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笑い声までカッコいい聖南は、相手が呆気にとられて慌て始めるほど、目尻に涙が溜まるまで笑い転げる。
何も可笑しな事は無いんだけど、自分の思惑通りに事が進んだり、相手が失言したりで勝利を確信した時、聖南の中で安堵が広がるのか場の空気を壊しそうな勢いで、それはもう大胆に爆笑する。
チラと右隣を見てみると、ここに居る聖南は可笑しくないみたいで無表情のままだ。
一時停止もする気がないらしく、長い足を組んで斜め上を見ている。
『はぁ、おもしろ。レイチェルさぁ、自分がめちゃめちゃおかしな事言ってるって気付かねぇ? 俺の周りには〝ハル〟よりそれっぽいのたくさん居んのに、なんで〝ハル〟がそうだって思った? まさか俺と同じマンションに住んでるから、とか言わねぇよな? 決め手はその一点だけ?』
『ですが、そうとしか考えられないんですもの!』
『その考えがまずおかしいんだよ』
『えっ!?』
おかしい、の?
確かにレイチェルさんは、誰かに聖南のプライベートに関する情報をもらって、俺のことを突き止めた。
聖南と〝ハル〟には接点だらけだし、怪しまれてもしょうがない……と思ってたんだけど、聖南によるとその考えそのものが「おかしい」んだって。
『もっとよーーく調べねぇと。その理論でいくと、だ。俺が住んでるマンションには、〝それっぽい〟業界人が〝ハル〟の他に六人も居るんだぞ? 素人含めるといったい何人だろうな? あ、〝ハル〟を疑ってるってことは男もアリか。その辺は俺も偏見無えから、可能性はゼロじゃねぇよな。て事は俺の恋人候補、とんでもねぇ人数になるなぁ?』
『…………っ!』
息を呑んだ気配のするレイチェルさんと同じタイミングで、俺は右耳から聴こえる聖南の声で正解を聞くことになった。
── そうだ。
聖南と俺は、万が一バレたら後ろ指を指されかねない関係で、誰の目にも一般的じゃない。
俺はついつい「俺たちの事がバレてるかもしれない、ヤバイ」ってことだけに集中してしまっていたけど、はなから疑われてること自体を怪しまなきゃいけなかった。
レイチェルさんは決定的な証拠が無いのにもかかわらず、聖南と俺の関係を決め付けて、直接本人たちにぶっちゃけるという暴挙に出てる。
もし違ったら、なんてちっとも考えてもいなさそうで、その証拠に、聖南の住むマンションにどれだけの〝恋人候補〟がいるかを聖南に指摘されて言葉を失っていた。
『レイチェルが居た国じゃあり得ねぇ文化なのかもしんねぇけど、日本じゃ先輩が後輩の面倒を見るってそうおかしなことじゃない。ETOILEは俺が初めてプロデュースしたアイドルだ。特別目をかけて当然だとは思わねぇか?』
『……えぇ、思います』
『だったらさ、あんま〝ハル〟を刺激するようなこと言うなよ? デリケートな子なんだから』
『はい……。……ごめんなさい……』
聖南の声がワントーン低くなると、ピリッとした雰囲気のなか小さな声でレイチェルさんが謝罪した。
あのレイチェルさんが……ごめんなさい、って……。
それが、〝聖南を諦めます〟の謝罪だったら良かったのに。
今のは聖南風に言うと、偶然出くわして俺を刺激しまくった礼をした、ってところかな。
その一言で、俺と聖南が情報を共有する仲だってバレちゃったかもしれないけど、それはいくらでも真実を交えての言い訳が効く。
とにかく聖南は、レイチェルさんの持ってる情報がそんなに信憑性があるものじゃないってことを伝えようとしてるみたいに感じた。
「……あ、」
まぶたを閉じたまま続きを待っていると、突然右耳が無音になった。
隣で優雅に腰掛ける聖南が画面をタップして一時停止したらしく、ふと視線を感じた俺は薄目を開けて右隣を見てみた。
「えっ……」
聖南と目が合う。それだけならまだしも、何か言いたそうに何秒間もジーッと見つめられた。
なぜか俺は、さっきみたいにすぐに逸らすことが出来ない。
恥ずかしい。なんでそんなに見るの。
見ないで。言いたいことがあるなら早く言って……。
「あ、あの、聖南さん……?」
無言の圧に、耐えられなかった。
聖南の熱っぽい視線も、言いたいことを渋る表情も、離さないとばかりに絡まった手のひらも、俺はぜんぶ知ってるはずなのに……。
なんで〝圧〟だと思うんだろ……。
「いや……ごめん。葉璃に見惚れてた」
「えっ?」
「なんだろうな。……やけに緊張する」
「えぇっ」
聖南も同じ気持ちだったの!?
ぷいっと向こうを向いた聖南の表情が見えなくなって、ホッとした俺も相当……緊張してる。
どうしよう。
ドキドキする。
握られた手のひらが、じわじわと汗ばんでくるのが分かる。
「葉璃、これだけは覚えといてほしいんだけど」
「は、はい?」
神妙に真剣に語る聖南の声に、耳を澄ませた。
そっぽを向いたままで表情は見えなかったけど、照れ隠しなのか何なのか、ぎゅっと力いっぱい手を握ってくる。
手汗びっしょりだからそんなに握らないでほしいんだけど、聖南は体が大きいから手のひらも俺の倍近くはあって、とても離れられない。
「俺は葉璃を愛してる。他の誰も、何も、要らない」
「は、は、はい……っ?」
「俺は、レイチェルのことが許せねぇんだ。葉璃の心をぐるぐるさせて、俺と葉璃を引き離すきっかけを作って、俺たちにとって一番ダメージのある姑息な手を使ってることが、マジで許せねぇの」
「はい、……」
「だから、ちょっと……かなり危険な手を使って諦めさせることにした。お灸を据える意味でもな」
「危険な手……?」
そう、と頷きながらようやく俺の方を向いた聖南が、スマホをタップした。
どういう事? 危険な手って何? さすがに危ないことはやめた方が……と違うドキドキが襲い始めた俺の右耳から、聖南の声が聞こえてくる。
やっぱり正解は、この録音にあるみたいだ。
『── ん。てか次は俺の番。いい?』
『……えぇ、どうぞ』
『ありがと。……なぁレイチェル。プラトニックラブって知ってるか?』
『プラトニック……ラブ?』
プラトニック……ラブ?
……何それ?
『さすが。発音いいな』
『意味は分かりますけれど……それが何か?』
『今付き合ってる恋人と俺は、そういう関係なんだよな』
え、レイチェルさん、意味分かるの? って、そりゃそうか……。
しかも聖南は、俺たちがそういう関係だって言ったけど……そうなの?
俺にはさっぱり分からない、なんだかエッチな響きの〝プラトニックラブ〟の説明が無いまま、話は進んでいく。
『それはつまり……セナさんは、お相手とはそういう行為を……していらっしゃらない……?』
『ノーコメント』
『え……っ』
「えっ……」
さすがの俺でも、そういう行為がどういう行為かは分かる。
その問いに『ノーコメント』は……〝してない〟ってことにならない?
それはかなりの大噓じゃないかな……?
だって俺たち、その……そんなの数えたこともないけどさ、何回したか分からないくらい、ほら……数えるのも野暮なくらい、いっぱいしちゃってるよね……?
思わず戸惑いの声を上げた俺に、聖南はチラっと視線をくれながら「まぁ聞け」と苦笑した。
『ソレが重要だとは思ってねぇんだよ。実際、付き合ってから何回そういうコトをしたのか分かんねぇし。数えるもんでもねぇだろ?』
『ま、まぁ……!』
ん……? あれ?
俺が思ったことを数時間前の聖南が代弁した。
そう、そうだよ。
何回そういうことをしたか分からない、数えるものでもない……っていうか俺たちは数え切れないくらいシてる。
二人の間ではそういう認識なんだけど、プラトニックラブというエッチな単語の後にそれを聞いたレイチェルさんは、まったく逆の意味に捉えていそうだった。
『さっきレイチェルも言ってたけど、会えない日が続くとどうしても無性に男の血が騒ぐ時があるんだ。でもそういう時の発散方法って一つしかないじゃん?』
『お、お、男の、血が……?』
男の血が騒ぐ時の発散方法だなんて……女性にそんな話はちょっとどうなの、聖南……。
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