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 ルイさん発案の、名前の無い女性への変身。  そりゃあ、〝ハル〟丸出しで聖南と密会するわけにいかないって頭では分かってるし、ルイさんの提案に不満を感じてるとかでもない。  ただこの変身については、得意のネガティブを大発揮してしまう。 「不満っていうか……。俺が俺じゃなかったら、こんなことしなくていいのになって……面倒かけちゃってるのはむしろ俺の方だなって……」 「は?」  飲み口から唇を離した聖南の目が、ギラッと光った。鋭い視線で俺を射抜いてくる。  ── まずい。聖南の地雷を踏んじゃった。  聖南は俺に、ネガティブを治す必要はないと言ってくれる。だけど、俺が自分のことを卑下すると物凄く嫌がるんだ。  特にブチギレるのは、「俺が女の子だったら」って発言。  いろんな事情があってだけど、俺がしょっちゅう女の子に変身してるからか、度々そういう沼に迷い込んでぐるぐるしていると聖南にすかさず一喝される。  今も、ペットボトルのキャップを締めてるだけで威圧感たっぷりな聖南が(背が高いから余計にそう見える)、訂正を求めるように眉間に濃いシワを寄せた。 「俺が俺じゃなかったらって?」 「お、怒んないでください! そういう意味じゃなくて、えっと……っ」 「…………」  ほぼ〝そういう意味〟なのに、聖南の怒った目と視線が怖くて思いっきりたじろいだ。  誤魔化すにはムリがある。  俺には数え切れないくらい前科があって、聖南を何回不安に陥れたか分からない。  ネガティブで卑屈な考えが得意なのも知られてるし、どうせ今回もつまんない事でぐるぐるしてるんだろって……視線がそう語っている。  うぅ……せっかく会えたのに、言い合いになるのはイヤだ。  キレた聖南の瞳が肉食獣みたいになる前に、ちゃんと自分の気持ちを伝えて落ち着かせなきゃ。 「せ、聖南さんっ、俺ほんとにぐるぐるしてるとかじゃなくて、あの……っ」 「マジで〝そういう意味〟じゃねぇって言うなら、葉璃ちゃんが言いたいこと分かってやれるよ」 「えっ?」  威圧感と視線に負けて、脳みその半分も働いてない状態だった俺はビックリして目を見開いた。  うまい言葉を考えるまでもなく、聖南の方から理解を示してくれて驚いたんだ。 「こんなもん、有名税だと思うしかねぇもんなー」 「ゆうめい、税……?」 「そ。有名税」  俺の隣に座り直した聖南が、薄く笑って優雅に足を組む。その様をジッと見つめていると、優しく肩を抱かれてドキドキッとした。  腰掛ける前に見た目元も優しいものに戻っていて、さっきの威圧感は何だったのって感じだ。 「有名になって世間に認知されて、ある程度稼げてそれでメシが食えるようになるっつーことは、それだけ注目されてるイコール、プライベートも減ってくんだよ。恋愛御法度のアイドルやってりゃ尚さらな」 「…………」 「俺はもうストレスなんか感じねぇ域にまできてるけど、〝ハル〟はそうじゃねぇだろ。それに、ゴシップ記者は引くほどしつこいし?」 「…………」 「ルイの機転に感謝だな」  〝そういう意味じゃない〟が、聖南の解釈で静かに尤もらしく語られた。  左肩に乗った手のひらや、密着した体の芯から響く聖南の声にドキドキしつつ、『あぁ、そういう風に捉えることも出来るんだ』って目から鱗がポロポロ落ちた。 「…………」  聖南にはもっと相応しい〝女性〟が居るのに、俺が〝俺〟だから堂々と出来ない。交際宣言をしても、俺を気遣った発言しか出来ない。  密会するにも万が一撮られた時に相手が〝俺〟だったら、どんなバッシングを受けるか分からない。〝俺〟の存在は、聖南の未来を一瞬で失くすことが出来る── 。  何度も何度も聖南に嗜められてきたこの思考が、知らない間に復活していたことを思い知る。  『別人でしか聖南に会えない』ことを、俺はいつものごとく、こんな風に卑屈に考え過ぎてたんだ。  聖南の解釈では、俺が今抱えてるのは業界の後輩として抱えていてもおかしくない心配事。追われる身の俺たちは〝セナ〟と〝ハル〟だからこその有名税で、それなら危機管理を徹底すべきだよねってことらしい。  俺がどこの誰とも分からない別人になって聖南と密会すれば、少なくとも〝ハル〟は守られる。  世間に交際宣言をしてる〝セナ〟も、どれだけ記者に意地悪な質問をされても頑として相手の存在を明かしてないから、たとえこの密会がスキャンダルとして報じられても信憑性に欠ける。  俺がまたネガティブ発言したって聖南はちょっと怒ってたけど、あんなにこわい目をしといて『そうじゃない可能性』を考えてくれてたんだ。  もうそんな風にぐるぐるすることはないだろうって……聖南は俺を信じてくれたんだ……。 「任務でもねぇのに別人になりきるなんて、葉璃は不満なのかもしんねぇけど。現状かなり動きづらい状況なのは確かだし、でも葉璃ちゃんには会いたいし、今後もその名無しちゃんで来てくれたら俺はありがたいかな」 「……そう、ですよね……」  ワガママ言ってゴメンな、と弱々しく微笑む聖南に、いったい何が言えるっていうの。  お互いの会いたい気持ちが爆発して、今に至ってる。  それなら俺は、迷うことはない。  聖南のためだったら、俺は毎回別人になりきってどこへでも会いに行くし、それを卑屈に思うことも無いんだから。  ネガティブ発言を咄嗟に誤魔化そうとした俺を、聖南が信じてくれて嬉しかった。  きっとカッと頭に血が上ったはずなのに、俺の言葉を噛み砕いて先輩として冷静に答えをくれたのも、すごく頼もしかった。

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