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52♣⑧
二人と四六時中居るんはキツい──ハルポンにそう言われたら、俺は真面目に一年くらいは立ち直れんかった。
俺でもそう思うんやから、恭也はもっと大ショック受けるやろ。
でもハルポンの不安要素は、まさにハルポンらしい自分の家事能力の無さで悲観しとっただけやった。
そんなん……言われんでも俺がカバーしたるつもりでおったよ。長年ばあちゃんのパシリに任命されとった俺は、家のことすんの何も苦やないんやから。
ハァ……。あまりにもホッとして、気が抜けたわ。
「なんやそんな事か……」
「そんな事じゃないですよ! やっぱり一緒に住むからには最低限のスキルが必要ですよねっ? 俺は何も出来ないんです。出来ないことで二人をイライラさせちゃうかもしれないのが、すごく怖くて……」
なんで俺と恭也がハルポンにイライラすんねん。ワケ分からん。
俺らはほぼ毎日顔合わせて、ケツまでずーっと一緒におる日なんかザラにあって、その間俺と恭也がどんだけハルポンの世話焼いてる思てんの。
自分じゃ気付いてないんかもしれんが、ハルポンはかなりマイペース中のマイペースなんやで。
チャキチャキ動くタイプやないのも知っとるし、他人には目配りするくせして自分のことは無頓着で、危なっかしい事この上ない。
はなからハルポンに何かしてもらおうと思てへんかったのは、多分俺だけやないはず。
呪文みたいに「でも、でも」言うてるハルポンに、何も心配せんでええと大声で言うたりたい。
「俺何も出来ないんです、ほんとに……」
「それもまたプライベート感あってええんやないの。誰にでも苦手なことはあるんやし」
「そうだよ、葉璃。俺なんて、実家から出たこと、ないんだよ。家事もほとんど、した事ない。せいぜい、自分の部屋の掃除と、自分のためのご飯、作るくらい」
「恭也、それ充分なんだってば。俺はそれすらも出来るか怪しいんだよ」
「てか素朴な疑問。セナさんとこではどうしてたん?」
「えっ……」
ハルポンはもちろんやけど、セナさんなんか多忙を極める人やろ。
同棲してたんは一ヶ月や二ヶ月の話やないと聞いとる。普段二人はいったいどうやって家のことしてたんか、無性に気になった。
俺には二人とも生活能力があるようには思えんのやもん。
『……俺が全部やってた。あ、いや訂正。洗濯だけ葉璃にお願いしてたな』
「ぜ、全部? 全部て全部っすか? セナさんが? またなんで……」
『…………』
勝手な偏見かもしれんが、多忙の二人が一緒に住むからには協力し合わな片方にばっか負担かかるやん。
それでもええとお互い納得しとんなら構わんけど、まさかセナさんが洗濯以外のことを全部引き受けとるとは思わんかった。
この様子やと、ハルポンはやる気はありそう。
出来んことをそのままにしとく子やないのも知っとるから、いまいち腑に落ちん。
俯いたハルポンのつむじを見ながら、静まり返った社長室に沈黙の時が流れる。
どうしよ、俺いけんこと言うたかな。でもどこが? 分からん……。
『……甘やかしたかったから』
「…………」
「…………」
「…………」
あ……左様ですか。なるほどなるほど。
気持ち分かるで、セナさん。
ストレート過ぎる発言に呆気に取られてしもたが、それは別にドン引きしたとかそういうわけちゃうくて。
俺もハルポン相手やったらそうなるかもしれん……そう考えてしもただけで。
ワッと両手で顔面を覆ったハルポンは、ちょぴっと恥ずいかもしれん。その隣の恭也は、右手を口に当ててクールに悶え中。
社長と林さんはかなりビックリ顔でガラケーを凝視してらっしゃるし、まぁなんか……それぞれ反応が違うから微妙な空気にはなったな。
『おいルイ! 何言わせんだよ! この空気どうしてくれんの、責任取れ!』
「えぇ!? 俺っすか!?」
「ふふっ……」
率先して聞いてみた俺が悪いんは、重々分かってますとも!
そやけど微妙な空気になるようなこと言うたんはセナさんやん。
裏の無いトップアイドル様は俺らにも明け透けやから、ハルポンも大変や。どんなタイミングでキュン死するか分からんもんな。
『補足すると、葉璃はちゃんと生活能力あるよ。身の回りは確かに俺が掃除してたけど、トイレとか風呂……水回りは葉璃が使う度に綺麗にしてくれてていつもピカピカだったぞ。洗濯も教えたらすぐ覚えてたし問題無え。壊滅的にダメなのは料理だけだ。そこだけ補ってやればいい』
「うぅ……そんなお世辞言わなくていいんですよ、聖南さん……」
『お世辞じゃねぇよ。俺は出来るならこの話断りたいんだぞ?』
「な、なんでですか?」
『ンなの言わなくても分かるだろ! さすがにそこは悟ってくれ!』
「…………っ!」
そらそうやな。セナさんが言うてんの、俺もさっからずっとうんうんと頷くことが多い。
やっぱ恋人が男二人と暮らすんは嫌やって。
究極は〝誰とも住んでほしくない〟なんやろうけど。
恭也にうるうるした目向けて助け求めてもダメやで、ハルポン。……あぁもう、恭也困ってるやん。
「セナ、そう拗ねるな」
『社長も卑怯だっつの。葉璃たちがそこに居たら俺はなんも言えねぇじゃん。出来るだけ受ける方に話持ってかなきゃじゃん』
「察しがいいな。さすがセナ」
『嬉しくねぇよ!』
「まぁまぁ。セナとハルが住まいを別にしている今がチャンスだろう。セナの最終決定を聞かせてくれ」
俺がこの話を聞いた時、まだセナさんとハルポンの関係を知らんかったから安直に考えてたけど、今はそうやない。
顔面偏差値がバカ高いこのカップルは、付き合うてるどころか同棲までしとったし、事情があって離れなあかんとなっていざ別居したら、二人ともが二週間で限界迎えたほどラブラブ。
てことは、社長が言うように今がチャンスなんや。
離れて暮らしてるうちはセナさんもそうゴネんやろうと、俺ら集めてこの話を持ち掛けたタイミングまで図った社長はなかなかのやり手やっちゅーこと。
案の定それに乗っかるしかなくなったセナさんの返事は、一つしかなかった。
『……俺は構わねぇよ』
「よし、よく言った! 仕事中に時間を取らせてすま……」
『あ、待て! 葉璃の返事聞いてねぇ』
「それもそうか。……ハル、どうだ? 苦手なことは無理にせずとも二人が補ってくれる。ハルは出来ることをすればいい」
「俺、ですか……。俺は……」
社長室内の全視線が、手元を見つめて動かんハルポンに注がれる。
そのいじらしさに俺は、思わず目を奪われた。
不安要素は自分自身の家事スキルの無さ。
アイドルたるものギラギラしとって構わんのに、画面上に映るそれと何も変わらんハルポンとはやっぱりもっと長い時間を共有したい。
『お断りするつもりはない』言うてたハルポンの返事を期待して数秒後。
「二人が、良ければ……」
期待通りの言葉が聞けた。
「よっしゃ! 決まりやな!」
「葉璃、大丈夫だからね。俺が、いるからね」
「うん……」
たまらん嬉しなって、立ち上がってガッツポーズを決めてしもたが感情を抑えられんかったんやからしゃあない。
まだ一ヶ月も先の話やが、これ以上ない〝嬉しい話〟にめちゃめちゃ興奮した。
ガキの当時は面倒でしゃあなかった遠足の前日、大袈裟にはしゃいどったクラスメイトらはこんな気持ちやったんやろか。
嬉しい。楽しみ。
まさかこの歳になって、こんな感情が芽生えるとは夢にも思わんかったわ。
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