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52★⑤

 学生気分でワイワイしていると、林さんから到着の連絡が入った。  今日は三人まとめてここまで送ってくれたから、ルイさんも一緒に社用車に乗り込む。  助手席にはルイさん、後部座席に俺と葉璃が座る形になって、やっぱりルイさんは気遣い屋さんだと内心で笑んだ。 「突然で申し訳ないんだけど、これから社長のところに行くよ」 「えっ」 「えっ!」 「ほーい」  今日はこのまま解散すると思っていた俺と葉璃は、何気なく言った林さんの言葉に驚きを隠せなかった。 「社長さん……なんで社長さん……?」  葉璃の呟きは真っ当だ。  俺たちがまとめて社長さんの元へ行く時、かなりの高確率で後々大変な事態になることばかりを聞かされる。  それは良いこともあれば悪いことも多々あって、俺はあまりあの社長室に良い印象が無い。 「ま、行ったら分かるやろ」  後部座席の俺たちがあからさまに狼狽えたのを、ルイさんが振り返って笑ってくる。  あ、これ……もしかして〝嬉しい話〟なのかな。  さっきのワイワイでセナさんの作戦を詳しく聞くことが出来なかったから、解散後に三人の時間を作ろうと思ってたんだけれど……それもまた後日になりそうだ。  ピンときた俺に対し、右隣に座る葉璃は前を見据えたまま「えぇ……」と浮かない表情を浮かべている。  あの社長室が苦手なのは、他でもない葉璃の方だろう。俺よりもはるかに〝後々大変な事態になる話〟を聞かされてきたからだ。  これまでの葉璃に降り掛かった出来事は、ほとんどが社長室発だった。  そりゃあ気が重いよね……。  事務所に到着し、社長室に向かうエレベーターの中でも遠い目をしていた葉璃を、俺とルイさんが挟んで無意識に守っていた。 「──失礼します」 「お疲れ様、です」 「……お疲れ様です……」 「お疲れーっす」  秘書室を抜けた先にある社長室に、林さんを先頭に俺、葉璃、ルイさんの順に入室する。  今日はどんな話を聞かされるんだろう……そんな不安が渦巻く中、否が応でも緊張する。 「お、来たか。座りなさい」  待ち構えている社長さんの顔面が、今にも何かを尋問してきそうでソワソワしながら、いつもの奥側のソファを目指す。  社長さん側に葉璃を促し、俺はその隣に、ルイさんは葉璃側の肘掛けに弾みをつけて乗った。  いつもはセナさんがそこに掛けるんだけれど、社長さんと親しいルイさんが前方に居てくれた方が、俺と葉璃も心強い。  ちなみに林さんは、彼の立場があるのか社長さんのそばでビシッと起立している。  対のソファなのに、反対側には誰も座っていないという奇妙な現象が起きていた。  俺でさえも奇妙だと思ったんだから、社長さんが不思議そうに俺たちを指差すのも仕方がないと思う。 「……おい、ソファはそっちにもあるだろう。なぜそう偏って掛けるんだ」 「…………」 「俺はここがええねん」 「俺もここが、定位置なので」 「う、うむ……そうか」  ルイさんと俺が即答すると、社長さんはやや破顔した。  良かった……今ので少し、社長室内の緊張感が薄れた気がする。 「さて。早速だが、お前たち三人に報告が二つある」 「二つ……?」 「二つ……」 「このところ林や関係社員と話を詰めておったんだが、ほぼ決定事項となった。一つ目の報告は、世間へのルイの加入発表時期なのだが……七月の上旬に決まった」 「…………っ!」  それはとてもいいニュースだ!  社長さんの顔付き的に、またとんでもない話を聞かされると嫌なドキドキを味わっていた俺は、ルイさんの加入発表時期が決まったことに喜びを覚えた。  右隣で俺と同じ胸中だったはずの葉璃も、パッと顔を上げる。 「わぁ、ルイさん! おめでとうございます!」 「おぉ、ありがとう」 「ルイさん、おめでとう、ございます」 「ありがとなぁ」 「ついにって感じですね! あっ、七月って……ETOILEがちょうど三年目になる月じゃないですかっ? デビューも確か七月だったような」 「あ……そう、だね。七月でETOILEは、三周年だ」  ホッとした葉璃の表情と声が、明るいそれに変わっている。「ありがとう」と俺たちに笑顔を向けてくれたルイさんも、照れくさそうではあったがとても嬉しそうだ。  俺と葉璃がデビュー会見を行ったのは、一歩外に出た瞬間に全身から汗が吹き出しそうなほど暑かった、七月中旬。  大勢のマスコミの前に立った俺たちは、冷房がガンガンに効いてる中でも緊張で滝汗をかいていた。  お世辞にも広いとは言えなかった会見場での質疑応答は、気を失いそうな葉璃を支えていた俺もガチガチに緊張していて、今となってはもはや何をどう話したか思い出せもしない。  そんな俺たちが、七月で三周年を迎えるなんて……。  感慨深い、という言葉しか浮かばないな。 「そんなめでたい月に加入さしてもらえるとは、社長も粋やな」 「どうせなら、な。三人の仲も順調に深まっているようだし、心配いらないようだ」  葉璃を挟んで一つのソファに三人で掛けているのを見て、社長さんが不敵に笑う。  俺とルイさんがまるで葉璃から離れたくないというような構図だから、そう思われるのも当然だよ。  これはわりといつもの事だから、少しも違和感を覚えなかった俺たち三人は、本当の意味でも心配いらない。  社長さんの報告が嬉しいものだと知った葉璃は俯くのをやめ、ルイさんと俺にニコニコと笑いかけてくる。  反射的に笑みを返してしまうほど、葉璃の笑顔は可愛い。  だけれど、油断できない。  社長さんは報告が二つあると言った。  もう一つの方がとんでもない話だったらどうしよう。  俺だけでもしっかりしなくてはと思いながら、少しだけ体を傾けて葉璃に寄り添う。 「そしてもう一つの報告なんだが……。お前たち三人には約一ヶ月共に暮らしてもらおうと思う」  ……はい?  共に暮らしてもらおうと思う……?  ……暮らす? 誰と誰が? ……俺たち?  あまりにも寝耳に水な話に、俺の脳が一瞬バグを起こした。 「…………?」 「く、暮らす? ……三人で、ですか? それはどういう……」  頭の上に立体的なクエスチョンマークをたくさん浮かび上がらせている葉璃の代わりに、俺が問うしかなかった。  こればかりは説明無くしては何も言えないどころか、返答もし兼ねる。  狼狽する俺に追随してくれたのは、こういう時に一番頼りになる〝先輩新メンバー〟だ。 「社長、説明が急過ぎやって。ハルポンと恭也の顔見てみーな」 「そうか。ならばこう言えば分かるだろうか。結成五年未満のアイドルばかりを集めた特番を、七月に二週に渡って放送する案がある」 「そうなんだ。ルイくんが僕とマネージャー業務をしていた頃に企画案がきていてね。ETOILEは新メンバーのオーディションがあるからという理由で、出演に関しては年明けまで保留にしてもらっていたんだ」 「そうなんよ。企画内容は……見たことないか? メンバーが寝食を共にする合宿みたいなやつ。週に三日、定点カメラ置いて俺たちの素の様子を撮るて感じ。密着やないから撮るタイミングとかは俺らで決めていいそうや。ある程度注文はくるやろうけど」 「…………」 「…………」  社長さんを皮切りに、林さんとルイさんが追加で説明をしてくれた。  俺は何となく……番組内容は分かった。  要は俺たち三人の仕事外の様子を撮影し放送する、という事だよね。よりプライベートな部分を見たいから、撮影のタイミングも自分たちで……と。  そういう企画の番組を、俺は知らない。だから当然見た事も無くて、想像しか出来ない。  いや……想像も難しいよ。  だって俺たち三人が一緒に暮らす?  一ヶ月も?  そんなこと……出来るの?  もし本当にそんなことが可能なら……俺は、『楽しそう』という感想しかないよ。

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