなら、こうはならない。
間違いなくアキラの言う〝元凶〟が在り、それに対し忌々しい感情を持っている聖南は愛想笑いも浮かべられなかった。
「……三日後」
「場所は?」
「Dレーベル」
「ん? 打ち合わせはサムデイでやってんじゃねぇの?」
アキラは尋ねながら、長机に散らばったハガキをかき集め、順に目を通していく。聖南は彼の目の前に今日の台本を置き、「そうだけど」と頷いた。
サムデイ、Dレーベルとは、CDを製作販売するにおいて大塚芸能事務所と提携しているレコード会社の社名、及び部署名である。
Dレーベルと契約しCD製作を任せた後、サムデイレコード会社にて宣伝流通を担ってもらう。
両社の役割はそれぞれ異なり、似て非なるもの。サムデイレコード会社が大元で、Dレーベルはその傘下、組織となる。
デビュー当時からCROWNも世話になっており、去年からはETOILE、そして〝噂の新人歌手〟も今後世話になる。
担当者やスタッフとの付き合いは長く、製作に深く関わる聖南は彼らとも友好的な関係を築いていた。
アキラが首を傾げたのは、販促打ち合わせが行われているはずのサムデイレコードの本社ではなく、なぜDレーベルなのかが疑問だったのだ。
「俺に密着入ってんの知ってDレーベルも参加したいんだとさ。会議室の設備都合がいいしってことでそっちになった。それで延びたんだよ」
「延びたって? ホントはいつだったんだ?」
「今日」
「マジか」
「マジ」
葉璃にも話を通したが、本来であれば今日、レイチェル本人も交えた最終打ち合わせが行われる予定だった。
聖南の仕事の都合で夕方から二時間ほど、このラジオ前までに終えることが出来ればいいと思っていたが、Dレーベル側の意向で打ち合わせは延期になった。
打ち合わせ日が延びたこと自体は、何ら問題無い。よくある事だ。
しかしこう言っては何だが、彼女と一対一で話し合った後に愚痴を言う相手が欲しかったのは事実だ。どこかで、アキラとケイタに縋れるという思いがあったのかもしれない。
ちなみに彼女へは、社長から連絡をするよう伝えてある。打ち合わせ後に〝聖南から重要な話がある〟ことも、すでに彼女は知っている。
「その打ち合わせが無駄に終わんねぇようにしないとな」
マルチタスクが出来る二人は、ラジオで読む内容を選別しつつ会話を進める。
今日のラジオは、年末年始の休み明けにちなみ〝長期休み明けにまつわるクスッと笑える話〟だ。学生でも社会人でも投稿しやすい内容のためか、普段の倍は応募が多い。
「それ葉璃からも心配されたんだけど。俺ってそんなキレやすそうに見えるのか?」
「いや、普段は温厚な部類に入るよ、セナは。ただハルが絡むと温厚とは程遠くなんだろ。相手が男だろうが女だろうが関係ナシ、ハルとの関係を邪魔されたら問答無用で成敗って感じじゃん」
「……そう見えてんのか……」
「誰が見てもな」
諸々を見聞きしているアキラは、聖南が葉璃と別居するに至った〝元凶〟に苛立っていないはずはないと確信していた。
コーヒーを飲んだくれる羽目になったのはお前のせいだ! と、女性相手であろうが容赦無く怒鳴りつけそうである。
聖南はお人好しで義理堅く、基本的には誰に聞いても悪評知らずの〝いい奴〟なのだが、ハルが絡むといくらでも無慈悲になれることを知っている。
不満そうに唇を尖らせた聖南は、アキラにもそういう風に思われていたのかと納得いかない気持ちであった。
ただし聖南も、葉璃との付き合いのなかで色々と学んだのだ。
妬み嫉みを買いやすい葉璃は、度々外部からの邪魔が入ってピンチに陥るため、聖南が自然と立ち振る舞いを覚え守るに徹しなくてはならなくなった、と言った方が正しい。
「ん、感情論では動かねぇってツラだな」
顔を上げたアキラが見たのは、反論寸前の余裕ある不敵な笑みだ。
視線は数枚のハガキに落ちたまま、聖南は落ち着き払って答えた。
「そりゃあな。向こうは切り札を持ってる。俺の弱みを握ってるのと一緒だ。行き当たりばったりの言葉が通じる相手とも思えねぇ」
「……つまり?」
「泳がせる。最後の最後まで」
「はぁ? 泳がせる?」
たった今アキラに明かすまで、聖南はそれを葉璃にも伝えることなく、ずっと心に秘めていた。
すべての事情は、グループ通話でアキラとケイタには報告済みだ。おそらく彼らの芸能界における力、そして協力が必要になる日がくると踏み、水面下のさらに下方からだが聖南は動いていた。
葉璃と離れ、悲しくも独りの時間が増えた聖南は考えた。
彼女への苦手意識はさておき、好意を断ち切らせる方法を真剣に、本気で。
だがしかし、好意を寄せられている相手に諦めてもらう方法など存在しない。
手を止めたアキラの言いたいことは分かる。
康平からも、葉璃からも、それが最優先だと言われ聖南もそのつもりでいた。
けれど無理なのだ。
葉璃との会話中、こういう状況の場合、自身ならばどうするかと考えていた聖南だが、あの時ひっそりと心中で出た答えがすべてだった。
「俺のことが好きだっつーなら、悪いけどそれを利用させてもらう」
「おいセナ、それだと……」
「気持ちを断ち切るのが先決だってのは分かってんだ。でもそんなのムリなんだよ。もう周りが見えなくなっちまってるから」
「なんで分かるんだよ。きっちり話し合って誠心誠意拒否すれば……」
「ムリ。それで丸く収まるとは思えねぇ」
「妙に言い切るじゃん。何を根拠に」
アキラは眉を顰めた。
彼もまた、ハルと知り合い関わっていくなかで、聖南と同等なほどにハルを思ってくれている。
「のんきに構えてハルを傷付けたら許さねぇぞ」と、恋人である聖南にも挑戦的な視線でそう語ってくるが、聖南は横目で応戦した。
そして、年下でありながら聖南を一喝できる数少ない人物の一人であるアキラへ、真っ向勝負をしない根拠を真顔で告げる。
「葉璃をひたすら追いかけてたあの時の俺と、まるで同じだからだよ」
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