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 聴きながら俺の手を握ってニギニギしてくる聖南は、記憶のままとっても温かい。だから余計に、ことごとく俺たちの邪魔をするレイチェルさんへの怒りが沸々とし始める。 『ハルさんは、とても稼いでいらっしゃるのね』 『……ん?』  あ……あの時も似たようなこと聞かれたっけ。  こわいくらいに綺麗な青い瞳が、俺を値踏みするようにジロジロ見てきて居心地が悪かったんだよね……。  〝どうして、デビュー間もないハルさんがあのような物件に住むことが出来るのかしら。しかもセナさんのお隣だなんて。〟  あの台詞の裏を読むと、たぶん〝どうしてあなたみたいなちんちくりんが、セナさんと暮らしているのかしら〟だったんじゃないかと思う。  俺が聖南の恋人だと知ってそうな雰囲気ムンムンで、だからこそ実際に会って俺のことを見たレイチェルさんは、嫌味の一つでも言わなきゃ気が済まなかったんだろうな。  私の方が美しいのに。私は〝女性〟なのに。……って。  何もかも敵わない俺は、「そんなことわざわざ言われなくても分かってる!」って大声で叫びたかったのを思い出した。 『セナさんと同じマンションにお住まいだと伺ったものですから。日本でブレイクすると、デビューからたった二年でセナさんと同等レベルのマンションを借りることができるのですね。私の母国は、家賃がとても高いんです。ルームシェアをする方も多いの。だからすごく驚いてしまって……。日本でのデビューは、夢があっていいですわね。ハルさんは幸せ者だわ。私も彼らに続けるかしら』 『それこそ社長に聞いてねぇの?』 『何をでしょう?』 『俺が二部屋借りてるうちの一つに、〝ハル〟を住まわせてるって』 『おじさまからは、そのような話は……』  ── えっ? え……? 「……っ! 聖南さん……っ」 「あぁ。一回止める」  思わず聖南の手のひらをギュッと握る。  聖南もここで一度再生を止めるつもりだったのか、すでにスマホの画面に指が添えられていた。 「……あんな事があった後だ。社長はもう、俺を裏切るような真似はしない。その社長が、なんでレイチェルが俺たちの事……つまり俺が部屋を二つ借りてるだとか、そこに葉璃を住まわせてるだとか、とにかく俺のプライベートな事を知ってるのか分からねぇ、そう言ってたんだろ?」 「はい。それはルイさんが問い詰めてた時に、俺も一緒に聞いてたんで……」 「だったらおかしいよな」 「……はい」  レイチェルさんは、ただ聖南の問いに答えただけなんだろう。  俺に向けて言ってた通りの皮肉っぽさ全開で、〝どうして〟とまた疑問形で話していて心にグサグサきていたところに、あの失言……。  社長さんの言葉が本当なら、レイチェルさんは別の誰かからその情報をもらった事になる。  聖南もそれに気付いてたみたいで、二人で顔を見合わせた。……けど、俺は目が合ってすぐにそらして下を向いた。  ── うぅっ、久しぶりの聖南……やっぱりカッコよすぎる……。こんな至近距離で見ちゃ目がやられるよ……。俺、よく今までこの人と抱き合ったり、キスしたり、エッ、エッチなことしたり出来たな……。 「再生するぞ」 「は、はい……っ」  だめだめ。集中しなきゃ。  隣に座ってるのが半端じゃなくイイ男だからって、一人でドキドキしてる場合じゃない。  もしかしたら、他にも重要な証言みたいなものがあるのかもしれない。  うっかり聞き逃さないように、俺はほんの少しだけ、さりげなく聖南から離れてまぶたを閉じた。 『てかレイチェルにここまで言う必要無えんだけど、〝ハル〟って実家が遠いんだよ。今まで実家から出たことも無え息子を一人暮らしさせる親御さんの気持ち考えたら、直属の先輩のうちの誰かが近くに居た方が安心だろ? 〝ハル〟のデビューは異例中の異例だったし、俺が協力しなかったら親御さんは〝ハル〟を芸能界になんて考えもしなかったと思う』 『直属の先輩というと……ハルさんのお住まいは、アキラさんやケイタさんのそばでも良かった……そういうことですか?』 『そう。たまたま俺が二部屋借りてたから、一部屋使ってねぇし金貯まるまで住んでいいよってことになった。事務所のマンションっつっても家賃光熱費かかるわけだし、そもそも一人暮らし経験が無え〝ハル〟を孤独にさせたくねぇってのが、親御さんの本音だったからな。少なくとも俺が隣に住んでれば、何かあった時駆けつけてやれるじゃん。……っていうか、やたらと〝ハル〟を気にしてるみたいだけど。なんかあんの?』 『あります』   聖南すごい……ほとんど全部、ほんとのことを話してる。  当たり障りなく、ウソばかりを並べたら後が大変だからって、不自然じゃない言い回しで絶妙に〝ハル〟が隣に住んでる理由を明かした。  そのついでに核心に迫るところも、さすがの一言。 『分かんねぇな。なんでそんなに〝ハル〟のことが気になんのか。接点も無えのに敵視してるように見えるんだけど?』 『セナさんに恋人がいらっしゃるのは、私も存じております。けれどセナさんは、その方とお会いになっている様子がありません。TVショーではよく恋人のお話をされていらっしゃるけれど、お忙しい身でいつそのような時間があるのか、私には疑問なのです』 『 ん、質問聞いてた? それと〝ハル〟に何の関係があんのかな。俺の恋人とどう結びつくんだよ』  そう、そうだよ。  質問に疑問で返してくるなんて、これが作戦だとしたらとんでもなく頭の良い人だけど、確実に少しずつボロを出してるレイチェルさんは、聖南の口撃のあとちょっとの間黙り込んだ。  そして……。 『── ハルさんこそが、セナさんの恋人なのではないかと。私はそう感じています』 「う、……っ!」  無意識に、なんだかよく分からない感情が湧いてきて呻いてしまった。  この何とも言えない不快感。  あの時も一瞬で頭に血が上って、例えようがないくらいの屈辱を味わった。  たまたまルイさんが居てくれて、事態を見かねて間に入ってくれたから難を逃れたようなもの。  あのまま頭に血が上り続けてたら、いろんなことをぶちまけて確実に爆発していた。  俺は、自分で言うのもおかしいかもしれないけど怒りの感情が人より少ないんだ。  少々イラッとすることはあっても、すぐに〝俺が悪かったのかも〟と考え直して凹む。  卑屈っぽくて、物事を良い方に捉えるのが難しく感じるネガティブ気質は、そうそう治らない。  聖南や周りのお兄さん達が大目に見てくれてるだけで、俺みたいなタイプの人間は付き合うのがすごくめんどくさい。……と、自分でも分かってる。  そんな俺が、たった何分かの会話でイライラが頂点に達しそうだったほど、レイチェルさんの視線や言葉には棘があった。  それを必死で堪えてなんとか言い返したものの、胸の中をぐるぐるする重たくて黒いモヤは、今日までずっと晴れずにいた。 『プッ……! あははは……っ!』 『ど、どうしてそんなに笑っていらっしゃるの!? 私、それほどおかしなことを言いましたか!?』 『待っ、待って、ちょっと待て……!』  感情を殺してジッと聞き入っていた俺の耳に、聖南の爆笑が響いた。

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