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♡ ♡ ♡  ルイさんが居るならってことで、聖南はとある街外れの高級ホテルを待ち合わせ場所に指定した。  緊張と興奮で我を忘れてた俺は、結局最後に唇をぷるぷる震わせて「分かりました」と言ったのみ。  ほんとは何も分かってない。  早かったですね、会えるの嬉しいです、どうしてマンションじゃなくてホテルなんですか── なんて本音を言ったり、ましてや疑問を問いかけることは到底ムリで。  ちょっとだけ漏れ聞こえてくる、聞き慣れてるはずの声にもドキドキしちゃって、まったくもって話にならなかった。  何回も電話を替わろうとしてくれたルイさんを抑えてくれたのは、他でもない聖南だ。  いきなり俺の様子がおかしくなったことと、『心臓がドキドキやなくてバクバクしとるらしいですわ』とルイさんが丸々俺のセリフを伝えたことで、電話の向こうの聖南は察してくれたらしい。  そんな聖南から何を言われたのか知らないけど、通話を終えて立ち上がったルイさんのやれやれ顔は春香の失笑を生んでいた。  よろよろとルイさんの車の助手席に乗り込んだ俺は、春香渾身のメイクで見た目は完璧に〝ハル〟じゃなくなった。  帰り道とは反対方向なのに、わざわざホテルまで送ってくれたルイさんによると、別人級メイクは大成功で『これやったら心配ないやろ』ってことだった。  置いてけぼりにされてその説明を欲してたはずが、〝聖南さん♡〟の文字を見た瞬間から心ここにあらずになった俺に、ルイさんは運転中も無理に話しかけてこなくて、でもなんだかひたすら微妙な表情ではいたんだけど……。 「んーと……」  着信があって部屋の扉を開けたそこにも、〝微妙な表情〟があった。  少しだけ肩を押されるようにして部屋に入ってきたその人は、懐かしささえ感じる香りとほんの少しのけだるさをまとっていて、おかげで俺の緊張はピークを迎えた。  聖南に指定されたという部屋番号をフロントに伝えて、ダブルベッドが一つのわりとこじんまりとした一般的な部屋でポツンと待ってる間も、ドキドキとバクバクで手汗が止まんなかったっていうのに……。  その場しのぎのイメトレだってしてたんだ。  会わなくなって二週間、〝たかが〟二週間なんだから、この緊張も一時的。相手はトップアイドル様かもしれないけど、同じ部屋で一緒に生活してたし、アイドルだって普通の人間なんだと思うこともたくさんあった。  俺と二人きりの時はもっと、〝セナ〟を忘れさせるほど普通の男だった。  だからギリギリまで、俺は自分に別人級メイクが施されてることも忘れてベッドに腰掛けて、その時を待っていた。 「はじめましてだなぁ。なんて呼んだらいいんだろ? てか名前ある?」 「…………」  でも、でも、本物はヤバかった。  イメトレとか全然意味無かった。  扉から五歩進むとすぐにベッドと鉢合わせる知らない部屋で、トップアイドル様と二人きり。  これは完全に〝密会〟だ。 「名前が無いなら、俺が命名していいの?」 「…………」  黙りこくって壁を見つめる俺に、楽しげな声で聖南からそう問われてやっと、自分が自分じゃないことを思い出した。  さっき変身した俺の姿に、名前なんかあるはずない。  はじめは戸惑ってるように見えた聖南だけど、俺だと分かった途端に何もかもを悟ったみたいに余裕綽々な口調に変わっていた。 「ピッタリな名前つけてやっから、顔上げて。よく見せてよ」 「…………っっ」  いつまで壁見てんだ、と笑われた。そして顎を軽く持ち上げられて、無理やり上を向かされる。  すると必然的に、聖南と目が合うことになってしまった。  薄茶色の瞳に吸い込まれそうになった俺は、呼吸を忘れて意識が遠退きそうになる。  ただ聖南は、へっちゃらそうだ。  久しぶりに恋人と会うからって別に緊張もしないし、ドキドキしてる風でもない。  どちらかというとすごく……。 「んー……。やっぱ俺の好みじゃねぇんだよなー。てことで……」 「うわわっ、なにす……っ」  にこやかな表情からムスッとしたものに変わった瞬間、俺の体はふわっと宙に浮いていた。  抱き上げられて驚いてる俺ごと、聖南は勢いよくベッドにダイブして体をきつく締め上げてきた。 「葉璃ーーッ♡」 「……う、……っ」 「久しぶりだなー♡ 会えて嬉しー♡ 色々言いたいことも話したいこともあるんだけど、まずは充電させてくれー♡」  今度は物理的に呼吸が出来なくなった俺を、興奮した聖南が構わず抱き締めてくる。  けれどそれは、やらしくない抱擁だった。  俺の前でだけ見せる〝聖南〟に違いなくて、まるで大型犬が大好きな飼い主にじゃれついてる画が浮かぶほど、会えて嬉しい気持ちを全力でぶつけられた。  ピークを迎えた俺の緊張さえもどこかへ吹き飛ばす、喜びの感情。  ──〝会いたい〟。    いきなり届いた聖南の本気を、垣間見た気がした。

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