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 康平からのリーク写真が頭から離れなかった聖南は、今の今までかなり頭にきていた。  聖南への好意のみで動いているにしては、あまりにも大胆不敵な行動の数々。それを社長にも悟らせぬよう、半ば裏切りに近い形でコソコソと探り回っているというのが気に入らない。  まだまだ大塚社長への借りを返せていないと思っている聖南でさえ、色々と傷付きはしたが彼の信頼に背くような行動はしたくないと、信念に近いものを抱いている。  それゆえ、たとえ目の前で大袈裟に項垂れられようと、彼女の行動に悪意が微塵も無かろうと、許せはしない。  ── 協力者はマスコミだけ、ってわけじゃなさそうだしな。  勿体ぶって黙り込む聖南は、美しい天然の金髪を眺め内心で溜め息を吐いた。  レイチェルは、自身こそが〝セナ〟の恋人であるとマスコミにリークしているようだが、その見返りとして聖南に関する何らかの情報を提供してもらっている可能性が高い。  それはつまり、レイチェルと通じているのはマスコミ一社に限らないという事。もしくはマスコミとは別に、彼女と通じている者が確実に居る。  なぜなら、葉璃の表向きの住まいを知っているのは、聖南と葉璃の関係を知る周囲の者達のみなのだ。  聖南の逆鱗に触れることが分かっていて、社長がそれを漏らすはずはない。  だとすると、レイチェルは誰から葉璃の住まいを「伺った」のか。  彼女はまさに、大きな失言をした。……と同時に、聖南と葉璃の周囲に裏切り者が居るかもしれないという新たな疑惑も浮かび上がった。  これについて断定するのは時期尚早であるため疑惑に留めておくが、もはや怒りに任せて発言していい状況ではなくなったのは確かだった。  ── ……ふぅ。神経使うぜ、まったく……。  腕を組んだ聖南を物言いたげに見上げ、目を合わせてもらえないと分かるや俯く、を繰り返すレイチェルは、聖南への想いを告げることすら忘れ、すでに気力を失っている。  とはいえ、聖南が最も嫌がる事をしでかした彼女を、このまま許してはおけない。  目が合うと感情的になってしまいそうだが、かつての芝居モードに入った聖南はその口元に笑みを作り、こう切り出した。 「なぁレイチェル。プラトニックラブって知ってるか?」  なるべく彼女を刺激せぬよう穏やかに問う。するとレイチェルはふと顔を上げ、突然の意味不明な問いに困惑の表情を見せた。 「プラトニック……ラブ?」 「さすが。発音いいな」 「意味は分かりますけれど……それが何か?」  流暢な発音を褒めても、彼女の表情は少しも変わらない。  聖南の〝話〟の意図が見えず、後ろめたい事を隠している彼女は訝しんでもいる様子だ。  またしても互いを探り合うような緊張感が漂うなか、とても芝居とは思えない滑らかな口調で聖南は続けた。 「今付き合ってる恋人と俺は、そういう関係なんだよな」 「…………っ」  迷わず告げると、その意味が伝わったらしいレイチェルが口元に両手をやり、オーバーリアクションで息を呑んだ。  プラトニックラブとは、端的には性的なものに重点を置かない、心の繋がりを重要視する関係のことを言う。  その暴露がよほど衝撃的だったのか、聖南を見詰めるブルーの瞳が小刻みに揺れた。 「それはつまり……セナさんは、お相手とはそういう行為を……していらっしゃらない……?」 「ノーコメント」 「え……っ」  そこまで答えてやる義理は無いと、ほのかに表情が綻んだレイチェルを容赦無く突き放す。  何よりも大切な葉璃を、聖南の居ない場で不安にさせた彼女へはいくらでも非情になれた。 「ソレが重要だとは思ってねぇんだよ。実際、付き合ってから何回そういうコトをしたのか分かんねぇし。数えるもんでもねぇだろ?」 「ま、まぁ……!」 「さっきレイチェルも言ってたけど、会えない日が続くとどうしても無性に男の血が騒ぐ時があるんだ。でもそういう時の発散方法って一つしかないじゃん?」 「お、お、男の、血が……?」  言いながら、自身の芝居の出来に寒くなり始めた聖南だったが、レイチェルは見事に食い付いてくれた。  これについても、嘘は吐いていないと聖南は自信を持って言える。  話の流れ上、レイチェルはうまく誤解してくれているようだが、聖南と葉璃は〝何回そういうコトをしたのか分からない〟、数えるのも馬鹿らしくなるほど愛し合っている。  現在離れ離れになり、〝会えない日が続いて溜まっている〟のも事実で、〝そういう時〟は葉璃の妄想をしつつ自慰で発散すればいいだけの話。  プラトニックな関係だと匂わせたのも、ニュアンス次第では嘘にならない。何しろ聖南は、葉璃との心の繋がりをとても大事にしているからだ。  葉璃のためなら、禁欲生活も訳無い。  葉璃と付き合い始めてから、聖南がこれまで大事にしてきた優先順位が丸ごと変わった。  もちろんセックスは重要だが、葉璃と過ごす時間ほどは重要でない。葉璃の全身を愛することにこれ以上ない喜びを感じるのは本当だけれど、心が満たされる瞬間がいつも〝その時〟だとは限らなかった。 「セナさん……どうして私に、そんな話を?」  聖南はそういう意味で、堂々と惚気ただけに過ぎないのだが、レイチェルは聖南の思惑通り都合良く解釈し勘違いしてくれている。 「さぁな。レイチェルなら理解してくれる、そう思ったのかも」 「理解……理解、だなんて……」  自分と似た思考回路の持ち主であれば、必ず聖南の口車に乗る。目の前のことに必死で周りが見えていないと、聖南が明言を避けていても勝手に術中にはまってしまう。  ものの見事に、聖南は餌を撒き終えた。 〝聖南への想いを利用し、彼女が自身の失態に気付くまで泳がせる。〟  かなりリスクは高いが、いっその事きっぱりと想いを断ち切ってやった方が優しいであろう罠へ、レイチェル自ら飛び込ませたのだ。  そんな聖南は、おそらく誰よりも、無慈悲かもしれない。 「俺のこと、好きなんじゃねぇの?」  トン、と弾みをつけて立ち上がった聖南が、レイチェルの前でニヤリとほくそ笑む。  いよいよ仕上げの時間だ。 「はい。愛しています。けれど私は……」 「俺に恋人が居ても諦めらんねぇくらい、俺のことが好きって認識なんだけど。違うの?」 「えぇ、もちろんですわ。セナさんがそういう風に言ってくださって嬉しいと感じているということは……私は、イエスと答えた方がよろしいのかしら」 「その方が俺も嬉しいかな」 「まぁ……! セナさん……!」  何もかも勘違いだとは知らず、想いが通じたとばかりに感極まるレイチェルへ、聖南は満面の笑みを向けた。  もちろん嬉しいに決まっている。  ただ葉璃との惚気話を語って聞かせただけで、こうも易々と聖南の罠に引っかかってくれたのだから。 「あと二ヶ月は密着取材が入ってる。どこで誰が見てるか分かんねぇから、本格的に〝始める〟のは春先だ。万が一この事がマスコミに知られたら、俺らにとって都合が悪い。……だろ?」 「えぇ、そうね。それにしても悪い殿方だわ、セナさん」 「そう?」 「うふふっ。私もじゅうぶん、悪女ですけれど」  聖南の特別な位置を確保したと喜ぶレイチェルは、やはり周りが見えておらず、浮気相手でも構わないというスタンスだった。  何と言っても、聖南は一言たりとも誤解させるような発言や提案をしていない。  自分にもチャンスがあるのではないかと、彼女に期待を持たせるような言い回しはいくつかしてしまったかもしれない。だがしかし、彼女の持つ切り札を使い物にならなくするためには、葉璃を守るためには、こうする他なかった。  無慈悲な聖南はまさに、彼女の想いを利用したのだ。  この手は、彼女をぬか喜びさせ、後に絶望させることが決定的なのである。これがとんでもなく非情な策だという認識は、聖南にもあった。  とはいえ彼女も、汚い禁じ手を使っている。  ならばこちらも、葉璃としっかりと手を組み、脅かされた分だけのお返しはさせてもらう。 「それじゃ、また連絡する」 「えぇ」  怪しまれるから先に出ていいよ、と退室を促した聖南に、レイチェルはパチンとウインクをして見せ、颯爽と胸を張って帰っていった。 「── 言葉ってすげぇなぁ」  神妙に呟いた聖南は、おもむろに窓辺に立った。  密着スタッフらをこっそりと見送った時と同じ心持ちで、彼女がタクシーで走り去るまでを抜かりなく見送る。そして一人、薄っすらと笑んだ。  ポケットの中で握り締めたスマホがうまく記録してくれているかは分からないが、この証拠を葉璃と共に検証するのが楽しみだ。  会えばおそらく……否、ほぼ確実に様々なことでお叱りを食らうだろうが、それさえも楽しみで仕方がない。

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