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52♣⑦

 おいおい、スピーカーにして話してもうてるけどええんか?  社長がガラケーを操作した瞬間、『ん〜』と気の抜けたセナさんの声と、周りのガヤガヤした物音が聞こえてきた。 『今? 内容による』 「アイドル合宿の件だ」 『分かった、車に移動するから待って。……あ、木下さん。社長と仕事の電話してくっからここは勘弁して』  スマホ片手にスタッフらしき人にそう言ったボスは、砂利道を歩いとんのかシャリシャリっと小石を踏むような音がする。  話の内容によっては場所を移動した方がええと気を回したところが、やっぱイケてんな。 「例の密着か」 『そうそう、マジでどこに行くにもついてくんだよ。しかも俺の車乗って移動しようとすっから、初回だけは許したけどあとは自分らで何とかしろって言った。四六時中は息が詰まる』 「二度と御免だと言いたげだな」 『言いたげだ、じゃねぇ。二度と御免デス』 「まぁそう言わず。ところでセナ、言い忘れていたがな、今スピーカー機能で話しているんだ」  いやそれ言うの遅すぎー!  今の会話すら聞かれたない人もおるかもしれんのやから、それはいっちゃんはじめに言うべきやで社長!  なんや勝手に聞かされたとはいえバツが悪いやん。恭也をチラッと見ると、案の定苦笑いしとる。  誰も座ってへん前のソファをジッと睨んどるハルポンは、例外。まださっきの話の理解に苦しんどるんかな。 『ん、なんで? そこ誰がいんの? 林?』 「林も居るが、恭也と、ルイと、ハルも居る」 『あ!? メンツ揃ってんじゃん! じゃあ何、もうあの企画の話したの?』 「あぁ。すでに恭也と……ルイからのOKはもらった」  社長から視線を投げられた俺は、指でオッケーサインを作った。  断るわけないやん。  こんな楽しそうな企画、一ヶ月と言わず何ヶ月でもやりたいくらいやわ。  誰かと住むのは二年ぶりくらいか。  この俺が、ダチも女も丸一日は一緒におれんかった。ダチはうるさいし疲れるし気ぃ遣うし、女はこっちがちょっと黙り込むと『機嫌悪いの?』としつこくてひたすら鬱陶しい。  そんな俺が、二人とは離れたないと思うんよ。  別に会話がしたいわけやない。  レッスンの休憩中みたいに、疲れてフローリングにへたり込んで沈黙しとっても、お互いなんも言わん阿吽の呼吸が心底心地良い。  俺はこんな性格で方言バリバリやからか、お喋り好きやとよく誤解されるんやけどそんなことない。  無言でおりたい時もあるし、人間なんやからその日のコンディションがたまたまよくない時もあるやんか。  二人は、そこら辺をちゃんと分かってくれとる。  俺を見た目で判断せんと、内面見て接してくれる。  そらもっと長い時間一緒におりたいって思うのも、当然やろ。 『葉璃は? 葉璃はなんて言ってる? てか理解してる?』 「それが……先ほどから微動だにしていない」 『あはは……っ! だろうな。想像つくよ』 「ハルと二人で話すか?」 『いや、このままでいい。……葉璃ー? 聞こえてるかー?』  電話の向こうで、俺たちも聞いてるの承知でセナさんがハルポンを呼んどる。……ラブラブやな。  セナさんの声色から察するに、もしかすると思ったほど最難関じゃないかもしれんという希望が見えてきた。  てことでハルポン、あとはハルポンの理解待ちやで。  いつまであっちのソファ睨んでんの。 「おいハルポン、ハルポン」 「葉璃、セナさんが呼んでるよ」 「へっ!? どこで!?」 「電話や、社長の電話」 「えっ!」 「目開けたまま寝てたんか?」 「い、いえ、寝てないです! 考えてて、さっきの話……」  やっと目が合うたわ。  俺の軽口も届いとるし、意識はハッキリしとるようで何より。 『葉璃、俺だよー。聖南さんだよー』 「あっ聖南さん! お疲れ様です! どうしたんですかっ?」 『どうしたもこうしたも、葉璃が目開けたまま寝てるっつーから』 「い、いやそれは、ルイさんが勝手に言ってるだけで……!」 『ほんとかー? 葉璃たまに目開けたまま意識飛ばすことあんじゃん』 「い、うっ!? そ、そんなことないですよ!」 『ほっぺたペチペチしねぇと戻ってこねぇもんなぁ。あの時ちょっと怖えんだよ。あんま飛ばないでくれる?』 「そ、そ、そんなこと言われても……っ」 「こら、二人とも。やめんか」  機械を通して言い合う二人を制したのは、やれやれ顔の社長やった。ナイス。  なんでスピーカーのままでええと言うたんか分からんほど、目の前でラブラブ通話されてみ。居心地悪いて。  てか……お熱いやん。こんなみんなの前でイチャイチャせんどいてくれ。  飛ぶ飛ばんの意味が分からんほどお子様やないもんで、俺と恭也はいたたまれない気持ちなんですが。  おっと、林さんはどうやら意味が分かってへん様子。もしや林さん……童貞か? 『ごめんごめん。冗談はさておき……葉璃、社長が言ってた話どう思う?』 「あの……一緒に住むって、住むってことですよね?」 『そ。一時的にだけど、三人で住むってこと』 「ですよね、うん……。住む……」  なんや、ハルポンちゃんと理解してるやんか。  意味分からんからあんなポケーッとしてたわけちゃうなら、何がハルポンを困惑させとんのやろ。  まさか、……俺と恭也と住むのが嫌なんか?  それかなりショックやけど、二の足を踏む気持ちも分からんでもないから何とも言えん。  嫌やったらお断り一択。ハルポンおらな企画にならんのやから。  とりあえず住んでみようや!と、ハルポンの肩揺さぶって盛大に駄々こねたい気持ちをグググっと堪えて、セナさんとの会話に委ねるしかない。  セナさんより俺の方が駄々こねたいやなんて、どういう事やねん。 『何か思うことあんなら言っていいよ? 今回はお前ら三人にちゃんと拒否権あるから。葉璃がNOと言えば俺権限で断るし』 「いえ、お断りするつもりはないんです。ほんとに……」 「そうか! ハルもOKか!」 『でも何か引っかかるんだろ?』 「まぁいいじゃないか、セナ。ハルがOKと言ったんだ。良い返事が聞けて良かっ……」 『社長は黙ってろ。葉璃の不安要素が取り除けてねぇんだからまだOKじゃねぇ』 「ううむ……すまん……」  ぐうの音も出らんとはまさにこの事。  去年の一件からさらにセナさんには強く言えんようになった社長は、ショボンと肩を落とした。  セナさんの言うことは尤もやしな。  この企画に乗るかどうかは、ハルポンの返答次第。そやけど不安が残るうちはやめといた方が懸命やろ。  仮にも仕事やから、途中で投げ出すいう事が出来んし。 「すみません……。不安なこと、あります。俺、俺……」 『うん?』 「どしたん? 何が不安なん?」 「葉璃、大丈夫だから、言ってみて」  顔を覗き込んでみると、ハルポンはしばらく見る機会のなかった険しい表情をしとった。  ほんまにどしたん。そない考え込むような事でもないやろ。  社長が恭也に言うてたように、判断材料は出来るか出来んか、それだけやん。  俺と恭也は、また顔を見合わせて同時に首を傾げた。  ハルポンの表情を見れてないセナさんが、ガラケーの向こうで『葉璃?』と心配しとる。するとセナさんの声に反応したハルポンは、ブツブツと本性と本心をさらけ出し始めた。 「俺……ほんとに何も出来なくて、役立たずなんです……。掃除は出来ますけど、大ざっぱです。洗濯はスイッチ押せば洗濯機が頑張ってくれるだけで、俺はほとんど何もしてません。一番最悪なのが料理で……ていうかもってのほかレベルで……。俺ほんとに、ほんっとに何にも出来ないから、一ヶ月も一緒に住んだら二人が絶対にイライラすると思うんです……」

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