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52♣⑨
♣
「俺、言いましたからね? ほんとに、ほんとに、役立たずですからね? 知らないですよ? 俺それで怒られたら家出しますからね?」
──今日も今日とて遠慮するハルポンを無理やり車に乗っけて家に送ってる最中、マジでずっとこの調子で同じことを言うてる。
しかも必死の形相で。
それしか言えんようなったんかと苦笑いする俺とは反対に、今日はハルポンラブな恭也も乗せてるからメンタルケアは問題無い。
「はいはい。なんぼでも言うとけ。俺も恭也もそんなことでいちいち怒ったりせん」
「そうだよ。葉璃は、いてくれるだけで、いいよ」
「いてくれるだけでって……それだと二人に何もかもさせちゃうことになるよ! あっ、じゃあ俺にも出来ることを担当する! 洗濯はっ? 聖南さんと暮らしてた時、洗濯担当してたから!」
まだまだ先の話なんやから、今からそないに目血走らせんでもええのに。後部座席で騒ぐハルポンと、その横に居る恭也のテンションの違いに笑けてしまう。
出来んながらも、とにかく何かしたいて気持ちは充分伝わってん。
そやからよう考えんと、運転中の俺をドキッとさすようなことは言わんでほしい。
「うーん……それは……」
「それやと俺らのパンツも洗わないかんってことになるけど」
「パンツ……!」
「洗濯は各々したらええやん。そっちのが気ぃ遣わんでええし」
「だとしたら俺、何も……っ」
「葉璃、そんなに、何かしたいの?」
「え……」
恭也が核心を突くと、ハルポンは「だって」とぼやき、また指先をイジイジし始めた。
俺らをイライラさせるんちゃうかと、よほど不安らしい。宥めても宥めても性根が卑屈なハルポンの不安は拭えんようで、あとどう言うたら安心してくれんのか分からんくなってきた。
「なぁハルポン。一緒に住む言うても、ほとんど寝に帰るようなもんやろ? 朝メシと晩メシは俺が作ろ思てるけど、毎日やなくても外食で済ませて家帰って寝るだけ、そんな日もある」
「うんうん。ルイさんばかりに、負担かけるのは、よくない」
「三人ともそない暇やないからな。みんな何もせん一日があって当然やと思う。そもそも撮影以外は家帰っててもええいう話やし、そこまで深く考えんようにしとき」
「えっ!?」
「え?」
「え?」
俺はたぶんずっとそこに居付くことになるやろうが、二人はそうもいかんことは分かっとる。
どんなに気の置けん仲でも、はじめは良くてもだんだん窮屈に感じることだってあると思うしな。
普段は実家に住む二人が、撮影の日にフラッと立ち寄れる場所でありたい……なんてそんならしくないことを考えてたから、ハルポンの「えっ!?」にこっちも驚いた。
信号待ち、右手だけでハンドルを握りながらルームミラーでハルポンをチラ見する。相変わらずのイジイジ態勢で、思いがけんセリフが耳に飛び込んできた。
「い、いや、俺は……あんまり家には帰らないで、出来るだけ二人と住むつもりでしたけど……」
「あぁ……」
「葉璃……」
そうなん。……そうやったん。
ハルポン、実家に帰るつもりなかったん。
らしくなく殊勝な気持ちでおった俺、ちょっと胸がキュンとしたぞ。
一緒に暮らすんは週に三日だけやとしても、それでも嬉しくて楽しみでドキドキワクワクしてた身としては、ハルポンの言葉には感動すら覚えた。
そんで、『なるほど』とも思た。
なんでこないに不安がってるか、ようやっと分かった。いや、ハルポンの性格を知った気でおった自分はまだまだや。
「そういう事か。そやからあんな悩んでたんやな。出来ることないのに毎日一緒におったら俺らに悪いーて」
「は、はい……」
「そっか。葉璃がそのつもりなら、俺もずっと、二人と居るようにする」
おぉ、恭也もずっと一緒におってくれるん。
なんや……ますます楽しみなってきたな。
ETOILEの要はやっぱハルポンやと再認識しながら、アクセルを踏む。もちろん法定速度をキチンと守りながら、すっかり覚えたハルポンの実家までの道を進んだ。
「でもセナさんはええの?」
「あっ、そ、それは……っ! たぶん週に一回は家を空けることになるかも……ですけど……」
「ふふっ……。だったら、その時は、俺とルイさん二人きりだ」
「恭也とルイさん二人きり……!? そ、それ、別でカメラ回して俺にだけ見せてくれたりしない?」
「なんで回さなあかんねん」
「嫌だよ」
「えーっ!」
謎の趣味をお持ちのハルポンからの提案は、俺と恭也の両方から無下に断られてショックを受けとるが、そんなんどこに需要あんのよ。
あ、……ハルポンには需要ありまくりなんか。
さっきもハルポンによるハルポンのための撮影会が開かれとって、俺と恭也はスケベカメラマンに扮したハルポンからの要求に出来るだけ応えてやった。
背と体付きがほとんど変わらん俺たちやけど、顔の印象がだいぶ違うから陰と陽みたいに両極端なんよな。
それが映えると言われればそう思えんこともないし、現に恭也と並ぶと自分でも「おおっ」となる。
週に一回はハルポンを独占するらしいボスには、何もかも敵わんのやけど。
「ま、ハルポンは何も心配せんでええからな。俺は家事まるっとお任せあれやし、恭也もハルポンの世話焼きならお手のモンやし」
「今から楽しみ、ですよね。俺、この話聞いた時、ちょっとだけ戸惑いはしたんですけど、楽しそうって、思いましたよ」
「俺も。新参者やからあんま出しゃばりたくないねんけど、この話だけは何とか受けてくれんやろかてずっと思てた」
「そ、そうなんですね……」
ここまで言えば、俺がどんだけドキワクしとるか分かってもらえるやろ。
恭也とハルポンの間に割り込もうなんて図々しいことは考えてへん。
ただ俺は、二人と一緒におりたいだけなんよ。
二人の色に染まったETOILEへの加入が決まってからは、もっとそう思うようになった。
ハルポンが発破かけてくれんかったら、ばあちゃんの事で手一杯やった俺は最終オーディションすらなぁなぁでこなしてたんや。
〝ルイさんと一緒に踊りたい〟
こう言われて胸がドキドキーッと熱くなったんは、まだ記憶に新しい。
「しかも葉璃、俺もう一つ、楽しみな理由あるんだよ」
「何?」
「俺、ドラマのオファー受けたって、言ったでしょ? 一ヶ月後ってちょうど、顔合わせして、稽古入るくらいなんだ。帰ったら、葉璃がいるって考えたら、……嬉しくて嬉しくて」
「あ……だったら恭也、少しは寂しくない?」
「うん。寂しくない。すごく、頑張れる」
「そっか……!」
まるで愛しい恋人みたいにハルポンを見つめる恭也は、この企画のおかげでオファーを受けたドラマを頑張れるとストレートに打ち明けた。
ハルポンも、目をうるうると潤ませて感動の面持ちで見つめ返しとる。
俺はルームミラーでそんな二人の様子を見て、羨ましさ半分、微笑ましさ半分の胸中を自覚した。
もうすぐハルポンの実家が見えてくる。
今日はケツが早めやと分かってたからか、珍しく家族で外食に行くと嬉しそうに話しとったハルポンとは、この信号を抜けたらお別れや。
「ハルポン、明日は八時に迎えに来るけんな。寝坊するんやないで」
「だ、大丈夫です! 寝坊はもうしません!」
「ふふっ……」
軽口を叩くと、マジに言い返してくるハルポンは素直さの塊や。
さらに、車を降りて毎度律儀に「ありがとうございました」言いながら小さく手を振って微笑む。
うーわ、また胸がキュンてしたわ。
……なんてな。
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