534 / 539

49♡10

 会ってすぐにそんな雰囲気になったら……なんてやらしい妄想を、少しもしてなかったと言ったらウソになる。  待ってる間、お風呂に入って準備しとくべきかをすごく迷ってた。  一応俺も、おとこ……だし。  プチ遠距離恋愛は、そういう意味でも我慢を強いられちゃうってことを痛感した。  一人で慰めなきゃいけない時だってあったし。  人並みに性欲がある以上は、発散させないとおかしくなっちゃうし。  悶々としてたら眠れないし。  それに関しては俺の何十倍、いや何百倍も強い聖南のことだから、そういう考えになっちゃうのも仕方ないでしょ?  会って目が合った直後、そりゃあもう熱烈に、思いのままに欲を爆発させちゃうかもって。  でも現実は違った。  聖南は、本気で充電を欲していた。 「はぁ……落ち着く……」  ベッドに押し倒した俺の体に抱きついたまま、何分もジッとしている聖南からはそんな雰囲気を微塵も感じない。  俺が聖南の背中に腕を回すと、「葉璃ちゃん」と切なく呼んで、何回もため息を吐く。  懐かしい香りと腕に包まれてる俺は、もちろんずっとドキドキしてる。だけど同時に、聖南がため息を吐くごとに胸が苦しくなった。  離れてる間の寂しさがどんどん蓄積されて、とうとう耐えられなくなって、聞き分けのいい恋人を演じるのも疲れた── そんな思いが伝わってくるほど弱々しく名前を呼ばれて、やらしい空気になんてなりようがなかった。  おまけに俺も、聖南の体に触れてすぐに気付いたことがある。  しばらく治る気配がないと思ってたドキドキとバクバクが少しだけ落ち着いたのは、そのせいだ。 「あの、聖南さん、……」 「ん〜?」 「もしかしなくても、痩せました……よね?」 「ん〜、……んっ?」  聖南の心の充電中に悪いなと思いながらも、背中を抱いてるとどうしても気になっちゃって問わずにいられなかった。 「ちょっとお腹、触ってみていいですか?」  布越しとはいえぴったりくっついてたから、俺の言葉に聖南があからさまに反応したことが分かる。  息を殺して微動だにしなくなった聖南を、俺は両腕で軽く押した。バツが悪いのか、薄く笑って俺にされるがままの聖南は無抵抗で、それはすごく容易かった。 「ヤダ、葉璃ちゃんったら会って早々煽ってんの?」 「煽ってないです。ふざけないで、じっとしててください」  多少痩せたからって、二回りは大きい体を簡単に持ち上げられるはずはない。それなのに、充電中だった聖南の体はあっさりと俺から離れた。  ヘラヘラっと笑う聖南の顔を、ジーッと凝視する。  やっとその綺麗な顔を直視することが出来たっていうのに、俺の心にほんの一分前まであったほろ苦い感情がどこかへ消えた。 「……聖南さん……」  右手を上げて、その頬に触れてみる。  見た目はそう変わらないけど、聖南に毎日触れていた俺には相当な変化に思えた。  着痩せする聖南の大きな体を抱き締めた時の感触も、そっと触れてみた頬の肌触りも、二週間前とは全然ちがう。 「聖南さん……これ……」  ふと、〝あの時〟の記憶が蘇ってきた。  緊張して壁ばっか見つめてた俺は、喜びを爆発させた聖南がこんなにも変わってることに、すぐには気が付けなかった。  ただ『そんなに会いたいと思ってくれてたんだ……』、『いきなりそういうムードになったらどうしよ』、なんて呑気にドギマギしてただけ。  俺も会いたかったです、と返すことも出来ないくらい、懐かしい匂いと生の「葉璃ちゃん」の破壊力に当てられて……俺ってばほんとに能天気としか言いようがない。  だって現に今、聖南は俺に指摘されてものすごくきまりが悪そうだ。  頬に触れていた俺の手を一度きゅっと握ったあと、上体を起こしてベッドの端に腰掛けて、明らかに俺の視線から逃げている。 「……えーっと……これには事情がありまして……」 「事情、ですか……?」 「いやまぁ、会えば怒られるかもとは思ってた。てか確信しかなかった」 「えぇ……でも俺、怒ってはいないんですけど……」 「言い方変える。何かしらの説教は食らうだろうって思ってた」 「……意味一緒じゃないですか」  それでも俺に〝会いたい〟を送ってくれたってことは、ほんとのほんとに限界だったんだ。  聖南の無理矢理な笑顔を見る前から、怒る気も説教する気もさらさら無かった。  俺も体を起こして、聖南の隣に腰掛け直す。  すると聖南は、迷わず俺の肩を抱いて頭をコツンとぶつけてきた。 『まだ充電が足りてない。耳の痛い話はするな。ちゃんと分かってるから──』  空調の音だけが響く室内はとっても静かなのに、声を発してない聖南からの言葉が鼓膜を伝ってくる。 「聖南さん……」  〝あの時〟もそうだった。  アキラさんいわく、聖南は俺不足になると人間の三大欲求を忘れちゃって、ひどい状態になる。  眠ること、食べることはもちろん、俺にさえあったどうしようもなく燻る熱すら無くなってしまう。  だからそうならないように『よろしくな』って、CROWNの実質長男から俺は直々に釘を差されていた。 「── 俺と離れて暮らしてたから、ですか?」  自惚れじゃないなら、ですけど。  続けてこう告げると、聖南は無言で首を振った。ごっつんこしたままそうするから、その振動で俺も小刻みに揺れた。  ギラギラしてない聖南はめずらしい。  生きるエネルギーみたいなものが、確実に衰えちゃっている。  よっぽどのことがない限りこうはならない聖南だけど、『自惚れじゃないなら』、こうなっちゃった俺の責任は重大だ。

ともだちにシェアしよう!