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── なるほど、そうか。分かった。
レイチェルの言葉に絶句したフリをして見せた聖南は、心中で大きく頷いた。何かが腑に落ちる爽快な感覚が腹の奥から湧き上がってきたのだ。
「プッ……!」
緊張が走る場面。
そのような誤解はしてほしくないと憤怒しても良かったのだが、聖南は堪えきれなかった。
「あははは……っ!」
腹を抱えて笑い始めた聖南を、レイチェルが困惑の面持ちで見詰めている。
聖南の悪い癖が出てしまった。
一つとして〝うっかり発言〟が許されない場面で自身の勝機を確信した瞬間、学は無いが弁の立つ聖南は内心でニヤリとほくそ笑む。しかしそれだけでは飽き足らず、声に出して余裕さを相手に伝える。
大きな切り札を突き付けたはずが、それを物ともしない聖南の爆笑によって彼女は途端に自らの考えに不安を感じ始めた。
「ど、どうしてそんなに笑っていらっしゃるの!? 私、それほどおかしなことを言いましたか!?」
「待っ、待って、ちょっと待て……!」
明らかに焦っているレイチェルを見て、さらに可笑しさが増す。まともに受け答えも難しくなり、聖南はひとしきり、咳き込むほどに笑い転げた。
まず彼女は一つ、大きな失言をした。
そして聖南に向かって、早々に切り札を突き付けた。
その二点のみで、聖南は確信を持った。
彼女にまったく、これっぽっちも悪意が無いことが証明されたのだ。
聖南と葉璃を陥れようとするのなら、もっと入念に証拠を集め、どちらに問い質しても彼女の意のままになるような決定打を掴んでから行動に移すだろう。
レイチェルは事を急ぎ過ぎている。
聖南との二人きりに浮かれ、〝話とはいったい何だろう〟と目に見えてワクワクしていたのも、彼女が裏をかこうとしているわけではないことの証明だ。
おかげで、今日をもって深読みせずに済みそうである。
「はぁ、おもしろ。レイチェルさぁ、自分がめちゃめちゃおかしな事言ってるって気付かねぇ?」
「…………っ!?」
「俺の周りには〝ハル〟よりそれっぽいのたくさん居んのに、なんで〝ハル〟がそうだって思った? まさか俺と同じマンションに住んでるから、とか言わねぇよな? 決め手はその一点だけ?」
「ですが、そうとしか考えられないんですもの!」
「その考えがまずおかしいんだよ」
「えっ!?」
クッキリとした二重の瞳を見開き、大袈裟な反応を見せたレイチェルの反応が演技かどうかくらいは見抜ける。
自身が大根役者だからと、目が肥えていないわけではない。
きちんと聖南が言った距離を保ち、いちいちヒロイン気取りなのは鼻につくが、身振り手振りが大きいだけでそれは文化の違いの範疇だ。
「もっとよーーく調べねぇと。その理論でいくと、だ。俺が住んでるマンションには、〝それっぽい〟業界人が〝ハル〟の他に六人も居るんだぞ?」
「──── !?」
「素人含めるといったい何人だろうな? あ、〝ハル〟を疑ってるってことは男もアリか。その辺は俺も偏見無えから、可能性はゼロじゃねぇよな。て事は俺の恋人候補、とんでもねぇ人数になるなぁ?」
「…………っ!」
レイチェルの放った決定打がどんなに浅はかなものであるかを、聖南は丁寧に、少々皮肉混じりに教えてやった。
マスコミと通じ聖南の近辺を嗅ぎ回るのではなく、自身を売り込むことに必死で肝心なことを見落としている彼女は、さぞかしハッとさせられたに違いない。
「レイチェルが居た国じゃあり得ねぇ文化なのかもしんねぇけど、日本じゃ先輩が後輩の面倒を見るってそうおかしなことじゃない。ETOILEは俺が初めてプロデュースしたアイドルだ。特別目をかけて当然だとは思わねぇか?」
「……えぇ、思います」
言いながら聖南は、『その理論だとレイチェルにも目をかけなきゃなんねぇけど』とヒヤリとしたが、言い負かされた衝撃で言葉少なな彼女はそういう考えにも至れないらしい。
先に〝話〟を譲り、見事にレイチェルを意気消沈させることに成功した聖南だが、ひとまず葉璃をドギマギさせた礼をすべく前屈みになる。
俯き加減のレイチェルの顔を覗き込むようにして見ると、語気強めに「だったらさ、」と無表情を作った。
「あんま〝ハル〟を刺激するようなこと言うなよ? デリケートな子なんだから」
「はい……」
かろうじて返事は聞こえたが、そのあとに続いた「ごめんなさい」はほとんど聞こえなかった。
何の戦略も立てずに真っ向から聖南と対峙し、あっさりと打ち負かされた彼女の惨めさは手に取るように分かるので、深く追及をしないでおいた聖南はやはりお人好しだ。
が、しかし。こんな事で仕返しは終われない。
聖南が一番危惧している事をこの場で打ち明けてくれれば良かったのだが、沈黙した彼女にその様子は無かった。
……ので、少しばかり憚られるがプランBを敢行する。
「── ん。てか次は俺の番。いい?」
「……えぇ、どうぞ」
「ありがと」
ニヤリと笑った聖南は、ミーティングテーブルに弾みをつけて腰掛け、腕を組んだ。この聖南の動作は、無意識に彼女への拒絶を表していた。
葉璃不足と栄養不足のなか、寝ている間も夢に見るほど何日もかけて策を練ったのだ。
今この瞬間から、余計な切り札を得て聖南と葉璃をヒヤリとさせた、彼女への仕返しが始まる。
身近な者達から大根だと揶揄されるのでかなり不安だが、葉璃を脅かした怒りを思い出せば容易なはずだ。
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