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俺が聖南に本心を語ってほしかったように、聖南もそうなんだってことを遠回しに訴えてくるだなんて思わなかった。
おかげで俺はまた、口のうまい聖南に〝NO〟と言えない状況に追い込まれた。
俺の言葉ぜんぶが本心じゃないこと、聖南の体と心が心配でどうにか出来ないか考えていたことを見透かされた上で、これからは願ってもない本当のプチ遠距離恋愛がスタートする。……らしい。
「あぁ〜気持ち良かった。バスタブ狭くて一緒に入れなかったのは残念だけどな。湯船に浸かるとマジで疲れ取れるよなぁ」
「そ、そうですね。お家ではお風呂入ってなかったんですか?」
「一人だと入る気になんなくてさ、シャワーで済ませてたんだよ。葉璃と入るんだったら湯船にお湯ためてる時間も苦じゃねぇのに」
「ふふっ……」
分かる気がします、と笑う俺に、ホテル名が印字されたバスローブ姿で出てきた色気ムンムンな聖南も、ニコッと笑い返してくれる。
久しぶりに会ったとは思えないくらい、俺たちの間には和やかな空気が流れていた。
やらしい妄想でドキドキしっぱなしだった俺に、聖南が言ったのは「先に風呂どーぞ」だった。
そして聖南は、ほんとに俺のメイクを落としただけで洗面所を出て行って、扉を閉めた。
── 〝先に〟ってどういう事?
首を傾げつつ、俺でも膝を立てて浸からないと入れないような狭いバスタブに、とりあえずお湯をためた。
俺が洗い終わったところにやって来るんだろう、もしくは洗ってる途中で乱入してくるのかな、と聖南の登場パターンを悶々と考えてたんだけど……。
結局俺は、ピカピカでこじんまりとしたバスルームでひとりバスタイムを楽しんだ。
最初こそ『充電させて』と抱きついてきたけど、その時も今も、聖南からはやらしい雰囲気を微塵も感じない。
会えば絶対にそうなるって決めつけてた俺もどうかと思う。でも全然、そんな気配すらないっていうのはどうなの。
聖南のことだから、今日は逃さないと思う。
だとすると、いったいいつはじまるんだろ……。
タオルでワシワシと髪を拭きながらベッドに座って、仕事用のスマホをチェックしてる聖南の横顔をチラ見すること数分。
勝手に身構えてた俺は、仕事熱心な恋人の隣では何もすることがなくて、窓の外をぼんやり眺めていた。
あのスマホを見ている時は、聖南にとってはそれも仕事のうち。一緒に暮らしてる時もそうだった。
俺はその隣でスマホをいじってるか、ギリギリまで音量を下げて録り溜めたテレビ番組を見てるかで、聖南の邪魔にならないように気を付ける。
── そもそもこれが聖南の要望だからなぁ。
書斎にこもってる間はしょうがないけど、聖南が何をしていようが家の中に居る時はできるだけそばに居てほしい──。
〝聖南〟らしい要望だ。
でもたまに、ほんとにそばにいていいの? やっぱり俺邪魔じゃない? と思うこともある。
例えば聖南が、スマホの画面をスクロールだけしていたのが、いよいよ有線イヤホンを取り出して何かの音源を真剣にチェックし始めた時とか……。
「── さっきレイチェルと会った」
「えっ!?」
少し長めに何かの音源をチェックした後、聖南がゆっくりと片耳のイヤホンを外して俺の方を見た。
無音の室内と右腕に感じる聖南の体温にウトウトしかけていた俺は、唐突に話しかけられてドキッとする。
しかも聖南の口から出た名前が、眠気を一気に吹き飛ばすくらいの緊張感を生んだ。
「あ、会ったって……何かお話したんですか?」
「仕事で顔を合わせただけ。販促の最終打ち合わせ日が今日だったんだ」
「あ、あぁ……そうなんですね」
「それでな、葉璃に聞いてほしい会話の音声がある」
「……会話の音声?」
首を傾げた俺に、聖南は力強く「そう」と頷いて、たった今外した方のイヤホンを差し出してくる。
「俺とレイチェルの会話を録音してたんだ。葉璃には何があっても誤解されたくねぇから」
「…………??」
「まぁいいから、まずは聞いてみてくれ。説明から入ったって、そのキョトン顔がずっと続くだけだ」
「…………っ」
よく分からない展開に戸惑う俺を見て、聖南はクスクス笑っている。スマホに視線を戻しても、その横顔は楽しげなまま。
何が何だか分からないけど、とりあえずイヤホンを受け取って右耳に装着した。
聖南の意味深な言い方で、音声が始まる前からすごく緊張してしまう。
「それじゃ、再生するぞ」
「……はい」
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